水の大精霊との『お茶会』
乾いた破砕音とともに球体は粉々に砕け散り、禍々しい魔力が空中へ霧のように散っていった。すると、魔物たちの体が次々と揺らぎ始めた。
「グオォォォ……」
「ギャアアアア……」
断末魔にも似た声を上げながら、その身体は砂のように崩れ、淡い霧となって消えていく。
魔物への魔力供給が絶たれたのだ。同時に、裂けた湖の底から猛烈な風が吹き上がった。
「ーーなんというコトダ。これほどのチカラをもっているとは……」
セイレーンは呆然と崩壊した球体を見つめる。そして、その表情は驚愕から焦燥へと変わる。
巨大な尾ひれで湖面を叩き、そのまま湖の奥へ逃げようとする。
「フィリア、転移だ。僕も『大技』で決める」
「うん!私、頑張る!どのくらいの高さがいい?」
「そうだな。上空300メートルくらい。『連続転移』をしてくれ」
「任せて!」
フィリアは両手を胸の前で組み、大量の魔力を練り上げ、淡く白い魔法陣が幾重にも重なった。
「《テレポーテーション》!」
景色が連続で切り替わる。空間を飛び越え、俺たちは瞬く間にセイレーンの真上へ到達していた。
「はやイ!!」
セイレーンが目を見開く。
しかし、連続転移を終えたフィリアは大きく肩で息をしていた。
「はぁ……はぁっ……。ご、ごめん……さすがに連続は……きつい……」
「十分だ。ありがとう」
俺はセイレーンを真っ直ぐ見据える。
「セイレーン。1つだけ聞きたい」
「……?」
「なぜミレム湖を出て侵略しようとした? この湖は広い。食料だって十分にあったはずだ」
セイレーンは一瞬だけ沈黙しーー、不気味に笑う。
「欲だ」
その瞳がゆっくりと濁っていく。
「ワタシはもっと食らいつくしたイ。もっと……もっと食い尽くしテ……成長したイ」
その瞳には理性がなかった。ただ際限のない欲望だけが渦巻いている。
まるで誰かに心の奥底を書き換えられてしまったかのような、異様な狂気。
「そうかーー残念だ。歯止めが効かなくなったお前は、ここで葬る」
俺は静かに右手を掲げる。
「フン。複製体がいなくたって、単独デーーっっ!? ウゴケナイ……!!」
セイレーンの表情が凍り付く。
俺たちが転移した瞬間、すでに両腕、尾ひれ、首元へ幾重もの拘束結界を展開していた。
そして、それは魔力の流れごと封じる拘束結界でもあった。
「複製体がいなくなった時点で、お前の負けだ」
俺は静かに告げる。
「『的』は、たった1つしかないのだから」
「ヤメロォォォ!!」
俺の目の前に6つの魔法陣が展開される。
光が重なり合い、土属性の魔力が1点へ収束していく。
俺が使える数少ない土属性の上級魔法。
「《アース・グランド・スパイク》!!」
ドドドドドドドドドッ!!
6つの魔法陣から巨大な土槍が一斉に放たれた。何十本もの岩槍が豪雨のように降り注ぎ、拘束されたセイレーンの身体を次々と貫いていく。
「アアアアアアアァァァァァァッッ!!!」
断末魔が湖全体へ響いた。
巨大な身体は力なく傾き、そのまま裂けた湖底へ落下していく。
それと同時にみーちゃんの放つ光が急激に弱まる。
「……あっ」
ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
裂けていた湖の水が轟音を立て、一気に元へ戻り始めた。
俺は荒い息を吐きながら湖の岸へ目を向ける。
そこにはグリムベルとレイナが倒れ込むように座っていた。
最上級魔法の反動なのだろう。2人とも肩で息をし、満身創痍だった。
みーちゃんも光球の姿で近くをふわふわ飛んでいるが、激しく光が明滅している。
「なんとか……岸へ上がれたみたいだな」
俺も安堵して笑う。
「僕も……そっちに――」
そこで視界が大きく揺れた。
「っ……!」
足に力が入らない。結界、探索術式、上級魔法。
立て続けの魔法行使によって、俺自身も完全な魔力切れを起こしていた。
「ソックーー!? やばい!! 私もさっきの連続転移で魔力がーー!!」
フィリアの身体も力なく傾く。俺たちはそのまま一緒に落下していった。
迫る湖面――このままでは水の中へ真っ逆さまだ。
その瞬間、身体が浮いた。
まるで優しく抱きかかえられたように、落下が止まる。
「危なかったわねーー間一髪だわ」
鈴のように澄んだ女性の声。
目の前には、腰まで届く青く美しい長髪を揺らした女性が微笑んでいた。
透き通るような青い瞳が、優しくこちらを見つめている。
「あなたは……?」
そう言いかけたところで、俺の意識はぷつりと途切れた。
どれくらい眠っていたのだろう。小鳥のさえずりが耳に届き、俺はゆっくりと目を開けた。
「……ここは」
目の前には、穏やかな湖が広がっていた。
つい先ほどまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、水面は静かに輝いている。
白い霧もすっかり晴れ渡り、柔らかな木漏れ日が湖面を照らしていた。辺りを見渡しても、あれほどいた魔物の姿は一匹も見当たらない。
驚くほど、のどかだった。
「目覚めたか、ソック・ブライド。僕もさっき起きたばかりだが」
声のした方を見ると、木にもたれ掛かるように座るグリムベルが小さく笑った。
「グリムベル……無事だったか」
「ああ。最上級魔法の反動で気絶しただけだ」
そう言って肩をすくめる。
俺は身体を起こし、周囲へ視線を向けた。
少し離れた湖畔では、レイナとフィリア、それに俺たちを助けてくれた女性が楽しそうに話している。
その女性は腰まで届く青い長髪を風になびかせ、透き通るような青い瞳を細めて微笑んでいた。身に纏うのは、幾重にも重なった水色のロングドレス。
裾や胸元にはサファイアを思わせる青い宝石が幾つも散りばめられ、陽光を受けて湖面のようにきらめいている。
「あなたが、水の大精霊アリア様なの?」
フィリアが目を輝かせながら尋ねる。
「そうよ」
女性は柔らかく微笑んだ。
「セイレーンを倒してくれて、本当にありがとう。これで湖の生態系は安定するし、私の『棲家』も平穏を取り戻したわ」
「アリア様ーー!よかったなのーー!!」
みーちゃんは少女の姿になっており、アリアに引っ付いていた。
「みーちゃんもお疲れ様。大活躍だったわよ。でもね、ちょっとやりすぎかなあ。私が魔力を与えなかったら、あなたは消滅してたかもしれないわよ?」
「う......。ごめんなさいなの」
「いやーめっちゃ疲れた。ちょっと休みたいなあ」
フィリアは大きく伸びをした。
「ふふっ。それくらい大変な戦いだったものね」
アリアは思わずくすっと笑った。すると、グリムベルが表情を引き締め、間に入っていった。
「古代結界『リュクトラン』は、この先なのか?」
「ええ、そうよ」
アリアは湖の奥を指差した。
「私の棲家ーー『ミレナム』を越えた先にあるわ」
俺も立ち上がり、アリアの前まで歩み寄る。
「貴方が、水の大精霊アリアか」
アリアは微笑んだまま頷く。
「助けてくれたことには感謝する」
「セイレーンを倒してくれたからね。ギブ&テイクってやつよ」
俺はそのまま本題へ入る。
「俺たちは『リュクトラン』を一刻も早く攻略する必要がある。貴方の住む場所を通らせてもらいたい」
アリアは少しだけ考えるように首を傾げる。
「うーーんとね」
一拍置いて、アリアは人差し指を立てた。
「ダメ☆」
「「「はい!?」」」
俺たちは思わず声を揃えてしまった。
「なぜ……!? ただ通るだけなら問題ないはずだと思うが」
俺が問い返すと、アリアは悪びれる様子もなく笑う。
「『ミレナム』を越えていくには、私の試練を乗り越えて得られる資格が必要なのよ」
そして、悪戯っぽくウインクした。
「セイレーンを倒してくれたことには感謝してる。でもーーそれとこれとは別問題☆」
「資格か……」
俺は思わず息をのむ。また強力な魔物でも現れるのか。
そう身構えていると、アリアは手をひらひらと振った。
「そんなに緊張しなくていいわよ」
「……違うのか?」
アリアは満面の笑みを浮かべる。
「ええ。試練って言ってもね、私と『お茶会』をするだけだから」
「……お茶会?」
思わず聞き返す。
「そう」
アリアはどこからともなく白磁のティーカップを取り出し、優雅に微笑んだ。
「私が振る舞う『紅茶』を飲んでもらおうと思ってね」
そして、くすっと笑う。
「試練はーー紅茶の原材料を当ててもらうこと♡」




