ブライド領襲撃戦①
ソックたちがセイレーン討伐のためにミレム湖に向かっていた間、ラウナホール国の王都パラキアでは『ある変化』が生じていた。
普段から活気に満ちているのだが、ここ数日間は、いつも以上の熱気に包まれていたのだ。
理由は『ある事件の話題』で――街全体が持ちきりになっていたからだ。
「号外~!号外~!!ブライド領の『不正事件』について、新たな情報だよ~!!」
少年の声が大通りに響き渡る。
その手には、羊皮紙を束ねたものが握られていた。
魔法で複製された文字が表面へ浮かび上がり、一定時間ごとに最新の情報へ更新される――王都で流通している『新聞』だった。
紙面の一面には、大きな見出しが書かれている。
【ブライド辺境伯領、不正疑惑がさらに発覚】
その文字を見た人々は、次々と足を止めていく。
「『循環型魔石』の不当独占に加えて、鉱山の存在まで隠していたのか……」
「鉱山で得た利益についても税を払わず、全部自分たちのものにしていたみたいよ」
「元々、ニルキス国のパトリック領にあった鉱山らしいけど……まともに管理していなかったみたいね」
「面倒だから放置していたって話もあるぜ」
「しかも、バルナ領やミズル領の領民を攫って、鉱山で無理やり働かせていたとか……」
「ええ!?そんなこと本当にあるの!?やだぁ!怖いわぁ~~!」
人々の間には、怒りや嫌悪の声が広がっていく。
「当然、辺境伯の地位は剥奪になるだろうな」
「近いうちに『最後の視察』が行われるらしいぞ。そこで正式決定だとか」
「あそこの一人息子のソック・ブライド卿は、そんな家に嫌気がさして逃げ出したんだっけ?」
「にわかには信じられないけどな……」
「でも、ルカ姫殿下が王室で保護する方向で動いているらしいぞ。特別対応で迎え入れたいとルカ姫殿下が躍起になっているそうだ」
「それは……相当気に入られているってことか?」
「下手に手を出したら、相手が誰でも殺されるんじゃないかって噂だ」
「……それはまた、すごいことになってるわね」
人々の会話は、次々と広がっていく。
噂というものは、いつだって事実に余計な尾ひれを付けながら膨れ上がる。
しかし、それこそがブライド家の粛清に必要なものだった。粛清のための大義名分。実際、ブライド家の名誉はわずか数日で地に落ちていた。
そして、レマリス城の王の間では、1人の少女が床へ片膝をついていた。
腰まで伸びた漆黒の長髪で、身に纏うのは黒を基調とした軍服。
『災厄の七席』の第三席、ミランダ・ハートン。
「報告いたします」
少女は頭を下げる。
「視察――という名の『殲滅』ですが、最終調整が完了しました」
「そう」
玉座に座るルカ・ラウナホールは、ぶっきらぼうに頷く。
「いつでもブライド領へ向かえます。討伐用戦力として、ハモット隊、バラード隊を含む約5000人の兵力をご用意しました」
「ご苦労様。情報統制も、噂の流布も上手くいったようね」
そして、楽しそうに続ける。
「あと、アーノルド・ブライドが鉱山の権利譲渡を拒否したという文書も作成しておきなさい」
「『何度も交渉したけど、彼が頑なに拒否した。その結果、反乱分子としてやむを得ず粛清することになった』――そういう筋書きにしたいからね♡」
「……かしこまりました」
ミランダは一瞬だけ沈黙する。
「差し支えなければ、1つお聞きしてもよろしいでしょうか」
「何よ?」
「どうして、ここまで回りくどいことをするのですか?ルカ様ほどの権威があれば、すぐに討伐命令を出しても問題なかったはずです」
ルカは小さく笑い、その赤い瞳が細められる。
「分かっていないようだから、教えてあげる。人を動かすには、『納得』が必要なのよ」
「……」
「正しいかどうかじゃない。人にはね、『それなら仕方ない』と納得できる理由が必要なの」
ルカは玉座から立ち上がる。
「どんな出来事にも、必ず『物語』がある。英雄が悪を倒す物語、正義が悪を裁く物語。たとえそれが、作られた偽物の物語だったとしても」
口元を歪める。
「人は、それを信じるのよ」
「……つまり、『正義』を作った――ということですか」
ミランダは理解したように呟く。
「そういうこと♡あなたが理解しやすいように説明してあげたわ。我ながら、素晴らしい『正義』でしょう?」
「はい!!素晴らしい正義ですね!!悪は早々に――駆逐しなければ!」
ミランダは目を輝かせながら、返す。
「では、私はこれからルグニカ大森林へ向かいます。転移用魔法陣の追加設置をやってきます。徹底的に駆逐するために」
ルカは少し考えた後、尋ねる。
「あそこにいるマラース族の処理は?」
「利用価値のある者だけ捕虜にしました。残りは、殲滅済みです」
ルカは一瞬だけ目を伏せる。
「そう……。何人か、ブライド領へ逃げ込んでいる可能性もあるわね」
「その可能性はございますが、私の『魔法』で圧殺したので問題ないかと......」
「死体をすべて確認していないなら、『ある』と考えるべきよ。なら……ブライド領襲撃の際に、まとめて処理するしかないわ」
冷たい声だった。
「事後処理はミレアに任せるとしましょう」
「承知しました。では、行ってまいります」
少女は一礼して、王の間からその姿が消えた。
残ったルカは、静かに玉座へ腰を下ろした。
正直なところ、今この段階でブライド領を滅ぼすことに大きな政治的メリットはない。
むしろ、兄を迎え入れた後に利用した方がラウナホール国としては合理的だった。
でも――それでも。
許せなかった。
「……だって」
ルカは胸元へ手を当てる。
「兄さんに愛を与えるのは――私だけでいいんだもの」
前世でも、今世でも。兄の隣にいる資格があるのは、自分だけ。
誰かが彼を支えることも。誰かが彼を守ることも。全部全部、許せない。
「全部、消してやる」
ミランダにはあれだけ理屈が重要と言っておきながら、自分は歪んだ感情で動く。
それでも。矛盾だらけであったとしても。
「私が今まで。今までどれだけ――......っと感慨にふける暇はないわね」
ルカは立ち上がって、王の間をでた。自分のやるべきことをやるために。
「それに、あの邪魔な大精霊を確実に処理しないとね♡」
その赤い瞳が妖しく輝く。
戦いの時は――近づいている。




