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救出!?

 俺たちは夜風を浴びながら、静かに、そして素早く移動していた。

 時折、フィリアの転移を挟みながら進むことで足取りを読まれにくくする。少しでも追跡の可能性を減らすためだった。


 そして、ついに俺たちは王都マチルダにそびえ立つ城、『ガリア城』へと辿り着いた。


 王国の中心に君臨する巨大な城。白亜の城壁は月明かりを反射し、幾重にも連なる塔は夜空へ突き刺さるように伸びている。


 王が住まうに相応しい威容で、遠目に見るだけでもこの国の権威そのものを形にしたような存在感があった。

 だが、今の俺たちに感慨へ浸る余裕はない。


「夜とはいえ、衛兵が普段より少ないような……?」


 セレスティナがわずかに眉をひそめた。視線の先では、正門を守る兵士たちの数が明らかに少ない。


「そうだな……。だが、予定通り裏門から行こう」


 俺は短く答えた。

 警戒しつつ、俺たちは飛行魔法で上空へと舞い上がる。

 そして北西方向から回り込む形で城壁を越えた。


 眼下には巡回中の兵士たちが見える。

 しかし認識阻害のおかげか、誰一人としてこちらに気付く様子はない。


 やがて城を覆う巨大な結界が見えてきた。薄く青白い膜のようなそれは、城全体を包み込んでいる。


「では、やります」


 リアラが腰のポーチから小さな球体を取り出した。

 そして結界へ向かって投げつける。


 パァァァァッ!!

 一瞬、球体が光を放った。


 その後、魔法陣が空中へ展開され、人一人が通れるほどの穴が静かに開いていく。


「簡易結界術式による干渉、成功です。皆さん早く通りましょう」


 俺たちは順番に穴を潜り抜けた。下にいる兵士たちは誰一人として異変に気付いていない。

 全員が通過した直後、結界の穴は何事もなかったかのように閉じていった。

 これで証拠も残らない。


 そして道なりに進んでいくと、やがて裏門が見えてきた。

 裏門には3人ほどの衛兵が立っている。


「ここは私がやりましょう」


 アンナが前へ出て、ふっ――とその姿が消える。

 認識阻害の指輪によって気配を完全に消したまま、兵士たちの背後へ回り込んでいた。


「《スリープ》」


 静かな詠唱とともに兵士たちの身体がふらりと揺れた。


「ん……?」


「な、なんだ急に……」


 どさっと3人同時に眠りへ落ちた。


「お。この兵士が裏門の鍵を持っているようですね」


 アンナは兵士の腰から鍵を抜き取った。

 そして音を立てないよう慎重に鍵を差し込む。


 カチャリ。

 静かな音と共に裏門が開いた。


「よし、侵入できそうだ」


 俺が呟く。

 セレスティナを先頭に、俺たちは城内へと潜入した。


 城の内部は想像以上に広かった。

 真っ赤な絨毯が敷かれた大理石の廊下。

 壁には歴代国王の肖像画や戦争を描いた巨大な絵画が飾られている。

 磨き上げられた甲冑が等間隔で並び、まるで今にも動き出しそうだった。


 さらに無数の扉と左右へ枝分かれする通路。

 階段もいくつも存在している。


 初めて来た者なら確実に迷うだろう。

 まさに巨大な迷宮だった。


 だが、不気味なほど静かだった。

 兵士の姿が見当たらず、巡回の気配すらない。


「やっぱり少し変だな……」


 俺が呟く中、セレスティナは迷いなく進んでいった。


「みんな、こっちだ」


 俺たちは慌ててその後を追う。

 特にフィリアは壁の絵画や甲冑へ興味津々だった。


「あの甲冑かっこいいなー」


「フィリア、後です」


 アンナが腕を引っ張る。


「むー」


 不満そうな声を上げながらも、フィリアは素直についてきた。


 そして、しばらく進んだ先の突き当たりに地下へ続く階段が姿を現した。


「ここが地下へ続く階段だ」


 セレスティナが言う。

 俺たちはそのまま階段を下りていく。


 百段は軽く超えているであろう長い階段だった。

 下へ下へとまるで地の底へ向かうように進み続ける。


 やがて地下牢へ辿り着いた。

 石壁には水が染み込み、空気は冷たい。

 じめじめとした湿気が肌へまとわりつく。


 そして鉄格子が並ぶ通路を進んだ先で――ついに見つけた。


 サファイアのように青みがかった髪に透き通るような蒼い瞳。

 一緒にダンスを踊った少女、エレーナだった。


 だがその姿は痛々しい。

 拘束具によって両手両足を固定され、頬は少し痩せて見えた。


「エレーナ!!」


 俺は思わず叫んだ。


「エレーナ姫殿下!!」


 セレスティナも声を上げる。

 エレーナがゆっくりと顔を上げた。


「……ん。だ……誰ですか?」


 かすれた声。

 だが次の瞬間、その瞳が大きく見開かれる。


「ソック卿!?」


「こ……こんなところまで助けに来てくれたの!?」


「ああ。みんなで、助けに来た」


 エレーナの瞳に涙が滲んだ。


「ご無事でよかった……姫殿下」


 セレスティナは今にも泣きそうな顔をしている。


「セレスティナ……。あなたもありがとう。リアラも無事でよかった。私――あなたたちのこと本当に心配だったの。リアラが捕まって、あなたが逃亡したって兵士が言っているのが聞こえたから」


「申し訳ございません。私は副団長失格です。姫殿下を見捨てるような真似を――」


「いいのよ。極限の状況下だもの。それにこうして助けに来てくれたわけだし」


 エレーナは優しく微笑んだ。


「姫殿下は本当にお優しいんですね」


 セレスティナが小さく呟く。

 するとエレーナは少しだけ寂しそうに目を伏せた。


「そんなことないわ。私は逃げてばっかりの――」


 言いかけたところで、アンナが口を挟んだ。


「皆さん、再会できて嬉しいのはわかりますが、早く脱出しないと。長居は危険です」


「あ……そうだったわね」


 エレーナが我に返ったように頷く。


「お父様はどこに――」


 だが、その言葉を遮るようにリアラとフィリアが声を上げた。


「いない!!」


「国王陛下がいないよ!?」


 2人は地下牢の周囲を見回している。

 俺も慌てて視線を巡らせた。


 地下牢には空になった牢がいくつも並んでいる。


 だが――。

 いるはずの国王の姿が見当たらない。


「そんな……」


 エレーナの顔から血の気が引いた。


「どこか別の場所へ移送されたのか……?」


 俺は眉をひそめる。

 最悪の可能性が頭をよぎったが今は考えている時間がない。


「みんな。国王陛下については後でまた情報を集めよう」


 俺は全員へ向かって言った。


「今はエレーナだけでも保護するんだ!すぐにソーデリアへ向かうぞ!」


「ソックさん。残念ですがそうしましょう」


 リアラも真剣な表情で頷く。


「エレーナ、歩けるか?」


 俺が尋ねると、エレーナは小さく頷いた。


「ええ、なんとか。でもお父様が……。私が眠っている間に連れて行かれたのかな……?」


 不安そうな瞳を見て胸が痛む。


「エレーナ」


 俺は静かに彼女へ声をかけた。


「必ずお父さんは助ける。でもまずは君の安全を確保することが先決だ」


「……うん」


 エレーナは小さく返事をした。


 俺はその手を取るとアンナが前へ出て、認識阻害の魔法をかける。

 これで多少近くにいても気付かれにくくなる。


「行きましょう」


 アンナが促す。

 俺たちは急いで地下牢を後にした。


 魔力を温存するため、飛行魔法は使わずに長い階段を上る。

 衰弱しているエレーナを支えながら百段以上ある石階段を登るのは想像以上にきつかった。


 途中で何度か息が上がるが、それでも足は止めない。

 止まるわけにはいかなかった。


 そして、ついに地上へ戻る。

 誰とも遭遇することなく城内を通過し、裏門を抜けた。

 夜風が頬を撫でるとともに、張り詰めていた緊張が少しだけ緩む。


「よし!」


 俺は安堵の息を吐いた。


「みんな一緒に宿へ――」


 言いかけた、その時だった。


 ――キィィィィィン。

 空気が震えた。


 魔力の波動が王都全域へ広がっていく。


『マチルダにいる全ての者へ告げる!!』


 低く響く声が夜空から降ってきた。拡声魔法による真夜中の放送だった。


 突然の出来事に、通りの人々が一斉に空を見上げる。

 俺たちも反射的に視線を向けた。


 ガリア城の最上部、王都を見下ろす屋上のような場所。


 そこに2つの人影が立っていた。1人は会合であった男ーーニルキス国改革派『双水』のリーダー、ザック・フェリド。


 そして、その隣には。

 真紅の髪を夜風になびかせながら静かに微笑む少女、ルカ・ラウナホールが(たたず)んでいた。

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