災厄の七席
その日の王都パラキアは、異様な雰囲気に包まれていた。
普段ならば大通りに人々が溢れ、商人たちの威勢の良い声が響く。
しかし、この日は違った。全ての商店が店を閉めている。
人々は誰一人として家から出ようとしない。街の外へ向かう者もいなかった。
発端は、国王陛下による突然の休日宣言。
だが、本当の理由は別にある。レマリス城から、おぞましい魔力が溢れ出していたのだ。
それは理屈ではなく、本能だった。
近づいてはいけない、外へ出てはいけない。人々はそう感じ取っていたのだ。
空を飛んでいた鳥たちもいつの間にか姿を消していた。城の周囲をうろついていた野犬や野良猫でさえ、レマリス城から離れるように逃げ出している。
理由は分からないが、人々は心の奥底で理解していた。
――今日は『決して』外へ出てはいけないと。
そして――その魔力の源は。
レマリス城、玉座の間。
広間の中央に置かれた玉座へ、ルカ・ラウナホールは再び腰掛けていた。
その眼下には五人の男女がいた。全員が片膝をつき、首を垂れていた。
ルカへ絶対の忠誠を誓う、狂信者たち。
――災厄の七席。
その場にいるだけで空気が重い。
もし並の騎士がこの場へ入れば、その圧力だけで逃げ出すだろう。
1人1人が国家戦力。
ある者は軍勢をなぎ倒し、ある者は国家そのものを内側から崩壊させる。
人の姿をしているだけのーー怪物たちだった。
やがて、1人の少女が前へ進み出た。
ピンク色の髪を揺らしながら、ミレアが頭を下げ、声を上げた。
「ルカ・ラウナホール姫殿下。現在招集可能な『災厄の七席』がこの場に集いました」
いつものふざけた口調はない。
「第六、第七席は重要任務の最中であるため、この場に不在であることをお許しください」
そして胸へ手を当て、桃色の瞳が細められる。
「まずは私。第一席、ミレア・カートノット。司るは――『愛』♡御身の前に」
ミレアはそのまま深く頭を下げる。
続いて、少年が立ち上がった。銀色の短髪に、細身の体格。
丸眼鏡の奥には知的な蒼い瞳が覗いている。
だが、その瞳に人間らしい感情は見えない。彼にとっては、目に入るものすべてが『実験材料』なのだ。
「第二席、フリッド・レッドライト。司るは――『知』。御身の前に」
感情の読めない声で言いながら、頭を下げる。
次に、1人の女性が進み出る。
漆黒の長髪を腰まで伸ばし、漆黒の軍服を纏っていた。
整った顔立ちだが、その瞳には狂信にも似た熱が宿っていた。
「第三席、ミランダ・ハートン。司るは――『義』。御身の前に」
そして迷いなく告げた。
「私の正義は御身そのものでございます」
もしルカが明日、世界を滅ぼせと命じたなら。ミランダは微笑みながら従うだろう。
続いて立ち上がったのは、筋骨隆々で大柄な女だった。立ち上がっただけで床がミシリと軋む。
盛り上がった腕や腹筋は、そこらの騎士など比較にならない。
燃えるような赤茶色の髪を後ろで束ね、その顔には無数の傷跡が走っている。
だが、その黄金色の瞳だけは子供のように輝いていた。
――戦いを前にした獣のように。
「第四席、バゼット・リーシャン。司るは――『力』。御身の前に」
そして、女は口元を大きく歪めながら拳を握る。
「で? 次はどいつをぶっ殺せば――」
「うるさい。ルカ姫殿下の前で長話するな」
ミランダが即座に遮る。バゼットは舌打ちしながら黙り込む。
最後に、1人の少女がゆらりと立ち上がる。
金色の巻き髪に宝石のような紫の瞳ーー完璧に整った容姿。
まるで芸術品のような少女だった。
「第五席、セレナード・ブラシリア。司るは――『美』。御身の前に」
セレナードは優雅にスカートを摘まむ。そして、陶酔したようにルカを見上げた。
「今日もお美しいですわ、ルカ様」
全員の紹介が終わるとしん、と玉座の間が静まり返った。
するとミレアが小さく手を挙げる。
「この『くだり』、いりますかねぇ?めんどいんですけどぉ」
ルカは退屈そうに立ち上がった。
「必要よ」
「なんでですぅ?」
「だって、お前たちの名前覚えられないから☆」
「ひどぉい!!」
ミレアが叫ぶが、フリッドは冷静だった。
「ルカ様の膨大な知識の前には、僕たちの名前など霞んでしまう」
そして眼鏡を押し上げる。
「それで、我々を招集した目的は?今後の具体的な方針を決めると伺っておりますが」
ルカは満足そうに頷いた。
「ええ。そろそろ本格的に動こうと思ってね。それぞれの役割をはっきりさせたいと思うの。まずは、ミランダ」
「何でしょう?」
ミランダは頭を下げる。
「ブライド領へ行き、アーノルド・ブライドとナザリー・ブライドを殺しなさい」
あまりにも自然に告げられた言葉に、その場の誰も反応しない。
「あいつらはもう用済み。兄さんの家族は、私だけでいい」
「かしこまりました」
ミランダは迷いなく頷いた。
「おそらくだけど、土の大精霊が邪魔してくる。あいつの本気を引き出すことも任務よ」
ルカは玉座の肘掛けを指で叩く。
「……なるほど」
ミランダの瞳が僅かに細まる。
「『制限解除』はしてよろしいですか?」
「ええ。本気を引き出せたなら、好きなタイミングでしていいわ」
「承知いたしました」
すると、ミレアがひょいと手を挙げた。
「あたしはミランダのサポートかなぁ?」
「それもあるけれど――あなたはサンガリア国の第二王子、ダリルの『弱み』を掴んできて」
ルカは口元を吊り上げる。
「ほうほう♡」
「黒い『噂』がちらほらあってね。いい戦争の口実がありそうなのよ」
「あらあら♡ それは楽しみですねぇ~~♡」
ミレアの顔が輝く。まるで新しい玩具を与えられた子供のようだった。
次にルカはフリッドへ視線を向ける。
「あなたは『大悪魔』を復活させる方法について調査しなさい」
フリッドの眼鏡がわずかに光り、ルカに顔を向ける。
「大精霊が500年かけて封じた存在――ですか」
「ええ」
「復活させて何をなさるかは、あなた様には既に見えているのでしょう。このフリッド・レッドライト、承らせていただきます」
「よろしく」
そしてルカは残る2人へ目を向けた。
「バゼットとセレナードは、この城に残って体制強化」
「ん?」
「騎士団長カリムに代わる新しい団長を見つけて、騎士団組織を再編しなさい」
「えええぇぇぇーーー!?」
バゼットが叫んだ。
「あたしは戦いてぇよ!! 血が見たい!!」
巨大な体で地団太を踏むと床が揺れた。
しかし、ルカがゆっくりと視線を向けた瞬間、バゼットの身体がぴたりと止まる。
ほんの僅かだが、肩が震えた。
「うぜぇな。やれって言ったんだからやれよ」
ルカは冷たく言い放つ。
「それに――騎士団は戦争で必要になるんだし、そのうち嫌でも戦いまくれるわよ」
バゼットは冷や汗を流しながらも、獰猛な笑みを浮かべる。
「あたしは――あんたと今戦ってもいいんだぜ?」
挑発するように睨み返した。それを見たミレアは肩を竦める。
「躾がなっていないわね。いいわ、最強の騎士団を作れた暁にはーー私が直接『手合わせ』してあげる」
「マジか!?テンション上がってきたああああああ!!!」
バゼットの目が瞬時に輝き、叫んだ。
そんな彼女を無視するように、セレナードが優雅に口を開く。
「醜いものは入れなくていいですよね?ルカ様」
その紫の瞳が妖しく細められる。
「私、少しでも汚いと……その……蕁麻疹を起こして――殺しちゃうので」
「ええ」
ルカは即答した。
「お前の『美』の基準は歪んでいるけれど――『信頼』できるものだから」
セレナードの顔が真っ赤になる。
「この世で最も美しいルカ様にそう仰っていただけるとは……!!」
両手を胸の前で組み、うっとりと肩を震わせる。
「恐悦至極でございますぅ!!」
「じゃあ、各自の動き方は決めたから――任務に移りなさい」
ルカは手をひらひらと振る。
「ミレア以外は全員解散」
「「「「失礼いたします」」」」
次の瞬間、ミランダ、フリッド、バゼット、セレナードの姿がふっと消えた。
玉座の間に残ったのはルカとミレアだけ。
「んん?なんであたしだけ残すんですかぁ?♡」
ミレアが首を傾げる。
そして、何かを思いついたように両頬を押さえながら叫んだ。
「もしかして!!!あーん♡まだ心の準備ができていませんよぉ♡」
「なんかキモい想像してるみたいだけれど、違うから」
「ちっ。ざ~んねん♡じゃあ何ですかぁ?」
ルカは窓の外へ視線を向けた。
「兄さんは今、リュクトラン攻略に向かっている。多分、そろそろ魔獣混成地帯へ向かう頃かな?『アレ』と戦いに行くんでしょうけどーー状況を逐一監視してほしいの」
ミレアは苦笑する。
「ほんっとに大好きなんですねぇ♡妬けちゃうわ~~♡」
ルカはしばらく沈黙した。そして、静かに告げる。
「……決して手は出さないでね。兄さんにとって、乗り越えるべき試練なのだから」
その声だけは、妙に真剣だった。
「……。わかりましたぁ」
ミレアも珍しく真面目な顔になる。
ルカは再び窓の外を見た。変わりゆく世界、加速していく混乱。
兄さんはそれを見て、どんな顔をするのだろう。
困るだろうか、怒るだろうか。それとも――。
想像するだけで胸が高鳴る。ルカは心の底から楽しそうに笑みを浮かべる。
「楽しい楽しい世界になりますように♡」




