閑話② 新作料理
「サラ・アメリヤ……というのですね。よろしくお願いします」
アンナはぺこり、と頭を下げた。
「アンナ、私の前では肩の力を抜いていいわよ」
サラはにこりと微笑んだ。
「これから色々と教えてあげる☆ まずは屋敷へ帰って、お着替えしなきゃね♪」
「そうですね。屋敷はどちらでしょうか? 場所さえ分かれば、飛行魔法で――」
「ノンノン!!」
サラは両手をぶんぶんと振った。
「そんな味気ないことしないわよぉ。ちゃんと歩いて帰るの!!」
「気持ちは分からなくもありませんが……」
アンナは少しだけ眉をひそめる。
「どのくらいかかるんです?」
「馬の速足なら40分くらいかなぁ。だから、歩いたら3時間くらい?」
さらりと言ったあと、サラは思い出したように指を立てた。
「あ、そうそう。屋敷の近くにも、このルグニカ大森林とは別の森があるの。その中も歩くわよ♪」
「…………」
アンナは無言になった。そして、小さくため息をつく。
「正直に言います。面倒です。飛行魔法で行きましょう」
「アンナ」
サラは真っ直ぐ彼女を見つめる。
「私はね――あなたのことを、もっと知りたいの」
「……」
「こんなにいい天気なんだもの。大地を踏みしめながら2人で歩いて、たっくさんお話しするの」
そう言って、太陽に向かって両手を広げる。
「それってさ、何だか素敵じゃない?」
アンナは少しだけ目を伏せた。
「……分かりました」
観念した表情をして、頷く。
「確かに、お互い出会ったばかりです。『会話』は必要ですね」
――この破天荒な感じ。
『妙なこだわり』を持っているタイプの人間だ。
アンナは心の中でそう分析した。
この手の人間は、基本的に面倒くさい。
だがその反面、普通では味わえない新鮮な体験をさせてくれることも多い。
果たして、この女性は私を楽しませてくれるのだろうか?
そんな期待が、ほんの少しだけ胸の奥で膨らんだ。
◇◇◇
そして2人は並んで歩き始めた。道中では、本当に色々な話をした。
好きな食べ物、旅先で見た景色、冒険の最中に起きた出来事。印象に残っている町や人々。
ブライド家から一度も外へ出たことのなかったサラにとって、多くの世界を見てきたアンナの話は、どれも新鮮だったらしい。
「それで!? そのあとどうなったの!?」
「その国にはどんな料理があったの?」
「魔物って本当にそんなに大きいの!?」
質問は途切れることがない。
アンナは大精霊であることを悟られないよう話を選びながら、1つ1つ丁寧に答えていった。
一方のサラも負けてはいなかった。
ブライド家の家族構成。
屋敷の間取りや、主人であるアーノルドの性格。実は珍しい書物もあること。
自分の得意料理はエスカルゴっぽい料理であること。
聞いてもいないことまで、次から次へと話し始める。
普通なら騒がしいと感じるはずなのに、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、その飾らない性格が心地よかった。
そして話はアメリヤ家の家族に移る。
「娘が2人いるのよ♪」
サラは嬉しそうに笑う。
「コレットっていう子と、去年生まれたリズ」
その笑顔は、どこにでもいる母親そのものだった。
「2人にも絶対会わせるからね!」
「……楽しみにしています」
アンナは淡々とーーしかし少し優しい声で返していた。
そんな他愛もない話を続けていたのだが――。
アンナには、どうしても、どうしても気になることが1つあった。
サラが手に提げている籠から、嫌な臭いが漂っていたのだ。
「――ところで、サラ」
アンナは籠へ視線を向ける。
「その籠の中に入っているキノコを、見せてください」
「……いいわよ」
サラは何の迷いもなく籠を差し出した。
中を覗いたアンナは、思わず顔をしかめる。
「サラ。このキノコは『デルグダケ』です」
静かな声で、1本のキノコを摘み上げる。
「非常に毒性が強く、通常は料理には使用しません。一般的に使われるのは『エルマイタケ』や『ヤマルマッシュ』などです」
「あら、鋭いわね☆」
サラは感心したように笑う。
「私は料理には多少精通しています」
アンナは真剣な表情で続けた。
「……これは一体どういうことです?」
そして、低い声で畳み掛けるように問いかける。
「まさか――旦那様を毒殺するつもりではありませんよね!?」
「アンナ......」
サラは慌てる様子もなく笑う。
「デルグダケは確かに猛毒よ」
「でもね、『食感』がすっごく良くて、毒さえなければきっと美味しいって『噂』があるの。知ってた?」
「……聞いたことはあります。ですが、信憑性が低い噂です」
「だったら!」
サラの瞳がきらりと輝く。
「一度は食べてみたいって思わない!? 毒を完全に取り除けたなら、その先には誰も食べたことのない素晴らしいキノコ料理が待っているのよ!!」
「......無謀です」
アンナは即答した。
「毒を完全に取り除くなど、現実的ではありません」
「でも私は挑戦したいの」
サラは胸に手を当てる。
「誰かが最初の一歩を踏み出さなきゃ、新しい料理なんて生まれないでしょう?」
その言葉には、不思議な説得力があった。
「もちろん、旦那様と奥様――ナザリー様にも、ちゃんと許可はいただいてるわ♪できる限り、やるってね。少しでも毒が残ってそうなら......やめるって条件付きだけど」
妙なところで根回しだけはしっかりしている。意外と律儀な人だ。
アンナは小さく息を吐く。
「……そこまで言うなら、分かりましたよ」
そう言って、籠の中のデルグダケを見つめた。
「ならば私は、あなたが絶対に失敗しないよう支えます。それが今日からメイドとなる私の『初仕事』になりそうですね」
その言葉を聞いたサラは、ぱっと花が咲くような笑顔を浮かべた。
「よーし! 世界初のデルグダケ料理、作っちゃうわよーっ!」
「『世界初』かはわかりませんけどね」
「細かいことは気にしないっっ!!」
こうして、アンナの『メイド』としての初仕事と新作キノコ料理作りが始まるのだった。




