鮮血が散る
拡声魔法によって響き渡る声には、異様なほどの『興奮』があった。
まるで新時代の幕開け。
いや、自らが歴史を作る瞬間に酔いしれているかのような熱狂だった。
ザックは両腕を大きく広げ、夜空へ向かって叫ぶ。
『ニルキス国の皆様!!』
その声は王都全域へ響き渡る。
『こんな夜更けに申し訳ございません!!ですが、皆さん外に出て――この城の前へお集まりください!!』
王都のあちこちで窓が開く音が聞こえた。
『これから新しい「ニルキス国」が誕生するのですから!!皆様は今まさに――世紀の瞬間へ立ち会えるのです!!』
ざわざわと人の流れが生まれる。
何事かと家から飛び出す者。
酒場から酔ったまま出てくる者。
夜警の兵士へ事情を聞こうとする者。
気付けば、城の前には次々と人々が集まり始めていた。
「なんだなんだ?」
「また演説か?」
困惑の声があがる一方で、祭りでも始まるかのような高揚感があった。
そんな民衆を見下ろしながら、ザックは満足そうに頷く。
そして――。
『皆様、これよりご紹介させていただきます』
ザックが片手を差し出した。
『さる高貴なる大国、ラウナホール国の王女――ルカ・ラウナホール姫殿下です!!』
その言葉と共に、ルカが一歩前へ出た。
真紅のドレスが夜風に揺れ、月明かりを受けたその姿は幻想的ですらあった。
誰もが思わず見惚れてしまうほどの美しい微笑み。
だが、俺は知っている。その笑顔の裏側に何があるのかを。
『ご紹介にあずかりました。私はラウナホール国の王女、ルカ・ラウナホールと申します』
ルカは優雅に一礼して、続ける。
『先ほど――全世界への通達及び調整が完了しましたが、これより『前国王』であるロッド・ニルキスを処刑し、ザック・フェリド――いえ、ザック・ニルキスが新国王となりますわ』
「なっ――!?」
エレーナの顔が真っ青になる。
『ラウナホール国はこの新体制を全面的に支持しております。我々は真のニルキス国と強固な【同盟関係】を結び、ニルキス国民の生活が豊かになることをお約束いたしましょう』
その言葉を聞いた瞬間、俺は思わず叫んでいた。
「バカな!?5日間も処刑も早めるなんて――どうやって!?」
隣ではリアラも顔面蒼白になっている。
城に集まった民衆の中からも驚きの声が上がった。
「おい待て!!」
「国王陛下の処刑は5日後のはずでは!?」
するとルカは楽しそうに微笑んだ。
『ええ。当初の予定はそうでしたわ』
そして、まるで面白い冗談を語るように続ける。
『ですが、ザック殿もわたくしも、ロッド陛下の【お願い】を叶えて差し上げようと思いましてね。
「娘が死ぬところは見たくない、せめて先に私を殺してくれ」……と、泣きつかれてしまいまして♡』
ゾクリ、と背筋が凍った。
『かのニルキス国王陛下の必死の頼みとあらば、聞かざるを得ませんものね?』
「……っ!!」
俺は奥歯を噛み締める。この言葉が本当かどうかなど分からない。
だがこの5日間、ルカが異様なほど静かだった理由だけは理解できた。
それは、国王陛下の処刑を早めるための『調整』だったのだ。国王陛下の頼みという『名目』を利用して、国王陛下だけの処刑を早める
ーー確かにこの要求であれば通るかもしれない。
自分自身の『甘さ』に対して怒りに震えていた。その可能性を俺は考えていなかった。
「まあ、たかが5日早まるだけだろ。私腹を肥やす貴族を放置して、小麦不足も解決できなかったんだ」
民衆の中の男が肩をすくめる。
「無能な王が少し早く死ぬだけじゃねえか」
その言葉に賛同する声まで上がる中、ルカはさらに追い打ちをかける。
『この新時代の幕開けを記念し、ラウナホール国がしばらくの間、多額の経済援助を行いましょう』
民衆がざわつく中、ルカは満面の邪悪な笑みで宣言した。
『よって――これより数か月間、皆様の税金は半額免除です!!』
一瞬の静寂の後、歓声が爆発した。
「うおおおおおおおおお!!」
「ラウナホール国バンザイ!!」
「ザック陛下バンザイ!!」
「今夜は飲みだぁぁぁ!!」
王都の空気は驚くほどの早さで熱狂に染まる。
そして俺は、その光景を見ながら理解した。
ルカは国を奪うだけじゃなく、民衆の心までも奪おうとしていることに。
「何が『同盟国』だ!事実上の占領だろう、これは!!」
セレスティナが怒りを露わにする。
拳を握り締め、その瞳には憎悪すら宿っていた。
「お父様が......!!お父様が!!!」
エレーナは構わず叫ぶ。
俺は必死に頭を切り替える。まずはエレーナだけでも逃がさなければ。
「フィリア!!マーキングしたミズル領の屋敷にエレーナを逃がせるか!?」
「それが...ダメなのソック!!ちょっと転移を試そうとしたけど使えない!多分、街全体に転移無効の結界が張られている!!」
「なんだって!?」
背筋が冷たくなる。
あまりにも出来事が重なりすぎて気づいていなかった。
しかし、神経を張り巡らせるとよくわかる。
王都そのものへ同化するように展開された巨大結界があることに。
俺が大使館に対してやったことをルカは見ただけで応用したのだ。
街全体に対して適用させる神業。
何とか冷静さを保とうとするが、混乱が全身を駆け巡る――。
『では、これよりロッド・ニルキスの処刑を執り行います』
無慈悲にルカが告げる。
すると処刑台につながれたロッド・ニルキスが運ばれてきた。両手両足を拘束され、首が差し出された状態となっている。
その横には長刀を持った処刑人が両脇に立っていた。
白髪交じりの髪に深く刻まれた皺。
決して若くはないが、ロッド・ニルキスのその姿には王としての威厳が残っていた。
その瞳はまっすぐ前を見据えている。
エレーナは父親の姿を見つめる。
そして静かに俺を見た。その瞳には恐怖も迷いもない。
「ソック」
「......」
「私はお父様を助けたい。お願い、私はもう逃げたくないの」
震える声だった。
それでも強い意志が込められている。
「......危険すぎる」
俺は即座に返すがエレーナは首を横に振る。
「だとしても。民衆から嫌われていたとしても――私にとってはたった1人のお父様で。誇りあるニルキスの王なの」
瞳に涙を浮かべながら続けた。
セレスティナも続けて前に出る。
「エレーナ姫殿下......。ソック、行こう。ルカ・ラウナホールを倒し、国王陛下を救う。私の命を投げ出したってかまわない」
俺は激しく葛藤した。
今行けば、確実にルカの『射程距離』に入る。気づかれれば、時間を止められ一瞬で終わる。
かといって、ここで退くのは――。
「ソックさん」
リアラの重たい声が響く。
「賭けに出ましょう。僕たち全員に認識阻害魔法を多重にかけて、さらに指輪も装備します。要は気付かれなければいいのです」
リアラは続ける。
「飛行魔法で限界まで速度を出して国王陛下の救出だけをしましょう。救出したら即離脱。一瞬の勝負にかけるのです」
「......わかった。でも全員無事に帰る!」
どうせ転移は封じられてるし、逃げ道なんてない。逃げられないのなら、向かうまで。
「ソック様、リアラ様。私は今出せる『全力』を出しますよ」
アンナがそういった直後、凄まじい魔力が放たれる。
認識阻害魔法の重ね掛けを限界まで積み上げていく。
さらに《スキンシフト》で全員の外見を変える。
民衆の歓声はさらに大きくなっていく中、処刑人は剣を振り上げようとしていた。
「では、行きます!!!《フライ》!!」
アンナが叫ぶと同時に全員が弾丸のように夜空へ飛び出す。
凄まじい加速とともに、肌が裂けそうな風圧が襲ってくるが全員意に介さなかった。
俺たちは夜空を駆け抜ける!!国王を救い出すために――。
ガリア城の最上部の処刑台が迫り、ロッド・ニルキスの姿が見える。
まさに剣が振り下ろされようとする瞬間、俺はその手を伸ばし、触れようとした。
あと少しで手が届く――その時。
俺たちだけの世界が止まった。音が消え、風も止まり、動きが完全に停止する。
土の大精霊であるアンナも例外ではない。
ルカ・ラウナホールは今までにないほどの邪悪な笑みをこちらに向ける。
全てを見透かして、俺たちを待っていたかのように。
瞬きすら許されない静寂の時間の中で、処刑人の刃だけが動き、確実にその首のもとへと向かう。
そして――。
その剣は振り下ろされ、ロッド・ニルキスの首から鮮血が舞った。
俺が最後に見たのは。
エレーナの開いたまま止まった目に、父親の鮮血が入り込んでいく瞬間だった。




