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エルドラッドのイヤリング

「ん......何がどうなったのお......」


 最初に声を上げたのはフィリアだった。俺たちはゆっくりと身体を起こし、周囲を見渡す。


 どうやらここはロースベルクの入口付近らしい。

 俺たちが結界を潜り抜け、最初に潜入した場所だ。

 周囲には人影が見当たらない。


 おそらく王都マチルダで行われている演説を見に行くため、住民たちは街を離れているのだろう。


「大丈夫か、フィリア」


 俺は声をかける。


「うん......私は何とかぁ」


 フィリアがふらつきながら立ち上がった、その時だった。


「エレーナ姫殿下!!エレーナ姫殿下!!!」


 悲鳴にも似た叫び声が響く。セレスティナだった。


「そんな......嘘だ......」


 血の気を失った顔でエレーナを抱きかかえている。


「セレちゃん......」


 フィリアも目に涙を浮かべながら駆け寄った。


「セレス――」


 俺が声をかけようとした瞬間だった。


 ギィン――!

 セレスティナが剣を抜いた。

 その瞳には怒りと憎悪が宿っている。


「この私が......今すぐルカ・ラウナホールを殺す!!」


「いったん落ち着け!」


「うるさい!!邪魔をするな!!!」


 凄まじい殺気が辺りへ広がる。

 だが俺も負けじと叫ぶ。


「エレーナが死んだっていいのか!?」


 その言葉に、セレスティナの動きが止まった。

 ゆっくりとこちらを振り返る。


「......どういうことだ?」


 声が震えていた。


「姫殿下はもう――」


「集中して、魔力を感知してください。セレスティナ」


 アンナが静かに口を挟む。

 セレスティナは目を閉じた。そして数秒後。


「......っ!」


 目を見開く。


「ほんの微かだが魔力を感じる......!姫殿下は......まだ生きている!!」


 セレスティナは震える声で言った。


「だけど時間の問題だ」


 俺は即座に言った。


「ソック様、どういう意味でしょうか?」


 アンナが(たず)ねる。


「エレーナが黒い光に包まれたのは見ただろ?」


「一瞬だけ見えましたね」


 アンナは頷いた。


「なるほど。それがエレーナ様を(むしば)んでいるということですか」


「ああ」


 俺も頷く。


「正確にはイヤリングから黒い光が出ていた。あのイヤリング自体が魔道具になっていたんだ」


 するとリアラが何かを思い出したように言った。


「聞いたことがあります。ニルキス国には絶望を(かて)とする呪いの魔道具があると」


「呪いの魔道具?」


 俺は眉をひそめる。


「はい。ガリア城に厳重保管されていたそうです。ただし詳細を知っていたのは国王陛下だけだったとか」


「なるほどな......。ルカはそれを見つけ出して、エレーナにつけたってわけか」


 リアラは苦々しい表情で頷く。


「その可能性は高いと思います」


「なんにせよ」


 俺はエレーナを見る。


「その呪いを解かない限り、エレーナはいずれ死ぬ」


 重苦しい沈黙が流れた。

 やがてセレスティナが口を開いた。


「ソック......」


「ん?」


「先ほどはすまなかった」


 剣を鞘へ戻す。


「また私は後先考えずに行動してしまったな」


 俺は首を横に振った。


「エレーナ姫殿下を、誰よりも大切に想っているのはセレスティナだろ」


 少しだけ笑う。


「動揺するのは当たり前だよ」


 セレスティナは目を伏せた。

 代わりにリアラが頭を下げる。


「ソックさん、ありがとうございます。そこが姉さんの良いところでもあるんですよ」


「そうかもな」


 俺が苦笑していると、アンナがじーっと俺の顔を覗き込んできた。


「ソック様」


「なんだ?」


「前より少し雰囲気が変わりましたか?」


「え?」


「なんというか......何かを決意した人の顔をしています」


 俺は少しだけ視線を逸らした。


「まあ、ちょっとな」


 そう言って咳払いする。


「とにかく今はエレーナを助ける方法だ。どうやって呪いを解くか――」


 考え込んでいると、アンナがどこか嫌そうな顔で口を開く。


「魔道具については、その道の専門家に聞けばいいのです」


「専門家?」


 俺は一瞬考える。

 そして次の瞬間、とある大精霊の顔が浮かんだ。


「......ラースか!!」


 思わず声が出る。


「確かにラースなら何か知っていてもおかしくない!」


 アンナが頷いた。


「魔道具に関しては、私たち大精霊の中でも一番詳しいのです」


「よし!まずは学園だな!」


 俺は立ち上がる。

 だが、フィリアは困った顔をしていた。


「でも学園にどうやって行くのお?」


 疲れた表情で続ける。


「転移無効の結界のせいで、私の転移魔法は使えないよ?」


「それは何とかする」


 俺はそう言うと、大きく深呼吸をした。

 そして、両手を頭上へ掲げる。


「あまり――俺を舐めるなよ。ルカ」


 全神経を両手へ集中させた。魔力を練り上げ、解き放つ。


 次の瞬間、俺たちの周囲に巨大な魔法陣が展開された。

 無数の光の線が空間を走り、俺たちの周りを囲うように四角い立方体の結界が形成されていく。


「おお......」


 フィリアが目を丸くした。

 結界は俺たち全員を包み込み、淡い光を放っている。


「今、僕たちがいるこの場所だけを僕の結界で上書きした」


 俺は額の汗をぬぐう。


「この空間だけは街全体を囲う結界とは別物だ。今いる場所からなら転移できる」


 フィリアが目を輝かせる。


「確かに......なんかいけそうな気がする!」


 そして拳を握った。


「まずはマーキングしてあるミズル領だね!」


「ああ。ミズル領から学園へ向かおう」


 俺は頷く。


「おっけー!」


 フィリアが両手を広げる。


「いくよ、みんな!《テレポーテーション》!」


 光が溢れ、俺たち全員の姿はその場から消えた。


 気付けば、見慣れた部屋の中だった。

 ミズル領の屋敷、フィリアの私室である。


「せ、狭いよぉ......」


 フィリアが情けない声を出した。

 全員まとめて転移したせいで部屋はかなり窮屈になっている。

 セレスティナはエレーナを背負ったまま壁際へ移動した。


「お父様に、声だけかけに行っていい?」


 フィリアがこちらを見る。


「そうだな。ダリアさんには一言伝えておこう」


 俺たちは部屋を出た。

 屋敷の廊下を進み、ダリアを探す。


 すると、屋敷の外へ続く扉の前に、2人立っていた。

 1人はダリア。

 そしてもう1人はーー見慣れたエルフだった。

 銀色の長い髪に長い耳。


「理事長!?」


 思わず声が出る。


「なんでミズル領にいるんです?」


 ラースはいつものように飄々(ひょうひょう)と笑った。


「君たちはここに来るような気がしたからねえ」


 そして肩をすくめる。


「なにはともあれ、ソック君お疲れ様。大変な夜だったわね」


 少しだけ優しい表情になる。

 だが、その視線はすぐにセレスティナの背中へ向いた。


「でも全員無事に――ってわけじゃないか」


 エレーナはぐったりとしていた。

 意識は戻っていない。

 黒い(もや)のようなオーラが今も薄く身体を覆っている。

 俺は一歩前へ出た。


「単刀直入に聞きます、理事長」


「エレーナは今、魔道具による呪いに(むしば)まれています」


 俺は今まで起きた出来事を簡潔に説明した。

 ラースは黙って聞いている。

 話を聞き終えると。


「ふーん」


 そう呟いた。


「イヤリングね」


 ラースはエレーナへ近付き、耳元を見つめる。

 そして目を細めた。


「これは私が400年前に探し回っていた古代魔道具、【エルドラッドのイヤリング】じゃない」


「知っているんですか!?」


 俺は思わず身を乗り出した。


「まあね」


 ラースはあっさり答える。


「今はもう興味ないけど。まさかニルキス国にあったなんてね」


「詳しく教えてください」


 ラースはエレーナを指差した。


「今、エレーナちゃんが付けているのは片方だけよ」


「片方?」


「よく見なさい」


 ラースが言う。


「イヤリングは右耳しか付いてないでしょう?」


 俺は改めてエレーナを見る。確かにそうだった。

 イヤリングは右耳だけで左耳には何もない。


「【エルドラッドのイヤリング】は対になっている古代魔道具なの」


 ラースは静かに説明を続けた。


「右耳は『呪い』で左耳は『癒し』」


 全員が息を呑む。


「そして両方揃えて身につけた時――初めて真の効力を発揮する。もちろん呪いも解けるわ」


「真の効力?」


 ラースは不敵に笑った。


「2つ揃えた者は絶大な『力』を得ると言われているわ。どんなものかはわからないけど」


 その言葉に、空気が張り詰める。俺はすぐに(たず)ねた。


「左耳のイヤリングはどこにあるんですか?」


 すると、ラースの口元がゆっくりと吊り上がった。

 どこか試すように。


「誰も全容を知らないその場所に、それは存在すると言われている」


 静寂が流れる。

 そして、ラースはゆっくりと告げた。


「第1古代結界、リュクトランにね」

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