それぞれの役目
「リュクトランはダバナ国の北東部にある『マリアル結界』、そして魔獣混成地帯を抜けた先にある結界だ。一筋縄では行けない」
地図を見ながら言葉を発したのは、グリムベルだった。
「魔獣混成地帯?」
俺が聞き返すと、グリムベルは頷く。
「ああ。複数種の魔獣が縄張りを共有している危険地帯だ」
そう言うと、グリムベルは視線をセレスティナとリアラへ向けた。
その目は先ほどまでとは違う。
どこか冷たく、そして決意を秘めたものだった。
「そして、当然だが『マリアル結界』は我が国、ダバナ国の管轄。来る者には入国手続きをする必要がある。だからーーセレスティナ、リアラ。今回の旅に君たちの同行を許すことはできない」
瞬間。
ドォン――ッ!!
理事長室を震わせるほどの魔力がセレスティナから噴き上がった。
金髪がふわりと浮き上がり、その瞳には怒りが宿っている。
「何だと!? どういうことだ!!」
「ロッド・ニルキスの処刑に伴い、世界は今揺れ動いているんだ」
グリムベルは表情1つ変えない。
「ダバナ国も例外ではない。むやみやたらに他国の人間を入れるわけにはいかない」
「それなら僕たちも同じはずだ。むしろラウナホール側の人間のほうを警戒すべきではないのか?」
俺が口を挟む。
「そうだな。だけどな、ソック・ブライド。君は必要不可欠なんだ。それにルカ・ラウナホールと君は敵対関係にある」
そして静かに続ける。
「その事実を踏まえて、ソック・ブライドとフィリア・ミズルは僕が特例で入国できるようにする」
「ならば、我々も特例でやるべきだろう!!」
セレスティナが叫ぶ。
しかし、グリムベルは冷たい視線を向けた。
「【特例】という言葉の持つ意味を考えろ。そして、はっきり言うぞ」
一瞬の静寂とともにグリムベルは続けた。
「ラウナホール国の言いなりになりつつある今のニルキス国なんて、関係を持つ価値はない」
「き……貴様っっ!!! 何たる侮辱だ!!」
轟音とともに魔力が爆発した。
理事長室の窓ガラスがビリビリと震える。
今にも剣を抜きそうな勢いだった。
その時、リアラが一歩前へ出る。
「グリムベル殿下」
静かな声だったが、その瞳には確かな怒りが宿っている。
「今のご発言は撤回していただけますか?」
「……」
グリムベルは答えない。
「はあ……。まったく口下手ね、グリムベル君は」
ラースが額へ手を当てながらため息を吐いた。
「いい? セレスティナ、リアラ。エレーナちゃんの意識が戻った後のことって考えてる?」
「……それは。ニルキス国へ戻り――」
リアラが答えようとした瞬間、ラースが被せるように言い放つ。
「今の状態のニルキス国に、エレーナちゃんの戻る居場所ってあるの?」
「――――っ!!」
セレスティナとリアラが目を見開いた。
「そう。もうすぐニルキス国はラウナホール国の属国になる。そうなった時、エレーナ姫殿下が生きていける居場所はない」
ラースは真っ直ぐ二人を見た。
「だから――今からあなたたちが作らなきゃいけないのよ」
グリムベルが低く力強い声で言う。
「ニルキス国へ戻れ。セレスティナ、リアラ。真に忠誠を尽くすのであれば、やるべきことは明白だろう」
セレスティナはゆっくりと魔力を収め、悔しそうに拳を握る。
「ああ、わかった。弟とともにニルキスへ戻る」
そして鋭い視線をグリムベルへ向けた。
「だがな、グリムベル殿下。ニルキスはラウナホールごときに後れを取るようなやわな国じゃない。それだけは覚えておけ」
剣先が静かにグリムベルへ向けられる。
グリムベルは薄く笑った。
「ふ。騎士団副団長としての誇りは失っていないようだ」
その言葉にセレスティナは鼻を鳴らした。
そして、俺たちへ向き直る。
「みんな。エレーナ姫殿下のこと、頼むぞ。私とリアラは、たった今からニルキス国へ向かうことにした。無茶をするつもりはない」
リアラも深く頭を下げる。
「あなたたちのことは陰ながら監視しておくわ。また捕まらないようにね」
ラースがくすりと笑う。
「ま、ルカちゃんはもうあなたたちのことは眼中にないっぽいけど」
「そう言われると何かむかつくな……。ルカ・ラウナホールめ」
「皆さん。僕からもお願いします」
リアラが静かに俺を見つめる。
「必ず古代結界を攻略してください」
「ああ」
俺は力強く頷いた。セレスティナとリアラも頷き返し、2人は踵を返した。
理事長室の扉が静かに開く。
「また会おう」
「ご武運を」
扉が閉まる。
その音が消えた直後だった。
「私はソック様の専属メイドですから、入国できますよね?」
おもむろにアンナが口を開いた。
「ああ。入国する分には問題ないが――」
グリムベルはそこで言葉を切る。
そしてちらりとラースへ視線を向けた。
ラースはため息を吐く。
「アンナ。ルカちゃんが今、一番目障りだと思っているのは誰だと思う?」
「この私ですね」
即答だった。
「そこ、自信たっぷりなのね……」
ラースは呆れたように肩をすくめる。
「ということは、ルカちゃんは古代結界攻略に関しては、あなたを排除したいと考えている……と思う」
俺は腕を組む。
ルカは俺に古代結界を攻略させたがっているはずだ。
だが――。
気付けば自然と納得していた。
おそらく、ルカは攻略の難易度を下げたくないのだ。
できるだけ俺自身の力で攻略させようとしている。
失敗したらそれまでと切り捨てることもあるだろう。
だからこそ、俺を支える存在は排除したい。
「つまり、あの女は私を排除するために動いてくると?」
アンナが静かに尋ねる。
「そうよ。そしてこれは推測だけど、あなたを動かすのに最も有効な手段――それはブライド領だと思う」
その言葉にアンナの瞳が細められる。
「旦那様が狙われる……。たしかにやってくる可能性は高いですね」
ルカはブライド領のことを熟知している。
屋敷の構造も、領地の状況も。
いくらでもやりようはある。
「アンナ」
「はい」
「ブライド領へ行け。そして父上と母上を守れ」
一瞬だけ、アンナの表情が揺れた。
だが、それもすぐに消える。
「……っ。ソック様、かしこまりました」
アンナは胸へ手を当てた。
「では私もブライド領へ向かいます」
そう言って深く一礼し、理事長室を後にした。
再び扉が閉まり、部屋の中が静かになる。
「えーーっ!?」
フィリアが大きな声を上げた。
「じゃあ私とソックとグリムベル殿下だけ!?」
「いや、今回の旅には新たな助っ人がいる」
グリムベルは部屋の天井へと視線を向けた。
「隠れてないで出てこい。レイナ・フラクトス」
その時だった。
「――あちゃー。バレたっすか~」
不意に、間延びした声が頭上から降ってきた。
俺たちは反射的に顔を上げる。
そこには――少女がいた。
天井に張り付くように、逆さまの状態でこちらを見下ろしている。
鮮やかな青髪を後ろでひとつにまとめた少女だった。
透き通るような蒼い瞳で、整った顔立ちは人形のように美しい。
黒を基調とした軽装の装束に身を包み、その身体は細身ながらも驚くほど均整が取れていた。
「すごいな……。気配を全く感じなかった」
思わず声が漏れる。
少女はにへらと笑い、天井からひらりと飛び降りた。猫のように軽やかな着地で、足音すらほとんどしない。
「失礼するっす」
少女は軽く敬礼した。
「私はダバナ国隠密部隊隊長、レイナ・フラクトス」
そう言って、どこか得意げに胸を張る。
「いわゆる――『シノビ』ですっ」




