記録の再定義
「最高の記録……ですか?」
メリドが首を傾げた。
「はい。ですが、その前に場所を変えましょう」
俺は肩に乗っかっていた紙束も払い落とした。
「ここだと紙がありすぎるのと、埃っぽいです。どこかゆっくりと情報を整理する場所に行きましょう。できれば、図書室がいいです」
「まあ、魔物の生態調査もしていますので、図書室はございますが……」
メリドはそう言うと、近くにいた兵士へ指示を飛ばした。
「散らばった資料は元の場所へ戻せ。それと、この資料室は厳重に施錠しておけ」
「はっ!」
兵士たちが慌ただしく動き出す。
その最中、俺は床に落ちていた紙を1枚拾い上げた。
「メリド公爵殿。この紙、1枚だけいただいてもよろしいですか?」
「構いませんが……」
「ありがとうございます」
俺は紙を手に取り、そのまま懐へとしまった。
俺、フィリア、グリムベル、メリドの4人は同じ階にある図書室へと向かった。
図書室は資料室とは違い、綺麗に整理整頓されている。
棚には魔物関連の書籍が整然と並び、中央には大きな机が置かれていた。席につくなり、俺は先ほどの紙を机の上へ広げる。
そしてグリムベルとメリドへ視線を向けた。
「これが――マリアル結界でとっている『記録』で間違いないですね?」
「ええ、もちろんですとも」
メリドは頷く。机に広げた紙に書かれた内容はこうだった。
――――――――――
0940 ストーン・ボア 突進攻撃 95
0950 オーク 飛びかかり 92
1010 ロール・ウルフ 噛みつき 94
――――――――――
「では、メリド公爵殿。この記録の文字列は、左から何を意味するのでしょうか?」
「……? 見ればわかるのでは? 左から順に、時刻、魔物名、攻撃方法、魔石の魔力残量です」
「ありがとうございます。たしかに見慣れた人ならわかるかもしれません。ですが、僕は一番左の『0940』と一番右の『95』は何を示しているのか見ただけではわかりませんでした。なんの数字なのかさっぱりです」
「まあ、たしかに私もわからなかったです~~」
フィリアも口を挟む。
「……。言われてみればそうかもしれませんが」
「グリムベル殿下、メリド公爵殿。記録には――『キー』と『バリュー』が必要不可欠なんです」
「きー……? ばりゅー? ですか?」
「はい。要するに、『何を意味するものかを示す値の名称』と『その値』を一緒に記録するのです。例えば、今回でいうとこんな感じになります」
俺は紙の裏側へ書き足した。
――――――――――
時刻 魔物名 攻撃方法 魔力残量
09:40 ストーン・ボア 突進攻撃 95
09:50 オーク 飛びかかり 92
――――――――――
「なるほど。これなら誰が見てもわかりやすくはなりますな」
「ほんとは、日時のフォーマットはYYYY/MM/DD HH:MM:SS形式にしてタイムゾーンはUTCかな?文字コードはSJIS?UTF-8?はたまたASCII?魔力残量の単位は%表記でいいのか、とかいろいろ決めたい――」
「ソック・ブライド。何を言っているんだ貴様は」
フィリアが突っ込むよりも早く、グリムベルの手刀が俺の頭頂部へ落ちた。
ゴッと音がする。
「痛っ!?」
「理解できる言葉で話せ」
「……申し訳ございません」
やばい、また饒舌になっていた。俺は軽く咳払いをする。
「とまあ、記録の仕方は、最初の行に『名称』をつけてから記録します。でも――これだけじゃ全然足りないです」
「どういうことです?」
「メリド公爵殿。マリアル結界に出現する魔物って何種類くらいいますか?」
「百種類くらいはいるのかもしれません」
「それだけ多くの種類の魔物の情報を、この文字列を見ただけで集計できますでしょうか?」
「できなくはないですが、非常に大変ですね。私が部下とともに、3日ほど徹夜で集計してグリムベル殿下への報告書を作ってました」
「その手間の多さでいつも後手に回っているのです。マリアル結界の根本的な問題点は、情報の整理に時間がかかり、結界に対して効果的に対処しきれていないことです」
「耳が痛いですな……。では、ソック殿はどうされようとしているのでしょうか?」
「その集約作業を魔法で『自動化』します」
「そ……そんなことができるのですか!? この膨大な記録を、魔法で!?」
「ですが、そのためには――『定義情報』の作成が必要です。術式だけでどうにかなる問題じゃありません」
「定義情報ってなによぉ。ソック~~。なんか頭が熱くなってきたぁ」
フィリアが机へ突っ伏す。
俺は近くの本棚から1冊の本を取り出す。
表紙には『魔物図鑑』と書かれている。そして後ろのページを開き、フィリアへ見せた。
「フィリア。本の後ろにはこんな感じで索引があるだろ? ボア種は何ページ、とか」
「あるね~。私、真っ先に索引から見ちゃうもん」
「索引があることによって目当ての情報に関連付けられる。僕は各項目のインデックス……じゃなくて定義情報のリストを作る」
そう言って、俺は紙の裏側へ新たな表を書き加えた。
――――――――――
魔物名 魔物種別
ストーン・ボア ボア種
アームド・ボア ボア種
――――――――――
「これが定義情報……ですか?」
メリド公爵が目を丸くする。
「そうです。この定義情報を魔石に登録しておけば、魔物の種別ごとに記録を集計することができます」
「なるほど、わかったぞ」
グリムベルが顎に手を当てながら、口を開いた。
「記録にある『魔物名』とその『定義情報』とやらを使えば、魔物種別の情報を引っ張ってこれるということだな。『魔物名』を共通のキーとやらにするということか」
「さすがですね、グリムベル殿下」
「この関連付けをできるようにすることで――第1から第5魔石までの情報を素早く『集約』することができる。そして、この定義情報は魔物の攻撃方法や危険度についても作成します。そうすることで、いろいろな角度で集約できるようになります」
そして、俺は机の上の紙を指先で軽く叩いた。
「これから僕たちは、いくつかの『定義情報』を作成するために現場へ赴きます」
グリムベルとメリドが息を呑む。俺は小さく笑った。
「やっぱり――生の情報は必要ですから」




