マリアル結界
リリアスを出発してから、俺たちは馬車で移動を続けた。
昼夜を問わず走り続けるため、基本的には馬車の中で寝泊まりをする。途中で何度も馬を乗り換えながら、ひたすら北へ向かった。
馬車は王族用ということもあって乗り心地は悪くなかったが、3日も揺られ続けると身体のあちこちが痛くなってきた。
「うーん……腰が……」
フィリアが座席にもたれかかりながら唸った。
「フィリア嬢は体力不足っすね」
レイナがけらけらと笑う。
「だってずっと座ってるんだもん!」
「シノビなら全然余裕っす」
「それ絶対普通じゃないよ!?」
そんなやり取りを眺めていると、不意にレイナの姿が消えた。
「あれ?また消えたのか」
俺は周囲を見回す。いつの間にか馬車の中からいなくなっていた。
グリムベルは特に気にした様子もない。
それから30分ほど経った頃、唐突に馬車の扉が開く。
「ただいまっす」
レイナが何事もなかったかのように戻ってきた。
両腕には大量のパンや干し肉、果物が抱えられている。
「えっ!?どこから持ってきたんだそれ」
「街で買ってきたっすよ~」
レイナは得意げに胸を張った。
「気付いたらいなくなって、気付いたら戻ってくるな……」
「シノビっすから」
そんな旅を続けながら、3日目の昼過ぎ。
馬車は深い森の中を進んでいた。森の木々は高く生い茂っているが、中央には馬車が十分に通れるほど整備された道が続いている。
しばらくすると視界が開け、森を抜けた先には巨大な結界が広がっていた。
淡い光を帯びた半透明の壁は空高くまで伸びていた。
「結界反応を感じる。グリムベル、着いたのか。マリアル結界に」
俺は窓の外へ目を向ける。
「ああ、到着だ」
そう言ってグリムベルは馬車の先頭へ身を乗り出した。
「『いつもの』管制塔に行け。ソック卿とフィリア卿を案内する」
「かしこまりました」
従者が頭を下げて返事をする。
「管制塔?」
俺が首を傾げると、グリムベルが説明した。
「マリアル結界はな、第1から第5までの5つの魔石で構成されている。それぞれの魔石の近くには状態を監視する観測所があるんだ」
グリムベルは結界の方を見ながら続ける。
「管制塔は観測所から情報を集め、全体へ指示を出す場所だ」
「そんなのあるの!?」
フィリアが目を丸くした。
「ミズル結界なんてルドさんの家が近くにあるくらいだよ!? 観測所なんてないよ!?」
「随分と本格的だな」
当然、ルグニカ結界にもそんな施設は存在しない。
シバルさんが定期的に何人か連れて見回りに行く程度だった。
「先には魔獣混成地帯がある。魔物の数は他の場所とは比較にならないほど多いのだ」
グリムベルは真剣な表情になる。ここまで大規模な管理体制が必要になるレベルなのかと、俺は気を引き締めた。
やがて、馬車は巨大な建物の前で停止した。
思わず息を呑む。
そこには、巨大な石造りの塔がそびえ立っていた。周囲には防壁が築かれ、中世の要塞都市の中枢施設を思わせる造りになっている。
塔の周辺では多くの兵士が忙しなく行き来していた。
厳重な警備体制だ。馬車から降りると、1人の警備兵が駆け寄ってきた。
「グリムベル殿下!! お待ちしておりました!メリド公爵が会議室でお待ちしております」
公爵が管理しているのか。
ここは、ダバナ国にとってよほど重要な拠点らしい。
「わかった。行こう」
グリムベルは頷く。
「ソック、フィリア。僕についてくるんだ」
そしてレイナへ視線を向けた。
「レイナは第2魔石へ様子を見に行け」
「……仕方ないっすねぇ。まためんどくさい魔獣退治か~」
レイナはぶつぶつ言いながらも、その姿は次の瞬間には消えていた。
あまりの速さに、俺は思わず苦笑する。
その後、俺たちは正門へ向かった。
巨大な扉が重々しい音を立てて開く。
内部へ足を踏み入れると、そこは想像以上に広かった。
高い天井に磨かれた石床。壁には歴代の英雄を描いた絵画が飾られている。
軍事施設でありながら、どこか格式高さも感じられた。
グリムベルに案内されながら階段を上り、2階の会議室へ向かう。
その時ーー大声が聞こえてきた。
「メリド様!! 第1魔石の魔力残量がかなり少ないです! すぐに魔力を補充しないと……!」
「ドルゲン隊を向かわせろ!! 補充を急げ!!」
「第3魔石の結界から損傷が確認されました! 今いる人員での修復魔法では対応しきれません!!」
「第2魔石にいるマリス隊を向かわせろ! 予備の魔石を出しても構わん!!」
「そうすると第2魔石を攻めているストーン・ボア100体の対処は――」
「ああもう!! わからん!! かくなる上はこの私が!!」
怒号と報告が飛び交う。まさに戦場だった。
「その必要はないぞ、メリド公爵殿。第2魔石にはレイナを向かわせた」
グリムベルが静かに言うとともに室内が一瞬静まり返った。
そして1人の男が振り返る。
整えられた茶髪に鋭い眼光。
立派な軍服に身を包み、公爵の名に相応しい威厳を纏っている。
だが、その顔には深い疲労が滲んでいた。
「グ……グリムベル殿下!」
メリドは慌てて姿勢を正した。
「これは……大変お見苦しいところをお見せいたしました」
そして俺たちへ視線を向ける。
「そちらの方々は?」
「ソック・ブライド卿とフィリア・ミズル卿だ。ラウナホール国の人間だ。このマリアル結界問題の解決と、リュクトラン攻略のために僕が特別に入国させた」
「よろしくお願いいたします」
俺とフィリアは深々と頭を下げた。そして、俺は小声でフィリアへ耳打ちする。
「ここからはちゃんと敬語な。グリムベルにもだぞ」
「はーい」
全然わかってなさそうで心配になる。
「グリムベル殿下」
俺は会議室の状況を見回しながら尋ねる。
「マリアル結界の問題点とは魔力不足のことでしょうか? もしかして天然魔石を使われていますか?」
「魔力枯渇もあるが、それだけではない。結界の強度問題もある」
グリムベルは首を横に振り、続けた。
「しかしだ、ソック卿。今のマリアル結界は循環型魔石を使っている。ルカ・ラウナホールと交渉して、やっとの思いで入手したものだ」
あいつーー、俺が生成方法を教えたのを好き勝手に利用しやがって。
思わず眉がぴくりと動く。
「循環型魔石を使っているのになぜ魔力枯渇が?攻撃してくる魔物が多すぎるとか?」
「そうだな。とにかく数が多い。こちらも可能な限り対応しているが、人手が足りんのだ」
グリムベルは疲れたように息を吐く。
「これでも以前よりはましになったのだがな……」
「第1から第5魔石までの魔物襲撃記録は取っていますか?」
「もちろんとっております」
メリド公爵が即答した。
「その記録から原因を探ろうとしていますが――」
「記録がある場所に案内してください」
俺は迷わず言った。
「……わかりました」
メリドは頷く。
そして俺たちは、この結界を蝕む異変の正体を探るため、資料室へと向かった。
向かった先は『資料室』。
会議室から右へ進んだ先にあり、重厚な木製の扉が目の前に立ちはだかっていた。
「では、開けます」
メリドはそう言うと、どこか覚悟を決めたような表情で鍵を取り出した。
カチャリ、と鍵が外れる。
そして、扉が開いた瞬間だった。
ドサドサドサドサドサッ!!!
「うおっ!?」
大量の紙束が雪崩のように飛び出してきた。同時に、長年積もっていたのだろう埃が盛大に舞い上がる。
「ごほっ! ごほごほっ!」
フィリアが激しく咳き込んだ。
「な……なにこれーーー!?!?」
俺も反応する暇すらなかった。
気付けば頭から大量の紙束を被り、そのまま床へ押し潰されている。
周囲を見渡しても、紙、紙、紙。
部屋の中は天井近くまで資料が積み上げられていた。
もはや資料室というより、紙の墓場となっていた。
「…………」
俺は絶句した。
これは……。これは――。
「ソック・ブライド。これが魔石の全ての記録を詳細に記載した資料だ。必ず手掛かりがあると思う」
頭上からグリムベルの声が聞こえる。
そう言って、さらに紙束を1冊手渡してきた。
俺は無言で受け取り、確信した。マリアル結界の根本的な問題点を。
俺は紙束をどけながら立ち上がった。
「グリムベル……殿下。記録を残すのはとても素晴らしいことです」
それは本心だ。記録がなければ改善も分析もできない。
だが――。
「『情報』というのは取捨選択することが何よりも大事なんですよ。特に運用に関しては」
俺は足元に散らばる紙束を見下ろした。
「取捨選択……?」
メリドが眉をひそめる。
「失礼かもしれませんが、この中には見なくてもいい記録がたくさんあると思います。僕がこれからやることは、結界魔法に高度な術式を組み込むことでも、いい魔石を作ることでもありません」
資料室で、俺は力強く宣言する。
「最高の記録を作ります!!」




