ブライド領襲撃戦③
ブライド領マルタ村の広場には、多くの領民たちが集まっていた。広場の中央へ立つのは、アーノルドとナザリー。
アーノルドは拡声魔法を使用し、集まった人々を見渡しながら話し出す。
「皆の者!!」
その重厚な声は、広場全体へ響き渡る。
「かねてより書状でも通達していた通り――ブライド領は今、最大の危機に瀕している!おそらく明日――大規模な戦いが始まるだろう」
村人たちは固唾を呑んで耳を傾ける。
「戦いが始まった暁には、兵士でない者は新設した避難所へ避難してほしい。兵士たちは、それぞれ所定の持ち場につき、我らと共にブライド領を守ってもらう」
広場は静まり返っていた。誰一人として口を開かない。
アーノルドは王都での状況をいち早く察知し、領民との対話を重ねてきた。各村へ何度も書状を送った。
だからこそ、この場にいる誰もが理解していた。
この戦いは、決して避けられない。仮に逃げ延びたとしても、待っているのは安息ではないと。
彼らはすでに、ブライド家と一蓮托生になる覚悟を決めていた。だが、それでも納得できない者はいた。
「領主様!!」
1人の男が声を張り上げる。
「信じていいんだよな!? 鉱山を不当に独占してたなんて話は全部嘘なんだよな!? 王都で流れてる噂は全部!!」
「ああ、嘘だ」
アーノルドは迷いなく答えた。
「では、誰なんです!? そんな嘘を流しているのは!!」
「……分からない」
一瞬だけ間を置き、続ける。
「ただ1つだけ言えることがある。このような噂を国中へ広められる者など限られている。少なくとも――『最高権力者』が関与していることだけは間違いない」
広場がざわつく。
「じゃあ……ルカ姫殿下が……?」
「でも、どうして私たちがこんな目に遭わなきゃいけないんだ!!」
怒号にも似た叫びが飛ぶ。しかし、アーノルドは静かに首を横へ振った。
「その理由は……まだ闇の中だ。私が今ここで語れることは、あくまで推測に過ぎない。憶測で皆を惑わせたくはない」
「だが――王都との交渉に失敗したことは事実だ。責任の一端は、領主である私にある」
重い沈黙が流れる。
「だからこそ、私は最後までここで戦う。そして、逃げたい者を止めるつもりもない」
「……くそっ!!」
男は地面を強く蹴り、悔しそうに拳を握った。
広場には、やり場のない怒りだけが残る。それでもアーノルドは表情を崩さなかった。
「では、これより避難経路と備蓄食糧について説明する」
そう言って羊皮紙を広げると、避難所の位置や搬送手順、各村ごとの集合場所について、一つ一つ丁寧に説明を始めた。
誰一人として途中で離れる者はいなかった。全員が、自分たちの運命を受け止めようとしていたのだ。
◇ ◇ ◇
一方その頃――ルグニカ結界管制塔。
マラース族との打ち合わせを終えたシバルの前には、アンナと2人のメイドが立っていた。
1人は、鮮やかなオレンジ色の髪を後ろで束ね、黄金色の瞳を持つ少女だった。アメリヤ家の長女、コレット・アメリヤ。
そしてもう1人は、肩口で揃えたショートヘアに、少し怯えたような表情を浮かべる少女――アメリヤ家の次女、リズ・アメリヤだった。
シバルは2人へ視線を向ける。
「そのお二人が、アンナ様以外のメイドの方々ですね。実は、お会いするのは初めてなのです」
「まあ、私以外は屋敷の外へ出ることがありませんので。屋敷の中でも、お客様の対応をするのは基本的に私ですから」
アンナは2人を見ながら続ける。
「ですが、この2人は非常に優秀なメイドです。我が師、サラ・アメリヤが誇る娘たちですから」
「ほら、2人とも挨拶なさい」
コレットが一歩前へ出た。
「シバル殿初めまして。ブライド家に仕えておりますメイド、コレット・アメリヤと申します」
綺麗な所作で一礼する。
続いてリズも前へ出ようとしたが、緊張した様子でコレットのスカートの裾をぎゅっと掴んだ。
「お……お姉ちゃん……じゃなかった」
慌てて言い直す。
「コレットの妹、リズ・アメリヤです……」
ぺこりと小さく頭を下げた。
シバルも微笑み返す。
「初めまして。ルグニカ結界の管理を任されております、シバルです。よろしくお願いいたします」
アンナは2人へ向き直る。
「コレット、リズ。あなたたちはこれからシバル殿と行動を共にし、ルグニカ結界の前線で領地を守りなさい」
真剣な眼差しだった。
「あなたたちは、ブライド領でも数少ない魔術師なのですから」
2人は同時に頷く。
「はい!」
「は、はい……!」
「私はこの後、少し『作業』を終わらせてから、ブライド家の仮設本部へ向かいます。旦那様をお守りしなければなりませんので」
「えぇぇ~~っ!?」
リズが目を丸くした。
「アンナ様と離れちゃうの!? やだやだやだ!!」
「リズ!」
ゴツン。コレットの拳骨が頭へ落ちる。
「痛ぁぁい!」
「泣き言を言わないの」
コレットは呆れたようにため息をついた。シバルは微笑みながらアンナを見る。
「アンナ様。その『作業』というのは?」
「ルグニカ結界の最後の『脆弱性検証』です。闇属性魔法による攻撃パターンFと、光属性魔法による攻撃パターンYに対する検証がまだ終わっていません」
「ソック様は『ぺねとれーしょんてすと』とよんでいました。学園で教わった手法です」
シバルは首を傾げる。
「なんだかよく分かりませんが……重要なことなのですね」
「はい。非常に重要です」
アンナは迷いなく頷いた。
そして、シバルは静かに一礼する。
「……では、ご武運を」
「ありがとうございます」
アンナも小さく頭を下げ、その場を後にした。
リズは去っていく背中を、どこか寂しそうな瞳で見つめ続ける。
そして、それぞれが自らの持ち場へ向かっていった。
ブライド領全体が、迫り来る戦いへ向けて慌ただしく動き続ける。
時間は容赦なく過ぎ、夜が明ける――。
そして、『視察』開始時刻の10分前。
ルグニカ大森林。ルグニカ結界の近くにある場所で、突如として無数の魔法陣が地面いっぱいに展開された。
青白い光が幾重にも重なり、森の大地を覆い尽くす。
ブゥン――。
空気が震え、膨大な魔力が周囲へと放たれる。
1つ、また1つと魔法陣が起動し、その中から武装した兵士たちが姿を現した。
槍兵、剣士、魔術師。
統率の取れた部隊が次々と転移し、瞬く間に大森林の中を埋め尽くしていく。
やがて、その数は数千にも及んだ。森にいる魔物たちはいっせいに逃げ始める。
兵士たちは一切の私語もなく整列し、武器を構える。
張り詰めた空気の中、誰もが号令一つで動き出せる臨戦態勢を整えていた。
その軍勢の中央に漆黒の軍服に身を包む1人の少女が静かに立っていた。
腰まで届く漆黒の長髪、金糸で縁取られた肩章。
深紅のマントが風になびき、その姿は1人の少女というより、軍を率いる将軍そのものだった。
ミランダ・ハートン。その瞳には、一切の迷いはない。
ミランダは、静かに右手を上げる。
「――では」
兵士たちの空気が一変し、全員が武器を握り直す。
「作戦開始」
その一言とともに、ブライド領襲撃戦の狼煙が上がった。




