セイレーン攻略戦
「周りにいる魔物は――複製体か」
俺は周囲を見渡し、思わず息をのむ。
本来なら同じ場所に生息しているはずのない魔物たちが、俺たちを取り囲んでこちらを睨みつけている。
すると、セイレーンがゆっくりと口を開いた。
「アァァアアアーーーー♪」
湖全体へ響き渡る、美しい歌声。
――だが、その瞬間だった。
「ぐああああっっ!?」
鼓膜を貫くような激痛が走る。
音というより、魔力そのものを叩き込まれている感覚だった。まさしく『死の歌声』と呼ぶのにふさわしいものだ。
「いやぁああああ! 何この歌声……息がぁ……」
「シノビでもさすがにきついっすねっ!」
「く……!! なんというおぞましい声だ……!」
グリムベルですら苦悶の表情を浮かべていた。
全員が耳を塞ぎ、目を閉じる。
耳の奥が焼けるように熱い。気づけば耳から血が一筋流れていた。
「くっっそ!!」
俺は片膝をつきながらも魔力を練り上げる。
このままじゃ、全滅だ。
「――防音結界!!」
直後、透明な立方体の結界が展開され、音が遮断された。
「……助かったぞ、ソック」
グリムベルが荒い息を吐く。
俺も額の汗を拭いながら頷いた。
「だけど……そう長くは保たない。どうすれば――」
結界の外では、無数の魔物が次々と結界へと体当たりを始め、小さな亀裂が走る。
「僕が時間を稼ぐ。その間に策を考えろ、ソック・ブライド」
焦りを募らせる俺にグリムベルは声をかける。そして、グリムベルが剣を勢いよく抜き放つ。
「こんな時でも冷静でいられるのが、お前の武器なんじゃないのか?」
「……」
「レイナ、ついてこい。この結界を出て、僕たちでできるだけ魔物を狩る。2人分なら音を遮断する魔法も維持できる」
「はいはい、ついていきますよ~、殿下」
2人は結界の外へと駆け出す。そして、レイナの姿が一瞬で消えた。
次の瞬間には魔物の群れの中へ入り込み、短刀が銀色の軌跡を描く。
魔物の首が飛び、複製体が次々と霧のように消滅していった。
「速っ……!」
目で追うことすら難しい。
続いて、グリムベルが剣を横薙ぎに構える。
「風よ――集え。《エアスラッシュ》」
剣身へ暴風が巻き付き、轟々と唸りを上げる。
グリムベルが剣を振るうと巨大な風刃が一直線に走った。
轟音と共に魔物の群れをまとめて飲み込み、数十体を一撃で吹き飛ばしていく。
――まるで暴風そのもの。
俺は思わず見入ってしまった。
2人とも判断が早く、恐怖に飲まれることなく、己の役割を果たしている。
俺は改めて理解した。
この2人は――『国』を背負ってきた人間なんだと。
きっと俺には想像もつかないほど、多くの修羅場を潜り抜けてきたに違いない。
その姿を見ていると、不意にルカの言葉が俺の脳裏をよぎる。
(せいぜい振り落とされないように――あがくことね)
……いいさ、やってやる。こんなところで止まれるかよ。
『あいつ』に俺はーー追いつき、倒さなきゃいけないのだから。
「......フィリア。隣で少し休んでいろ。僕が打開策を考える」
「ごめんね、ソック……。私はすぐに動けなくて……」
「人には『適材適所』ってものがある。フィリア――君はここ一番ってとこで転移を使うんだ」
「……うん」
俺は大きく深呼吸し、ゆっくりと目を閉じた。
みーちゃんが言っていた『魔物の情報を記録する』という話。
マリアル結界へ登録した魔物の定義情報、均一な損傷ダメージ量。そしてーーその魔力パターン。
これまで積み重ねてきた全ての情報を頭の中で並べ、繋げていく。
やるべきことは3つ。
①この場を切り抜ける手段の確立。魔物の群れを結界で防ぎきらなければならない。
②セイレーンが魔物の複製体を生み出す源の特定。必ず近くにあるはずだ。
③どのような役割分担でセイレーンを倒すか。最適解を導け。
「アーア、アアアアァアーー♪♪」
再び歌声が響く。
結界の外では歌に合わせるように魔物たちが一斉に襲い掛かった。
結界が軋み、嫌な音がどんどん広がっていく。
俺はセイレーンの口元だけを注意深く観察しーー気づく。
セイレーンの歌には『パターン』がある。そして、歌声によって動かせる魔物の種類が変わるということに。
つまり、魔物を一斉に動かせるわけではなく、動かせる魔物は歌と連動して規則性があるという事になる。
「そういうことか……!」
俺は結界へ手を当てた。
結界が収集している歌声の魔力パターンとマリアル結界改修のために、何百体もの魔物から集めた定義情報。
それらを掛け合わせ、紐づける!!まさに、情報の積み重ねによってなせる業。
結界がまさに崩壊しようとしたその時、俺は叫ぶ。
「魔物定義情報注入! 結界、再構築!!! 間に合えーー」
淡い蒼白い光が結界全体を駆け抜ける。
砕けかけていた結界は瞬く間に組み替えられ、より複雑な魔法陣へと変貌していった。
そして、無数の光弾が自動で射出される。
狙うのは――歌によって操られている魔物だけ。
セイレーンの歌声を『引数』として結界構造が切り替わり、自動防衛術式も対象を瞬時に切り替えていく。
さらに、グリムベルとレイナの周囲にも小型結界が展開された。
「来たか!! ソック! 何か――わかったか!?」
風刃で魔物を吹き飛ばしながらグリムベルが叫ぶ。
「今やるところさ――探索術式を展開する!」
そう言って、俺は探索術式を展開し、複製体を生み出す源を探す。
『ノイズ』となっている魔物の複製体の魔力反応を1つずつ排除して探し出す。
そして、湖の底から他とは比較にならないほど濃密な魔力反応を感じ取った。
「――見つけた!!」
探索術式が捉えた反応に、俺は叫ぶ。
「ミレム湖の中だ! だけど――結構深くにあるぞ!?」
「湖の中だと!? どうやって行く!?」
「私もさすがにそんなには泳げないっすね~~」
すると、セイレーンは歌を止め、ゆっくりと俺たちを見下ろした。
その口元は不敵な笑みを浮かべる。
「ソナタラにアレは壊すことはできなイ。いくら防ごうト――このまま『数』でコロしてやるヨ」
再び周囲の魔物たちが唸り声を上げ、一斉に迫ってくる。
俺は考え込むしかなかった。
フィリアを一瞬見るが、フィリアもぶんぶんと首を横に振る。
「ごめん……。水の中までは転移できないよ」
ーー万事休すか。その時だった。
俺の頭の上をふよふよ浮かんでいたみーちゃんが、ぱっと光を放つ。
「私、水をどかせるの!!」
その一言に、全員の視線が集まる。
「魔力の『源』さえあれば! 水の精霊の力を使えるの!」
「……」
俺は少しだけ笑い、みーちゃんに目を向ける。
「みーちゃん。君に頼ることにするよ」
「まかせるの!!」
元気よく返事をするみーちゃん。
俺はすぐにグリムベルへと向き直る。
「グリムベル、『大技』は使えるか?」
「風の最上級魔法が使える。だが、使うには魔力の『溜め』が必要だ」
「レイナとグリムベルで、複製体を生み出している球体を破壊してくれ。湖の水については、俺とみーちゃんで何とかする」
グリムベルは剣を構える。
「了解した。レイナ、魔力をためている間、僕を守れ」
「了解っすよ~~。しんどいけど頑張ろ!」
レイナは苦笑しながらも短刀を構えた。
「フィリアは僕についてきてくれ。グリムベルが球体を破壊した後、僕とフィリアで――セイレーンを倒す」
「私は何をすればいいかな?」
「セイレーンの真上に、僕と一緒に転移するんだ」
フィリアは力強く頷く。
「――わかった!」
「よし、行くぞ!」
俺はフィリアの手を取り、湖へ向かって駆け出した。
みーちゃんも俺たちの前をふわふわと飛びながら先導する。
迫り来る複製体は、結界が次々と自動で迎撃していく。撃ち漏らした魔物だけを俺が土魔法で弾き飛ばし、最小限の魔力で道を切り開く。
そして――。
湖全体を見渡せる岸辺へ辿り着いた。
「みーちゃん! いけるか!?」
「この場所なら――いけるの!!」
俺は腰のポーチから1つの魔石を取り出した。
循環型魔石ーー長時間かけて魔力を蓄え続けてきたもの。
「食いつくせっっ!!」
思い切り湖の中央へ投げ込む。みーちゃんが勢いよく迫り、その光球が魔石へ触れる。
次の瞬間、湖全体を覆うほどの眩い光が放たれた。
「――なンダ!?」
セイレーンですら思わず目を閉じるほどの閃光。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!
天地を揺るがす轟音が響き、巨大な湖が左右へと押し分けられていく。膨大な水量が意思を持ったように左右へ避け、一筋の巨大な道が湖底へと続いていた。
「なっ……」
セイレーンの表情が初めて驚愕へ変わる。
裂けた湖の最深部に、赤黒く脈動する巨大な球体が浮かんでいた。
心臓のように鼓動を繰り返し、その度に禍々しい魔力が周囲へ放たれる。
それらは周囲の魔物へと繋がっており、新たな複製体が次々と形成されていた。
まさしく、魔物を生み出す『源』そのものだった。
「……すごいな」
思わず声が漏れる。
みーちゃんの放つ光がゆっくりと収まったと同時に、俺の頭上を2つの影が一直線に駆け抜けた。
グリムベルとレイナがこの瞬間を待っていたかのような速度で、球体へ一直線に飛び込んでいく。
「今度は、僕の番だな!!」
グリムベルが笑う。集中しているからか、高さをものともしない。
「ソック・ブライド、見せてやる。風の最上級魔法の1つを」
グリムベルは静かに剣を抜く。
その刹那ーー。刀身へ莫大な魔力が収束していく。
轟々と暴風が渦を巻き、水の壁さえ激しく揺らぎ始める。
「ちょ、ほんとやばいっすって殿下~~!!」
レイナは全力でグリムベルへしがみつきながら悲鳴を上げる。
しかしグリムベルは微動だにしない。風の渦を限界まで圧縮すると、大きく剣を振り上げ――叫んだ。
「《エア・スラッシュ・インパクト》!!」
圧縮された暴風が解き放たれ、一直線に赤黒い球体へと直撃した。
空間すら切り裂くような風の一閃を受け、球体は轟音とともに崩壊した。




