ブライド領襲撃戦⑤
――『スキル』。
それは属性魔法とは異なる概念でありながら、広義には魔法の一種とされる力だった。
生物に宿る魔力には本来、それぞれ適性属性が存在する。しかし、ごく稀に魔力そのものが『進化』する個体が現れる。
その個体だけが持つ唯一無二の魔力――いつしか人々は、その特別な力を『スキル』と呼ぶようになった。そして、それは圧倒的な才能を持つ者だけに与えられる奇跡でもある。
ミランダ・ハートンも、その1人だった。
彼女は魔力を意図的に変質させ、通常の属性魔法とスキルによる魔法を自在に使い分けることができる。
ミランダがゆっくりと右手を掲げると、その掌の上へ黒い球体が生まれた。
球体はゆっくりと回転しながら周囲の空気を歪ませて、あらゆるものを吸い寄せていた。
土が、落ち葉が、小石が。そして――魔力までも。
ミランダが司るスキル。それは、『引力』だった。
さながらブラックホールのように、あらゆるものを引き寄せる超常の力だった。
「なっ……!ミランダ様!! お待ちください!!」
周囲の兵士たちが顔色を変える。
「わ、私たちの魔力まで吸われています!!お待ちを――ッ!!」
1人の兵士が叫んだ直後、その場へ崩れ落ちる。
続いて2人、3人と次々と兵士や魔術師たちが倒れていく。
魔力は生命エネルギーでもある。
吸い尽くされた者に、生きる術はなかった。
気づけば、ミランダを中心とした半径500メートル以内に存在していた生物は、『敵味方の区別なく』すべて絶命していた。
「ひっ……!」
「離れろ!! 全員、ミランダ様から距離を取れ!!」
外縁にいた兵士たちは一斉に後退する。その間にも、掌の球体は膨れ上がり続けていた。
もはや人1人では抱えきれない。
屋敷ほどの大きさへと成長した漆黒の球体は、周囲の光さえ呑み込みながら禍々しく回転していた。
ミランダの瞳が妖しく染まる。
「はははははは!!全ては『正義』の礎となる!!ルカ様という『絶対的正義』のために!!」
昂揚した笑い声が森へ響く。
「全て――破壊だぁぁぁぁッ!!」
スキル発動のために魔力を変質させた影響なのか、ミランダの理性は高揚し、その笑みは狂気へと変わっていた。
「さてと……こんなものかな。さぁ、どう料理してやろうか☆」
巨大な球体を見上げ、満足そうに微笑む。そして、ミランダはルグニカ結界へ向けて、その球体を投げ放った。
ゴォォォォォォッ!!
耳をつんざく轟音とともに漆黒の球体は空間を歪ませながら一直線に飛翔する。
ズズズズズズズッ!!
結界へ衝突した瞬間、嫌な音を立てながらゴリゴリと削り始めた。
◇ ◇ ◇
ルグニカ結界管制塔では、けたたましい警報音が鳴り響く。先ほどの警報とは段違いの量だった。
《強力な攻撃魔法を感知。損傷率80%以上》
《魔力の減衰を確認。修復不可》
《魔力使用率70%を超過。予備魔石からの供給へ切り替えます》
シバルは険しい表情で魔法陣を見つめる。
「……まずいですね。修復が追いつかない。一体これは……」
「おそらく『スキル』だ」
低い声が響いた。
振り返ると、そこにはアーノルド・ブライドが立っていた。
「アーノルド様!!なぜここに!?本部にいるはずでは……!?」
「これも作戦のうちだ。まもなく敵の大将が侵入してくる。狙いは――私がいる場所だ。」
アーノルドは静かに答える。
「どういうことです?」
その瞬間、管制塔の魔法陣へアンナの姿が映し出された。
「私から説明しましょう。ラースから調達した魔道具が間に合いました。これを起動し、旦那様たちの魔力を偽装します。」
「敵はおそらく強い魔力反応の所へ向かいますが、そこにいるのは私だけです。」
シバルは目を見開いた。
「魔力を偽装してアーノルド様たちがいるように見せかけるということですか。それはつまり......アンナ様が敵主力を1人で引き受けるということですか!?」
「はい」
「いくらアンナ様でも危険です!!」
「問題ありません。私を舐めないでいただきたい。」
その声には、確かな自信が宿っていた。
アーノルドも続ける。
「それに私も前線へ出て、残った敵戦力を迎え撃つ。それも領主の務めだ。」
「領主自らが前線へ……」
シバルは言葉を失う。
だが、その決意に満ちた表情を見て、それ以上何も言えなかった。
「……分かりました。お決めになられたことであるなら、私は止めません。」
「感謝する」
アーノルドは力強く頷いた。
「ナザリー、コレット、リズ!! 行くぞ!!」
「「「はい!!」」」
それぞれが力強く返事を返し、決戦の舞台へと駆け出していった。
◇ ◇ ◇
漆黒の球体は、轟音とともにルグニカ結界を貫いた。
結界には人一人どころではない巨大な穴が穿たれ、その勢いはようやく止まる。
だが――穴を塞ぐはずの光は、どこにも現れなかった。
「……これで侵入できそうですね。修復機能も破壊できたようです」
ミランダは笑いながら、耳元の通信用魔道具を起動する。
「ブライド領結界の破壊に成功しました。大穴を開けています。私はこれより単独で敵本拠地へ侵入し、殲滅を開始します」
「ハモット隊は後から領内へ侵入し、前線の敵を掃討してください。バラード隊はルグニカ大森林へ残っている魔獣、ゴーレム、そして――マラース族の生き残りを駆逐しなさい」
『『かしこまりました、ミランダ様』』
通信が切れる。
「――《フライ》」
ミランダの身体が一瞬で宙へ舞い上がった。
次の瞬間には弾丸のような速度でブライド領上空を駆け抜ける。
途中、巨大なゴーレムからの攻撃やブライド領の魔術師たちの攻撃があったが、ミランダは紙一重で躱した。一切立ち止まることはない。
(雑魚の相手は部下に任せればいい)
狙うべきは敵の首だ。飛行しながら周囲へ魔力探知を広げる。
「さて……どこにいるのでしょうか」
その時だった。
「……見つけました」
複数の魔力反応。そして、その中には圧倒的な存在感を放つ魔力が1つ。
(土の大精霊か……)
「本拠地はそこか!!」
ミランダは一気に進路を変えて進む。そして、たどり着いたのはブライド領マルタ村だった。
アーノルドが最後の演説を行っていた場所。
しかし――。
「……?」
ミランダの眉が僅かに動く。
誰もいない。村人も、兵士も、アーノルドの姿も。
本拠地らしき建物すら見当たらない。
静まり返った村の中央にただ1人。
空中へ静かに浮かぶ女性だけが待っていた。
黒と白のメイド服を纏う――アンナだった。
「……どういうことです?確かに複数の魔力反応を感知したはずですが」
アンナは小さく笑う。
「ふふっ。よくできているでしょう?ラース特製の魔道具で魔力を偽装させていただきました。」
「ここにいるのは、私1人です」
一拍置き、続ける。
「とはいえ……貴方も単独で来たのですね。考えることは同じだったようです」
「……小賢しい真似を。まずはお前を殺し、その後で領内を殲滅して差し上げます」
アンナは肩をすくめた。
「ふ。ところで――何ですか?その汚い軍服は。ルカ・ラウナホールは服の趣味まで悪いんですかね?」
ミランダのこめかみに青筋が浮かぶ。
「……お前こそ、随分と味気ないメイド服ですね。領主の程度が知れます」
口元を歪めながら視線を向ける。
「それに――糸のほつれが見えますよ」
2人の笑みが深くなる。
「うふふふふふ……」
「はははははは……」
2人はゆっくりと距離を詰める。笑みだけが残り、瞳から感情だけが消えた。
「「――ブチ殺す」」
轟ッ!!
2つの魔力が、真正面から轟音をたてて激突する。
その激突は――天変地異を揺るがすものとなっていく!!




