新体制
ソックたちがマリアル結界に滞在していたその頃――。
世界の動きは、確実に加速していた。
ラウナホール国、王都パラキア。大陸最大の国家の中心に位置するその都市は、今やかつてないほどの繁栄を見せていた。
都市の中央には、黄金の輝きを放つレマリス城。
天を突くような尖塔、磨き抜かれた城壁。
王都を行き交う人々は皆、その壮麗な姿へ自然と視線を向けてしまう。
まるで、世界の中心そのもの。そんな錯覚すら抱かせる威厳がそこにはあった。
そして――、そのレマリス城の最奥。
王の玉座が置かれた広間には、1人の少女が悠然と腰掛けていた。
深紅の瞳、深紅の髪、深紅のドレス。まるで『血』そのものを纏ったような少女――、ルカ・ラウナホールだった。
玉座の下では、1人の男が膝をついている。
かつてはラウナホール国最強の魔術師と称された男。
しかし、今は違う。その瞳に宿るのは誇りではなく、恐怖だけ。
目の前の君主に首を垂れることしかできない。
「――最後に言い残すことは? 水の大魔術師、セバス」
広間に静かな声が響く。
セバスは頭を擦り付け続ける。
「ルカ姫殿下!! リアラを取り逃がした汚名は必ず晴らします!! どうかもう一度だけ機会を!!」
「へえ」
「土の大精霊さえいなければ!!」
「いなければ?」
セバスの背筋が凍った。
「そ、それは……セレスティナ共々、始末できていました!!」
「結局、属性相性で有利だっただけでしょう?」
ルカは頬杖をついた。
「セレスティナ未満の雑魚よ、あなたは。水の大魔術師が聞いて呆れるわね」
そして、まるで不要になった書類でも捨てるかのように告げた。
「ま、無駄な殺生は嫌いだけどーー、管理は面倒だから☆じゃ、バイバイ♡」
「お待ちくださ――」
その瞬間、セバスの首が吹き飛び、血が噴き出す。
ゴトン、と床へ転がる胴体。
広間を赤く染める血溜まりに、ルカは露骨に顔をしかめた。
「きたねえな。マジで」
ルカが悪態をつくと同時にふわり、と背後の空間が歪む。
「ルカ様ぁ~~! 終わったぁ~~?」
突如現れたのは、ピンク色の髪をした少女だった。
肩まで伸びた柔らかな髪に、大きな桃色の瞳。
年齢は10代半ばほどに見える。
しかし、その服装はまともではない。胸元が大きく開いた黒と桃色のドレスに、腰や太腿には無数のリボンがついていた。
少女は迷うことなくルカへ抱きつく。
「ルカ様ぁ~~♡」
そして、ルカの顔に頬をこすりつけ始めた。
「うぜぇな、早く離れろよ」
「えへへぇ~~♡」
「ミレア、お前マジでキモいんだよ」
「いきなり本性出しすぎじゃないですかぁ♡♡ あ~~ん、もう~~、かわいい~~♡♡」
次の瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!
轟音が響き渡り、ミレアの身体が弾丸のように吹き飛んだ。
壁へ激突し、ミシミシと嫌な音が鳴る。
レマリス城の壁には小さな亀裂が走った。
「ルカ様ぁ~~♡ 今のかなり本気でしたよねぇ?あたしじゃなければ死んでましたよぉ~~?」
「そのまま死んでもいいのだけれど??」
「あー、怖い怖い♡」
ミレアは埃を払いながら立ち上がった。
「はいはい。『戯れ』はここまでにしますよぉ~~」
「時間ねえからさっさと報告しろ」
ミレアは姿勢を正した。先ほどまでのふざけた雰囲気が僅かに消える。
「ラウナホール国国王陛下、ソールド・ラウナホールは予定通り病気になりました。もうベッドから動けない状態です」
ルカの口元が僅かに歪む。そして、退屈そうに頬杖をつく。
「やっとね。毎日毎日、少しずつ毒を盛るのご苦労様」
「いえいえぇ♡」
「これで洗脳なんていう面倒な真似をしなくても正式に実権を握れるわ」
「王妃ミレット様、騎士団長カリムも予定通り行方不明扱いで処理しましたぁ」
「そっちもうまくいったか。これで本格的に動けるわね」
ルカは小さく笑う。
ルカ・ラウナホールには、家族と呼べる人間はいない。
唯一の例外は――前世の兄。それだけ。
それ以外の全ては無価値。父でさえ、母でさえーー、彼女にとっては顔のない虫ケラに過ぎない。
だからこそ、毒を盛るのも厭わない。国王を『自然な形で』病気にすることで、ルカがラウナホール国のすべてを支配するのだ。
「ソールド・ラウナホールが不治の病に倒れたこと。そして私が次代の女王として即位することを全国民へ伝えるわ」
「演説は1週間後ですねぇ?」
「ええ。さっさと準備しなさい」
「了解でぇす♡」
「ザック・ニルキスの方は?」
「そちらも順調ですよぉ。洗脳は第2段階まで完了済みですぅ」
「そう」
「属国になる未来はもうすぐですねぇ♡」
「ニルキス国をラウナホール国の属国とする宣言も準備しなさい」
「かしこまりましたぁ」
ミレアは楽しそうに笑った。
「あー忙しい忙しい♡」
すると何かを思い出したように指を立てる。
「あ、そうだぁ。例のメイドはどうしますぅ?」
ルカの眉がぴくりと動いた。
「あのクソ忌々しいメイドね。あいつの所にはミランダを向かわせるわ」
「おぉ~~♡」
「クソメイドの本気、引き出したいじゃない?」
「たしかにぃ。大精霊の本気は気になりますねぇ♡私でも勝てるかどうか、知りたいなぁ」
「制限解除してないお前じゃ無理ね。あいつらを、あまり舐めない方がいいわよ」
ルカは即答した。
「でもぉ、ルカ様の敵じゃないですよねぇ?」
そして、ミレアは楽しそうに笑う。
「だってあなた様には――」
瞬間、空気が凍った。
ミレアの顔から笑みが消える。猛烈な殺気を感じたのだ。
肌を切り裂くような圧力に、反射的にミレアは自らの口を塞いだ。
思わず、冷や汗が頬を伝う。
ルカは微笑んでいた。しかしその目だけは笑っていない。
「次、少しでも言いかけたら――マジで殺すから♡♡」
「は、はいぃ♡」
ミレアは高速で頷いた。
そしてルカは玉座から立ち上がり、深紅のドレスが揺れた。
「『災厄の七席』を全員この場に招集しなさい」
「え?」
ミレアが固まる。
ルカは窓の外を見た。王都パラキアの灯りが窓から差し込んでくる。
「今後の具体的な方針を決めます。この『新体制』のもと、新生ラウナホール国として突き進むわ」
「えぇぇぇぇ!?」
ミレアが頭を抱えた。
「あの人格破綻者どもを全員招集するんですかぁ!?」
そして次の瞬間。
満面の笑みになる。
「ああぁぁぁぁ♡♡ 楽しみぃぃぃ!!」
ルカは静かに告げる。その深紅の瞳が、妖しく輝く。
「これより先、ラウナホール国は全世界と戦争をし、征服していくでしょう」
「全てをぐちゃぐちゃに破壊して――私と兄さんだけの理想郷を作り出す」
ルカは深く深く、笑みを浮かべた。
ルカ・ラウナホールは決して、焦らない。誰よりも、狡猾に。何よりも、じっくりと。
だけどーー、その歩みだけは決して止まらない。
そのゆるぎない意志と執念をもって、狂気はより大きく育っていく。
そして今――その狂気は表舞台へと流れだそうとしていた。
「――待っててね、兄さん♡♡」




