ブライド領襲撃戦⑥
ミランダは笑みを崩さぬまま、再び魔力を変質させる。
「では――もう一度、お見せしましょう」
魔力が脈打つように膨れ上がり、その頭上へ漆黒の球体が出現した。
ルグニカ結界へ穴を穿ったものとは比較にならない大きさ。
ゴォォォォォォォォッ!!
凄まじい吸引力が周囲一帯を飲み込む。
地面が抉れ、瓦礫が宙へ舞い、家屋の残骸が砕けながら球体へ吸い寄せられていく。
木々は根ごと引き抜かれ、大岩さえも浮かび上がった。
「終わりです。貴方の魔力ごと――吸い尽くして差し上げます」
ミランダが不敵に笑うと黒球がさらに膨張する。
当然、アンナの魔力も吸い込まれる――はずだった。
だが。
「……?」
ミランダの表情が初めて曇る。
アンナの身体から溢れる膨大な魔力は、一切揺らがない。
それどころか、吸い寄せられていた木々や瓦礫が、不自然な動きを見せた。
ピタリ、と空中で静止したかと思えば――。
ズシン!!
今度は真下へ向かって勢いよく沈み込む。巨木が地面へ叩きつけられ、岩石は陥没を作りながら埋没する。
「……なんだ!?」
その瞬間、今度はミランダ自身へとてつもない重圧が襲いかかった。
「ぐっ……!」
身体が沈む。飛行魔法では支えきれないほどの質量が全身へ圧し掛かる。
高度を維持できず、その身体がゆっくりと落下していく。
「こ……これは――まさか!?」
アンナは静かに微笑んだ。
「はい。『重力』です。私のスキルは、あらゆる空間の重力を操ることができます」
アンナの茶髪がふわりと揺れる。
「ミランダ。貴方ごときの引力では、私の魔力を引き寄せることはできません」
「くっ……!!舐めるなァァァァッ!!」
ミランダの瞳が大きく見開かれる。
轟音とともに黒い魔力が爆発した。引力がさらに増幅され、重力へ真正面からぶつかる。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
重力に抗いながら、ミランダの身体が再び浮かび上がる。
引力と重力。2つの巨大な力が空間そのものを奪い合う。
その余波だけで大地は裂け、建物は圧縮され、木々は粉々に砕け散っていく。
空間そのものが悲鳴を上げるように歪み、マルタ村は数十秒とかからず更地へ変わった。
生物が入り込める場所など、もう存在しない。
「どうやら……スキルでは埒が明きませんね!!」
「純粋な火力勝負といきましょうか!!――《ダーク・インパクト》!!」
ミランダが黒い魔法陣を展開し、漆黒の奔流が一直線に放たれる。
対するアンナは一歩も退かない。
「――《アース・グランド・ウォール》」
轟!!
巨大な土壁が瞬時に形成される。
闇魔法と土壁。さらに引力と重力まで激突し、耳をつんざくような爆音が周囲へ轟いた。
衝撃波だけで大地が吹き飛び、巨大なクレーターが生まれる。
しかし、土煙が晴れても、2人は互いに無傷のままだった。
まだ、小手調べ。本当の戦いはこれからだった。
アンナは静かにメイド服へ付着した埃を払い落とす。
「ふふ。ミランダ・ハートン」
アンナは柔らかく微笑むが、その瞳は鋭く光っていた。
「魔法戦なら――私は負けません。大精霊として」
「そして、メイドとして」
その直後だった。アンナの両腕が僅かに蠢く。
ボコッ。ボコッ。
腕の表面が裂け、新たに2つの『口』が姿を現した。
ミランダが息を呑む。
「……なっ!?」
「私は、人の姿へ擬態しているだけです」
アンナは淡々と言う。
「でしたら、身体の一部を増やすこともできますよね?」
離れた場所で魔道具越しに戦いを見守るラースが、小さく呟く。
「来るわね……アンナの真骨頂。何百年ぶりかしら」
大精霊には、それぞれ得意分野が存在する。
例えば、ラースは魔道具、アリアは精霊領域といった感じだ。
そして――アンナは結界魔法を除く、ほぼすべての魔法だった。
それは、誰にも真似できない至高の魔力操作があってこそ成せる業。
アンナは静かに息を吸い、高速詠唱を始める。
2つの口による詠唱。その詠唱速度は常人の比ではなく、絶え間なく続けることができるものだった。
《リジェネレーション》
《マナ・ブースト》
《マナ・エッセンス》
《ワールド・スキャン》
《ボディ・フルアーマー》
《アジリティ・ブースト》
《アクセラレーション》
魔法陣が幾重にも重なり、アンナの身体能力が爆発的に上昇していく。
「な……!」
ミランダが目を見開く。
「なんという詠唱速度と魔力操作ですか!!さらに詠唱破棄した魔法による強化まで混ざっている……!?」
「ご明察です☆」
アンナが優雅に微笑む。
「では――避けてくださいね?できるものなら……ですけど」
ゾクリ。
ミランダの身体を悪寒が駆け抜けた。
(どこ――!?)
気づいた時には、アンナは視界から消え、すでにミランダの目の前に接近していた。
「っっはやっっ!?」
「失礼します」
『強化された拳』が、静かに放たれる。
ドゴォォォォォンッ!!
拳はミランダのみぞおちへ深々と突き刺さった。
肋骨が軋み、胃液が逆流する感覚。
そのまま砲弾のような勢いで吹き飛び――。
ズガァァァァァン!!
重力によって地面へ叩きつけられる。
巨大なクレーターが形成され、土煙が空高く舞い上がった。
「かはっ……!」
ミランダは大量の血を吐き出す。
震える腕で身体を起こしながら、憎悪に満ちた瞳でアンナを睨みつけた。
「まだ生きていましたか。さすがに甘くはありませんね」
アンナは少しだけ感心したように呟く。
そして、小さく首を傾げる。
「ところで――『糸のほつれ』がどうとか、おっしゃっていましたね」
自分の袖口へ視線を向ける。
「あれは挑発かと思っていましたが、確認したところ、確かに1ミリほどほつれていた箇所がありました」
くすり、と笑う。
「先ほど『魔法で』直させていただきましたよ」
さらに足元へ視線を落とす。
「靴もピカピカに磨いておきましたよ。メイドですからね?」
誇らしげに胸へ手を当て、一礼する。
ミランダは血を拭いながら、低く吐き捨てた。
「……化け物め」
その言葉にアンナは微笑むだけだった。




