ブライド領襲撃戦②
「ーーというわけで、結界は大きく2つの種類に大別されます。1つは『堅牢型』。もう1つは『反射型』です」
アンナは羊皮紙に文字を書きながら説明を続けていた。
「堅牢型は反撃をしませんが、その分、結界強度へ魔力リソースを割り当てられます。このタイプの結界であれば、例えば初級以下の魔法程度なら完全に無効化するなんてことも可能です。ただし、デメリットもあります。敵に対策する時間を与えてしまうことです」
「そして――『反射型』の結界」
アンナはもう1つの項目へ指を向ける。
「こちらは外部からの攻撃を感知すると、結界そのものが自動的に反撃を行います。守るだけではなく、攻撃を差し挟むことで敵に対応する隙を与えません。デメリットとしては、堅牢型に比べて結界強度が薄くなることと、無闇に反撃を行えばすぐに魔力枯渇が起こってしまう危険性があることです」
バンッ!!とアンナは机を叩いた。
「つまり、重要なのは『いつ』『どの攻撃へ』『どれだけの魔力を使うか』です!」
早口で説明するアンナ。もう、かれこれ2時間ほど経過していた。
説明内容は主に、ルグニカ結界の構造とソックが作成した運用手順書についてだった。
ここはブライド家にある食堂――なのだが、今の姿は以前とは大きく違っていた。
長い机には大量の資料が並び、結界の設計図や領内の地図が置かれていた。
もはやここは食事をする場所ではなく、戦いに備えるための会議室だった。
ブライド家は、迫り来る『戦い』へ向けて準備を進めていたのだ。
この場に集まっているのは、アンナ、アーノルド、ナザリー、シバル。
そして、結界維持を担当する魔術師や領軍の指揮官など、総勢30名ほどの主要人物たちだった。
「ソックが手を加えたルグニカ結界は、『反射型』ということだな?」
アーノルドが腕を組みながら尋ねる。
「その通りです。ソック様は『世の中ノウドウテキサイバー防御だー』とかなんとかおっしゃっていましたが……」
アンナは一瞬だけ遠い目をする。
「まあ、やられる前に攻めるという考え方が結界にも重要であることは、私も賛同しております」
そんな中、シバルが手元の資料を閉じた。
「アンナ様。長時間のご説明、ありがとうございます。我々も事前に『ウンヨウテジュンショ』については確認しておりますので、大まかな構造は理解できました」
そして、表情を引き締める。
「……あとは、敵が攻めてくるタイミングについて知りたいのです」
その言葉で、室内の空気が変わった。
「……」
アンナは静かに目を伏せる。
「王都パラキアでは、すでにブライド領に関する噂が広まっています。旦那様が鉱山の権利譲渡を拒否したという文書も作成されているようです。『冤罪』が……次々と積み重ねられています」
アーノルドは静かに呟く。
「つまり、ルカ・ラウナホールは……、我々を滅ぼすための『大義名分』を手に入れたということか」
部屋全体に沈黙が広がる。
「いつ攻め込んできても、おかしくないな……」
その瞬間、勢いよく食堂の扉が開かれた。
「アーノルド様!!来ました!!『視察のお知らせ』です!!」
若い兵士が息を切らしながら駆け込んできた。全員の視線が兵士に集まる。
「日時は――明日の午前7時!!」
誰も言葉を発さなかったが、全員が理解していた。
これは視察ではなく、宣戦布告だと。
「……来たか。おそらく、その日が――大規模攻撃の日となる」
アーノルドは静かに立ち上がり、全員へ告げる。
「私とナザリーは領民へ向けて最後の演説を行う。皆はもう休め。明日に備えるんだ」
そう言って食堂を出ようとした時、アーノルドはピタリと足を止める。そして振り返った。
「最後にもう一度言う。逃げてもいいんだぞ。この戦いは……兵力差だけを見れば、勝負になるものではない」
「私とアーノルドは、最後まで戦い続けるわ。だけど、全員が命を懸ける必要はないと思うの」
誰もが分かっている。敵は数千。こちらは圧倒的に兵力が少ない。
しかし、間髪入れずにシバルが口を開いた。
「逃げませんよ。アーノルド様についていくと決めましたから。私が生きる場所は――ここだけです」
「……そうか。感謝する」
アーノルドは小さく笑った。その後、少しだけアンナを見た。
「それとアンナ。他の2人のメイド――アメリヤ姉妹を頼んだぞ」
アンナは静かに頭を下げる。
「……かしこまりました。我が師、サラ・アメリアとの誓いにかけて」
アーノルドとナザリーは食堂を後にした。
残った兵士たちも、それぞれの持ち場へ向かっていく。
「シバルさんは、新設したルグニカ結界の管制塔へ向かわれるのですか?」
アンナが尋ねる。
「ええ。最終調整がありますから。アンナ様にも来ていただけると助かります。マラース族の生き残りとの打ち合わせもありますので」
「もちろん、アメリア達を連れて私も行きます」
アンナは即答し、小さく告げた。
「それが終わったら……あとは手筈通りに」
「ええ。存じております」
そうしてシバルも食堂を後にした。
静まり返った部屋。残されたのは、アンナ1人だった。
アンナも食堂を出ようとした、その時――。
部屋全体に、女性の声が響いた。
「やっほー、アンナちゃん」
姿は見えないが、馴染のある声だった。
「……女狐ですか」
アンナは周囲を見渡すこともなく、冷たい声で答える。
「何の用です?」
「ツレないなぁ。せっかく貴方に頼まれていた魔道具を完成させたっていうのに」
「それはありがとうございます。仕事が早いですね」
アンナは淡々と返す。
「もっと褒めてぇ」
声の主――ラースは、不満そうに言う。
「私がどれだけ頑張ったと思ってるの?普通なら数ヶ月はかかる代物なんだから」
「そうですか」
「反応薄くない?まあいいや、それで?そろそろ、見捨てて精霊神殿に戻る気にはなったかな?」
「……」
「貴方はもうブライド領には関わらない。そういう約束なら、特製の魔道具を渡してあげてもいいのだけれど」
「そもそも、あなたが私に忠告してくれたじゃないですか。ブライド領が危ないと」
「事情が変わったのよ。敵の規模が私の想定を超えていた。もう『人の域』では、手に負えなくなったのよ。そしてーー大精霊の使命を果たすことの方が大事」
アンナはしばらく沈黙した。そして、迷いなく答える。
「……戻る気はありません。でも、魔道具はください」
「私を舐めてるのかな?」
ラースの声から、先ほどまでの声の軽さが消えた。
「一方的に自分の要求だけが通るとでも思ってるの?」
「私には――『譲れないもの』があります」
「譲れないもの?」
ラースは鼻で笑った。
「数百年以上生きた中の――たかが20年程度の付き合いで?」
「……」
「それだけで『譲れないもの』だぁ?笑わせんなよ。バカなの?」
ラースの声に呆れが混じる。しかし、アンナは一歩も引かなかった。
「バカで結構。貴方とは……一生理解し合えるとは思っていませんから」
「……はぁ。分かったよ」
ラースは諦めたような声で、大きくため息をついた。
「そこまで言うなら、もう止めない」
「ありがとうございます」
「でも――絶対に『本気』は出しちゃダメ。何があっても」
「……頑張ります」
アンナは少しだけ目を伏せる。
「そこは約束してよ」
「善処します」
「それ、絶対やらない類の返事じゃん」
ラースは呆れたように笑いながらも続ける。
「ちなみに、今回の相手だけど――『災厄の七席』の1人、ミランダ・ハートンである可能性が高い」
アンナの表情が険しくなる。
「ついこの前、学園で拘束していたニルキス国改革派の釈放を巡った『交渉』があったの。そこに彼女が出てきたわ。彼女から感じた力は……正直、普通じゃなかった。人間を超えてるわ」
アンナは静かに聞く。
「なるほど……ラウナホール国の最高戦力ってヤツですね。ちなみに交渉はどうなったのです?」
アンナが尋ねると、ラースは軽く答えた。
「向こうの要求を呑んで、釈放したわ。もちろん、賠償金はきっちり払ってもらったけどね」
「……」
「私は貴方と違って、人間なんぞにそこまで思い入れはないもの。危ない橋は渡りたくないのよ」
アンナは小さく息を吐く。
「それが貴方の『在り方』でしょう?否定するつもりはありません。では、私は忙しいのでこれで」
「はいはい」
ラースは苦笑する。
「まったく……。みんな――『覚悟』決まってるって感じね」
その言葉を最後に、ラースの声は途切れた。
静寂が戻る中、アンナは迷うことなく食堂の扉へ向かった。
そして――歩き出す。
『慎重である』ということは、裏を返せば相手にも『時間』を与えるという事になる。
ルカ・ラウナホールは『大義名分』を作り出した。世論を操り、戦力を整え、攻め込む準備を終えた。
だからこそ――敵が仕掛けてくるタイミングが読みやすい。
与えられた時間は、ブライド領に残された者たちが覚悟を決めるための時間でもあった。
しかし同時に、逃げ道も塞がれていた。広がった噂は、もう止まらない。
ブライド領にいたというだけで、逃げ延びても迫害されるだろう。
アーノルドもそれを理解していたが、生き延びる可能性が少しでも高い『道』として、逃げることを提案した。
それでも――誰も逃げなかった。全員が『戦う』ことを選んだ。
それは愚かな選択なのかもしれない。けれど、アンナには分かっていた。
これが、ブライド領の人間たちの信念なのだと。
「……だからこそ。私も、負けるわけにはいきません」




