ダバナ国へ
「『シノビ』か……」
俺は思わず呟いた。
この世界にも忍者がいたのか――。
内心ではかなり驚いていたが、天井に張り付いて気配を完全に消し去る姿を見せられては認めざるを得ない。
たしかにこいつは、俺の知る『忍者』そのものだった。
そんな俺の反応を見て、グリムベルが口を開く。
「ダバナ国には『里』という特殊な場所があってな。隠密部隊に所属する者は皆、里にある学園で過酷な訓練を受ける。レイナはそこを首席で卒業した」
レイナは得意げに鼻を鳴らした。
「里に寄って行くっすか?」
首を傾げながら聞くレイナに、グリムベルは即座に首を横へ振る。
「そんな暇はない。すぐに『マリアル結界』へ向かうぞ」
そして机の上に広げられた地図へと視線を落とした。
「あー、私はちょっと里っていうの寄ってみたかった~」
フィリアが残念そうに頬を膨らませる。
「転移魔法持ちは重宝されるっすよ、フィリア嬢」
「ほんとー!?『シノビ』ってなんかかっこいいよね! 響きが!」
「わかるっす!」
レイナも嬉しそうに頷いた。いつの間にか2人は意気投合していた。
そんな2人がわいわいと盛り上がっている中、俺とグリムベルは地図へ目を向ける。
「『マリアル結界』には学園から最も近い町、『リリアス』を通る。その後、王都の隣にある街、『ハノン』を経由して北上。そこからマリアルへ向かうルートにしよう」
「なんで王都の隣を?少し迂回するルートになるぞ」
「目立ちたくないからだ。今回は兄さん――バルド第一王子から与えられた極秘任務だからな」
グリムベルは淡々と答える。
「なるほどな。移動手段は馬車か?」
「ああ。リリアス東門の検問所を抜けた先に専用の馬車を待機させている。人通りの少ない道や舗装道路を使えば3日ほどで着くだろう。途中で馬は10頭ほど乗り換える予定だ」
「それくらいはかかるか…….。魔力消費のことも考えると、全部魔法で移動ってわけにもいかないもんな」
俺は腕を組んだ。そしてフィリアへ視線を向ける。
「フィリア。マリアル結界に着いたらマーキングの場所を更新できるか?」
「うん、できるよー」
フィリアは元気よく頷いた。
「ミズル結界からマリアル結界に変えるね。屋敷へのマーキングは残しておくでいいよね?」
「ああ。それで頼む。じゃあ、俺たちも行くか」
俺は勢いよく立ち上がる。
すると、突然ラースが口を挟んだ。
「ちなみに明後日から学園の授業再開するから」
「はい!?」
思わず大声が出る。
「当たり前でしょー。いつまでも休校になんてできないんだから」
ラースはけろりと言った。
「いやいやいや!僕たちは授業受けられませんが!?」
「ってことは留年!?」
俺は思わず机に身を乗り出す。フィリアも慌てた様子で叫んだ。
するとラースはにこりと微笑む。
「あなた達は古代結界の攻略が『授業』よ」
「……は?」
「リュクトランの先にどんな遺跡があったのか。時代考証も含めて報告書を提出しなさい。それで授業を受けたことにしてあげる」
ラースは当然のように言った。
「マジすか……」
思わず頭を抱える。論文を書くとか嫌すぎる。
古代遺跡の調査なんてやるのはいいが、報告書にまとめるのは別問題だ。
「じゃ、気を付けてね~。あと、エレーナちゃんは私がしばらく見ておくわ。安心して、行ってきなさい」
気づけば、理事長室のソファの上でエレーナは横たわっていた。布団もかけられている。エレーナのことは今はラースに任せるしかない。
ラースはひらひらと手を振った。
「ルカちゃんも色々と動き出してきそうだから、そっちも気にしといてね。私も警戒しとくけど」
「わかってますよ……」
俺は重いため息をついた。
古代結界の攻略、ルカの動向、報告書。面倒事が山積みになっていく。
「エレーナのこと、よろしくお願いします」
それから俺とグリムベル、フィリア、レイナの4人は理事長室を後にした。
外へ出ると、空は茜色に染まり始めていた。日が暮れるまで、もうそう時間は残されていなかった。
「暗くなる前にリリアスへ着かないとな」
俺は夕焼けに染まり始めた空を見上げた。
「移動は飛行魔法でいいか?」
「ソック、頼んだ。飛行魔法で全員運んでくれ」
グリムベルは即答した。
「まあいいけど。グリムベルは飛行魔法使えないのか?」
俺は首を傾げる。
「使えるには使えるが……その……」
グリムベルは視線を逸らした。
「苦手なんだ!!」
なぜか最後だけ大声だった。
その後も何やらゴニョゴニョと言い訳を続けている。
「高い場所は嫌いじゃないぞ」
「ただ風を受けながら移動するのがなーー」
聞いているうちに、俺はなんとなく察した。
ああ、この人。飛行魔法が怖いんだな。これはいい弱点を聞いた。
「はいはい。運びますよ」
そうして俺たちは学園を飛び立った。
半目になっているグリムベルの案内を受けながら空を進み、森や街道を越えていく。
幸い天候は良好だった。夕日が地平線へ沈み始める頃には、目的地であるリリアスの街並みが見えてきた。
およそ1時間ほどで、俺たちは東門付近へと降り立った。
すると、検問所のすぐ近くで1人の男性が待機していた。
俺たちの姿を確認すると、深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました。グリムベル殿下」
「待っていた?中ではなく外でか?」
グリムベルが眉をひそめる。
「バルド第一王子殿下より指示を受けております。皆様の入国手続きはすでに完了しておりますので、そのままご案内いたします」
「兄さんが……」
グリムベルが小さく呟く。
ラースが連絡を入れたのだろうか。ここまで手回しが済んでいるとは、さすが第一王子だ。
「こちらをどうぞ」
従者は人数分のマントを差し出した。
俺たちはそれを受け取り、羽織る。さらにフードを深く被った。
顔立ちが見えにくくなり、一目では誰かわからない。目立たないための配慮だろう。
「馬車はこちらです」
案内された先には、大型の馬車が停められていた。
俺たちは順番に乗り込み、ほどなくして馬車は走り出す。車輪の振動が静かに身体へ伝わってきた。
しばらく全員無言の時間が流れた。フィリアとレイナは眠いのか、首を下に向けている。
やがて俺は向かい側に座るグリムベルへ視線を向けた。
「グリムベル」
「なんだ?」
「マリアル結界から魔獣混成地帯へ向かうルートまでは決めてなかったよな?そこはどうするんだ?」
「……」
グリムベルは答えなかった。数秒ほど沈黙が続く。
馬車の揺れだけが車内に響く中、ようやく口を開く。
「ソック・ブライド。『マリアル結界』へ着いたら、君にやってもらいたいことがある」
「やってもらいたいこと?」
「リュクトランへ向かうのはその後だ」
「初耳なんだけど」
思わずツッコミを入れる。
「言うのが遅くなってすまないな。君を必要不可欠と言ったのは、リュクトラン攻略のためだけではない」
その言葉に自然と表情が引き締まる。
「マリアル結界の『ある問題』を解決してほしいんだ。それは君たちを入国させる条件にも含まれている」
「ある問題?」
なんだろう。嫌な予感しかしない。俺は大きくため息をつく。
「なんかハメられた気がするんだが……」
グリムベルは何も言わない。
「まあ、ここまで来た以上やるしかないようだな」
俺は肩を竦めた。
「それってどんな問題なんだ? そもそもマリアル結界ってどんな場所なんだ?」
すると、グリムベルは窓の外へ目を向けた。夕闇が少しずつ広がり始めている。
「行けばわかるさ。マリアル結界は一言で言えば――」
そして、彼は静かに告げた。
「『戦場』だ」




