ブライド領襲撃戦⑦
ミレム湖奥地――『ミレナム』。水の大精霊アリアの居住地にある小屋の中。
俺は目の前に立つミレアを鋭く睨みつけていた。ブライド領襲撃が始まって、どれほど時間が経ったのだろうか。
俺はアンナの強さを信じている。大丈夫だ、そう何度も自分へ言い聞かせていた。
それでも――胸の奥に渦巻く不安だけは、どうしても拭えなかった。
「ふふっ♡怖い顔ですねぇ。ま、頑張って戦ってるとだけ、言っておきましょう♡」
ミレアは楽しそうに口元を歪める。
「それにしてもほぉんと厄介でしたよぉ、ルグニカ結界。めんどくさくするの、やめてくれません?」
「……でしたってことは。結界はもう破られたのか?」
嫌な予感が胸をよぎる。
「ええ、まあ。ブライド領へ向かっていた私と同じ『災厄の七席』第三席ミランダによってねぇ♡けど結局、スキルを使わなきゃいけない羽目になったみたいですねぇ」
「……」
俺は無言で考える。運用手順書には、想定外の攻撃によって結界を突破された場合の対応手順も記載していた。
学園にいた間、アンナにもすべて共有したはず。だから――大丈夫なはずだ。
そう理解している。理解しているのに――。
(俺が、その場にいない……!)
その事実だけが、胸を締め付けていた。
「大丈夫よ、ソック君」
静かな声で、アリアが穏やかな微笑みを浮かべる。
「アンナ……いいえ、アーセラの凄まじい魔力を感じるわ。彼女がここまで力を出すのは……何百年ぶりかしらね」
その言葉には、絶対的な信頼が込められていた。
そして、アリアは意地悪そうにミレアへ視線を向ける。
「逆に貴方のお仲間さん――ミランダだっけ?結構危ないんじゃない?」
口元が僅かに吊り上がる。
「大分押されてそうだけど☆」
ミレアは肩を揺らして笑った。
「やっすい挑発ですねぇ♡『戦局』というものは、目まぐるしく変化するものなんですよぉ」
そして、人差し指を立てる。
「それと、この際だから教えてあげましょうか♡今、この場にいる『私』は――」
「『本体』でしょうか?それとも『分身』でしょうか?♡」
「……!!まさかっ……!!」
ミレアは楽しそうに笑い声を漏らした。
「あの場へ向かっている『災厄の七席』はぁ……ミランダだけとは限りませんよぉ♡♡」
◇ ◇ ◇
ルグニカ結界の巨大な穴が穿たれた最前線へ、アーノルドたちは到着していた。
「押し返せぇぇぇぇ!!」
「ゴーレムを前へ!!魔術師隊は援護しろ!!」
怒号が飛び交い、炎と水、風と土の魔法攻撃が乱れ飛ぶ。
アーノルドは剣を抜くと同時に魔法も詠唱する。
「――《テンペスト・ランス》」
轟風が幾重もの槍となり、敵陣へ突き刺さる。
後に続いて、コレットも両手を掲げて臨戦態勢をとる。
「旦那様!!援護します!《ストーム・ブレイド》!!」
無数の風刃が戦場を駆け抜け、敵兵を次々と吹き飛ばしていく。
その横では、アンナが生み出したゴーレムたちが最前線で敵を食い止めていた。
土でできた硬い装甲にほとばしる魔力。そして、
その存在によって、敵との戦力差はほぼ互角へと持ち込まれていた。
「領主様!!」
ブライド領兵士が駆け寄る。
「既に複数部隊が結界の外へ出撃しております!!」
「マラース族救援へ向かいました!!」
「そうか」
アーノルドは頷く。
「ナザリー、リズ。ここから先は予定通りだ。お前たちは結界外へ出て、救援部隊の援護を頼む」
「あなたは?」
ナザリーが不安そうに尋ねる。
「私はコレットと共に前線を維持する。ここを突破させるわけにはいかない」
「……分かりました」
再び駆け出そうとした――その瞬間だった。
ふっと戦場全体が一気に暗くなる。
「……?」
誰もが空を見上げると、そこには少女が浮かんでいた。
ソックたちがいる場所にいるずの、ミレアだった。
「皆さん、頑張ってますねぇ♡えらいえらい♡」
拍手をしながら微笑む。
「けどぉ、このまま長引くとルカ様が退屈して怒っちゃうんでぇ♡」
笑みが深めながら、ゆっくりと両腕を広げる。
「全員、お眠りになってもらおうかなぁ♡」
ズズズズズ.......!!
空間全体が世界が震えた。
ミレアの全身から溢れ出した魔力は、今までの誰とも異なる――変質した魔力。
黒く、禍々しく、見る者の本能へと直接恐怖を刻み込むものだった。
アンナの纏う膨大な魔力に匹敵......いやそれ以上の出力かもしれない。
「……っ!!」
アーノルドの全身に悪寒が走る。
(まずい――!!)
本能が叫ぶ。
「コレットォ!!ナザリーとリズを飛ばせぇぇぇ!!」
「かしこまりました!!」
コレットは即座に最大出力の魔法を放つ。
「――《ストーム》!!」
爆発的な風圧が発生し、ナザリーとリズの身体を遥か後方へと弾き飛ばした。
「あなた――――っ!!」
「お......お姉ちゃんっっ!!」
2人は必死に手を伸ばし、アーノルドたちの手を掴もうとする。
しかし、その距離はあまりにも遠かった。――届かない。
風によって引き離された2人と、前線へ残ったアーノルドとコレット。
儚くも、完全に分断されてしまった。
そして、ミレアの魔力が静かに空間全体へと波及していった。
ドサッ。
アーノルドが倒れこんだ。そして、空間内にいる人間全員が意識を失っていく。
防御魔法ではどうにもできない、圧倒的な力だった。
「……ぐっ……旦那様......」
隣ではコレットも膝をつき、そのまま力なく地面へ倒れ込んだ。
視界が霞み、意識がゆっくりと闇へ沈んでいく――。
「制圧完了♡さぁて、ミランダちゃんは苦戦してるようだしぃ、助けに行っちゃおうかな~。素敵なお土産を添えてね♡」




