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古代結界への一歩

「『古代結界』......ですか」


 俺はルカの言っていた言葉を思い出す。

 ――記憶を思い出すには全ての『古代結界』を攻略する必要があるわよ。

 妹との記憶の手がかりも、そこにある。


 あいつは俺に古代結界を『攻略』させようとしている......?

 俺が考え事をしていると、ラースはさらに続けた。


「古代結界はね、二千年以上前から存在する結界なの。強力な結界であるがゆえに、今では誰もその全容を知る者はいないと言われているわ。唯一の手掛かりはこれ」


 ラースは指を鳴らした。空間が歪み、どこからともなく1冊の本が現れる。

 それは本というより、もはや歴史そのものだった。


 分厚い革表紙は長い年月によって黒褐色へ変色し、縁には金の装飾が施されている。紙は黄ばんでおり、ところどころが欠けていた。


 まるで失われた大陸を旅した冒険家が、生涯をかけて記した探検記のような威厳を放っている。


「『古代結界探検記』。400年以上前に書かれた本なんだけど、著者は黒塗りで塗りつぶされていて不明だわ。この本には第3古代結界の場所まで書かれているの」


「古代結界は全部でいくつあるんだ?」


「本には――5つあると書いてある。でも第4、第5の古代結界は場所さえ書かれていない。名前も含めて書かれているのは第1古代結界リュクトランだけ。第2、第3の古代結界はざっくりと場所が書いてあるけど名前は書かれていない」


 するとアンナが小さく手を挙げた。


「その本の著者は全部の古代結界を攻略したんですよね? なぜ、全部記載しないのですか?」


「別に全部()()()()とは書いていないわよ」


 ラースは肩をすくめる。


「ま、大体わかるわ。この本の著者はあえて『謎』を残した。先に進めるのは第1古代結界を()()()()()()()()()と言いたいのよ。おそらく順番にいかないと絶対に攻略できないようになっている」


 そう言ってラースは楽しそうに笑った。


「それに面白いものは自分で確かめてこそ――じゃない? 少なくともこの本の著者はそう思っていたと私は思う」


「はあ......。そういうものなのですね。ていうか、よくそんな本持ってますね」


「ふん、私は『コレクター』だからね。こういうのには目がないのよん」


「【エルドラッドのイヤリング】はその結界の先にあるんですよね?」


「そう言い伝えられているわね」


 ラースは探検記を軽く叩いた。


「この本にも、古代結界の先には【遺跡】が存在すると記されている。もっとも、どんな遺跡かは全く書かれてないけれど」


「遺跡、か……」


 俺は小さく呟く。


「で、どこにあるんです?リュクトランは」


「あとで教えるわ。学園に来たときにね。とにかく今は休みなさい」


「休んでる暇なんて――」


 その瞬間。

 ガクン、と膝が折れた。

 夜通し活動し続けた疲労が、一気に体へ襲い掛かってくる。


 視界が揺れた。

 周りを見渡すと、アンナ以外はみな疲れ切った表情をしていた。


 セレスティナも例外ではない。

 目の下にはうっすらと隈が浮かび、肩も僅かに下がっている。

 それでも彼女は胸を張り、

 ――私はまだ動ける。


 そう言いたげな顔をしていた。

 その姿を見て、俺は少し反省する。

 焦っていたのは自分だけではない。

 みんな限界まで頑張っているのだと。


 その時、これまで黙っていたダリアが口を開いた。


「ソック殿、セレスティナ殿。エレーナ姫殿下が心配で焦るのはわかります。ですが、休息をとらねば――達成は困難です。せっかくミズル領に来たのですから、お風呂に入って体を休めてください」


「セレちゃん、ソック。お父様の言う通りだと思う。一旦落ち着いて、攻略しよう! 古代結界!」


「ああ、わかった」


 俺が頷くと、セレスティナも小さく息を吐いた。


「ダリア殿。フィリア。確かに私も限界に近い。休まざるを得ないな」


 そう言うと、セレスティナはふっと笑みを浮かべる。


「だけど、午後には出るからな。寝すぎると『今夜』が眠れなくなる」


 その言葉にフィリアがくすりと笑った。

 張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。


 こうして俺たちは朝風呂に入り、屋敷の空いている寝室を借りて、一旦休息を取ることになったのだった。


 ーー夢を見た。

 どこか懐かしい場所だった。

 暖かな日差しに柔らかな風。


 俺は幼い子供になっていた。

 誰かに手を引かれている。

 小さな手だった。


 女の子……?


 そう思ったが、顔が見えない。

 いや、見えないのではない。

 見ようとしても霞がかかったように輪郭がぼやけているのだ。


 ただ、その声だけは聞こえる。

 楽しそうに笑う声、俺の名前を呼ぶ声。

 けれど、肝心な部分だけがどうしても思い出せない。


 待ってくれ。


 お前は誰なんだ?

 俺がそう問いかけようとした瞬間、世界が白く染まった。


 ――妹との記憶?


 そう思ったところで、俺は目が覚めた。


「……ん」


 目を開けると、ベッドの周りに全員が集まっていた。

 俺が起き上がると、フィリアがぱっと笑顔になる。


「やっと起きたね、ソック! うなされてたっぽいから、起こそうにも起こせなかったよ」


「うなされてた?」


「うん。なんか『待ってくれ〜』とか言ってた」


「……そうか」


 夢の内容はほとんど消えかけていた。

 だが、胸の奥に妙な感覚だけが残っている。

 するとセレスティナが呆れたようにため息をついた。


「相変わらずだな、お前は」


「ご……ごめん。もう昼過ぎか」


 慌てて窓の外を見ると、太陽はすでに高く昇っていた。


「理事長、学園へ向かいましょう。みんなよく休めたと思います」


「ええ、そうね」


 ラースは頷いた。

 そしてダリアへ向き直る。


「ダリア殿。この子達を休ませてくれて助かったわ。理事長としてお礼を申し上げます」


「お気遣いなく、理事長殿」


 ダリアは穏やかに微笑んだ。


「古代結界攻略ーー、おそらく過酷な旅になるかと思います。気を付けてください。成功を祈っています」


 ラースは微笑み返して、パチンと指を鳴らした。

 次の瞬間、視界が白く染まる。


 身体がふわりと浮く感覚とともに、ダリア以外の全員が学園の理事長室へ転移していた。


「理事長も長距離の転移魔法が使えるんですね。さすが大精霊だ」


 俺が感心すると、ラースは肩をすくめる。


「私が外から転移可能なのは基本的に学園の中だけよ。フィリアちゃんみたいに、マーキングすればどこでも転移、なんてことはできない。ものすごい才能よ」


「えへへー」


 フィリアが嬉しそうに頭を掻いた。

 その瞬間だった。


「待っていたぞ、ソック・ブライド」


 聞き覚えのある声が部屋に響く。

 ラースはなぜか楽しそうに笑みを浮かべた。


 俺は反射的に振り返ると1人の男が立っていた。

 短く整えられた黒髪に、どこか軍人を思わせる鋭い雰囲気。


 そして、俺がよく知る人物だった。

 魔剣大会で覇を競い合った相手。


「......っ!!グリムベル!」


 グリムベルは腕を組んだまま口元を緩める。


「古代結界リュクトランの攻略――僕も参加させてもらおう」


 思わぬ登場に俺は目を見開いた。

 そして、ラースが椅子へ腰掛けながら言った。


「話が早くなったわね」


 机の上へ1枚の地図を広げる。

 細い指がある地点を指し示す。


「リュクトランは――ダバナ国の国境を越えた先にある」


 その言葉に、全員の視線が地図へ集まった。

 古代結界リュクトラン。未知の場所への旅が、今まさに始まろうとしていた。

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