ブライド領襲撃戦⑨
「……!? これ程の魔力に――この私が気づかなかった!?」
アンナは歯を食いしばる。
魔力感知には絶対の自信があった。にもかかわらず、この少女が目の前へ現れるまで一切感知できなかった。
「ふふ♡ よくできているでしょう?」
ミレアは胸元から小さな魔道具を取り出し、くるりと指先で回す。
「ルカ様特製の魔道具です♡ こっちにだって、すごぉい魔道具くらい作れちゃうんですよぉ」
アンナは目を細める。
「あなたは……!! まさか、『災厄の七席』!」
「御名答♡ 初めましてですねぇ」
ミレアはスカートの裾を摘み、優雅に一礼する。
「あたしは第一席、ミレア・カートノット♡ ミランダちゃんの助太刀に来ましたぁ♡」
「来るのが遅いぞ……!」
ミランダが苛立ったように吐き捨てる。
「あれあれぇ?」
ミレアは肩を震わせて笑った。
「『絶対正義』とかいう薄っぺらぁいもの掲げちゃって、1人で倒すとか豪語してませんでした?♡」
「……貴様!!」
「ま、いがみ合うのは後にしましょ♡ さっさと、そこの大精霊を倒しちゃいましょうか」
アンナは静かに2人を見据え、睨みつける。
「ふ。何か勘違いしているようですが――」
アンナの放つ重力が再び空間を支配する。
「私は2人まとめて倒せますよ?」
「そうかもしれませんねぇ♡」
ミレアが満面の笑みを浮かべる。
「だからぁ――お土産を持ってきちゃいました♡」
その瞬間だった。
ミレアの背後に漆黒の空間がゆらりと開き、そこから2人の人影が力なく放り出された。
ドサッ。
地面へ転がったその姿を見て、アンナの顔から一気に血の気が引いた。
「旦那様!!! コレット!!」
(まずい――!!)
引力と重力がぶつかり合う余波が、2人へ一直線に襲いかかる。
アンナは考えるより先に動き、スキルを2人に向けて展開していた。
重力の膜が2人を包み込み、衝撃を受け止める。
だが、その代償はあまりにも大きかった。自らを守っていた重力障壁が、一瞬だけ薄れてしまったのだ。
「「――『そこ』、がら空きですよ?」」
ミランダとミレアが同時に笑う。
「《ダーク・インパクト》!!」
「《ダーク・ストーム》♡」
2つの黒い奔流が一直線にアンナへ襲い掛かった。
重力障壁を容易く突き破り、アンナの身体に激突する。
ズガァァァァァァァァン!!!
「がはっっっっ!!」
アンナの身体が弾丸のように吹き飛ぶ。
地面を何度も跳ね、岩盤を砕きながら数百メートル先まで叩き飛ばされた。
「ぐっ……!!」
アンナは血を吐きながら身体を起こす。
(もう1人の『災厄の七席』……)
震える指先を握り締める。
(まさしく最悪のパターンですね……しかも、私でも感知できない程のステルス性能……!!)
アンナは肩を揺らしながら、ゆっくりと息を整える。
(皆さんには悪いですが……ゴーレムへ回している魔力を、一旦こちらへ――)
その時だった。
――ゴロン。
乾いた音が響く。何かが地面を転がる音だった。
(……?)
嫌な予感がする。本能が、魂が、警鐘を鳴らす。
(見るな)
胸が締め付けられる。
(見るな)
呼吸が止まる。
(見るな)
全身が震える。
(見るな。見るな。見るな。見るな。見るな――!!)
だが、ゆっくりと転がってきた”それ”から、どうしても視線を逸らすことができなかった。
アンナの瞳は、視界の端に残酷な現実を捉えてしまう。
無残にも首から下を切り裂かれた――
アーノルド・ブライドとコレット・アメリヤ。
2人の頭部だった。
「……あ」
声にならない。理解したくない。けど、理解してしまった。
「あ……あ、あああああああああああああああっっっ!!!」
世界が崩れ落ちる。決めていた。私は決めていた。
旦那様を。アーノルド様を。
――最後までお守りすると。
ブライド家を、みんなを。幸せにすると。
それが――病によって早すぎる死を迎えたサラ・アメリヤと交わした、小さな誓いだった。
なのに、私は守れなかった。ラースの言う通りだったのだろうか。
結局、メイドなんてごっこ遊びだったのだろうか。
精霊の使命なんて、忘れてしまえばよかったのだろうか。
分からない、分からない、分からない。
アンナの頬を、大粒の涙が止めどなく流れ落ちる。
こんなに泣いたのは、何百年ぶりだろう。もう思い出せない。
サラが亡くなった時でさえ、ここまで涙は流れなかった。
彼女との誓いは、今でもアンナの中で生き続けていたのだから。
でも――もう何も残っていない。
「はは……」
乾いた笑みが漏れる。
「ソック様に……顔向けできませんね」
(ソック様は悲しむ。全部、私のせいだ。私が、中途半端だったから)
(『人』も『精霊』も。どちらも捨てられなかった。ただの我が儘だった)
だから。私は最後の覚悟を決めよう。
『人』になる道を、私は選ぶ。




