ルグニカ結界
魔術を学び始めてから5年。俺はいろんなことをした。
まずは、魔術の修行。ご飯を食べたり寝る時、そしてアンナから読み書きの授業を受ける時以外は、図書室に籠り、魔術の練習をしていた。
攻撃魔法については、こっそり屋敷の外に出て、近くの森の魔物を倒して練習した。結界の外にはさすがに行けなかったが、近くの森にもゴブリンやスライムはいたのだ。
しかし、それ以上強い魔物はいなかったので、補助魔法であえて敵を強くしてから倒すといった、裏技的なレベリングをした。
ブライド家には経験値を多くもらえる「成長の指輪」を父から誕生日プレゼントでもらっていたので、常に付けるようにした。
次に、周辺国家の情報収集。
ラウナホール国の周辺には3つの国がある。ニルキス国、ダバナ国、サンガリア国だ。
特にルグニカ大森林を越えた先にはニルキス国がある。ここはブライド領と最も近い国だ。
ニルキス国の情勢には注意しておかないとな。
そして、読み書き。
本を読んでいると読めない単語が多く、アンナから読み書きの授業を受けられたことはとても助かった。
さすが辺境伯の家だ。
アンナのレベルもとても高い。
古代文字も少し教えてもらったおかげで、古代文献もいくつかは読むことができた
結界についても調べていた。
維持には無駄が多い構造だと感じていたし、魔力を効率よく循環させる方法も考えていた。
魔力を固体として定着させる理論も、古代文献からある程度は理解している。
気づけば、体も少しだけ成長していた。
細いままだが以前よりは引き締まり、背もわずかに伸びている。
黒髪も、光の加減でわずかに色が抜けて見えた。
「よーし。そろそろ勉強は十分だ。明日、父上に結界に連れて行ってもらおう」
もう時間は深夜1時。早く寝なければ明日に響く。
ゆっくり眠るとしよう。
――そう思っていた矢先、ブライド家の玄関で大きな声が鳴り響く。
「アーノルド様ぁ!! 大変です!! 魔石が壊れそうです! すぐ来てください!」
「またか!!」
アーノルドは飛び起きて玄関に向かう。
寝ようとしていた俺もすぐに起きて支度し、玄関に向かう。
仕方ない。今すぐ結界に連れて行ってもらうよう、父上に頼もう。
――実は、似たような騒ぎがこの5年の間、何度も発生した。そのたびにアーノルドは起こされ、俺も起こされていた。
母、ナザリーはずっと爆睡だったが。ずぶといのかな?
とにかく、何度もこういうことがあって、寝不足な日が続いたのだ。
父上が言っていたのはこういうことか。
確かにこれは嫌だ。
アーノルドが支度を終えて玄関から出ようとした時、俺は大声で声をかけた。
「父上!! 僕も行きます!」
「ソックか。こんな時間にどうした。夜は危ないからよしなさい」
「いえ、行きます。この日のために勉強してきたと言っても過言ではありません。それに僕は上級結界魔法も使えますよ」
「そうか。お前にも迷惑はかけたからな。いいだろう、連れていく。ただし、危険だと感じたら、お前一人だけ護衛を付けて家に帰すぞ」
「わかりました」
「アーノルド様。そのお方は?」
黒い髪をした大柄な男が声を上げた。
「おお、シバルよ。この子が我が息子、ソックだ」
「この方がソック様でしたか! 私はルグニカ結界の運用責任者、シバルと申します。あなたは上級の結界魔法を使えるとは本当でしょうか? 信じられません」
「はい、使えます。なので、必ず役に立てると思います」
結界魔法は扱える者が少ないので、驚かれるのも無理はない。
父であるアーノルドでさえ、使えないのだから。
「では、行きましょう。馬を待機させております」
俺は父の後ろに乗る形で、馬に乗った。
シバルが先頭に立って、出発する。結界への移動は何度もしているからか、スムーズに移動を開始できた。
移動を開始した瞬間、頭上に光の球が浮かび、発光して周りを照らす。
「――これは?」
「ナザリー様から借り受けた光の精霊の力でございます。夜中の移動は必要不可欠です」
なるほどね。さすが母上だ。
移動を開始してすぐに森に入った。森の中は手こずると思ったが、颯爽と移動する。
何度も向かううちに、結界までのルートを整備したのだろう。
近くの森は20分ほどで抜けることができた。ここから平坦な道がさらに20分ほど続き、結界にたどり着いた。
「ソックよ。ここがルグニカ結界だ。すごいだろ!」
ルグニカ結界。左右に壁が伸びる形で、大体10km先くらいまで魔力が展開されていることを感じる。
そして、その魔力を展開するのが魔石だ。
魔石とは魔力を貯蓄し、魔力を提供・放出することができる特殊な石であり、紫色に光り輝くのが、その証だ。
この魔石は、俺の身長の倍以上の大きさがあり、巨大な石だった。
確かにすごい。すごいが――何か違和感がある。
魔力の流れが、どこか歪んでいる気がする。
「アーノルド様、恐れながら、魔力供給をお願いします」
目の前の魔石は、明らかに光を失いかけていた。
脈動は弱く、今にも途切れそうだ。
「このままでは、あと一刻も持ちません……結界が崩壊すれば、森の魔物が一気に――」
シバルの声には焦りが滲んでいる。
「うむ。早速始めよう。ソックは見ていてくれ」
父が前に出る。
――違う。
(そのやり方では、間に合わない)
「待ってください、父上」
「僕がやります。このままでは意味がありません」
「なんだと?」
「この結界術式は、魔力を無駄に発散しています。供給ではなく、まず整える必要があります」
俺は魔石に触れた。
流れを読む。歪みを捉える。散った魔力を引き戻す。
(――戻れ)
次の瞬間、魔石が爆発的に輝いた。
「なっ……!?」
「バカな!? 一瞬で!?」
魔石の脈動が力強く蘇る。
「……まだ霧散前の魔力が残っていたので、戻せただけです」
父もシバルも言葉を失っていた。
(やはり――)
違和感の正体がはっきりする。
「シバルさん。この結界の『核』は1つですか?」
「はい。というか、1つの結界につき『1つの核』ではないのですか?」
「申し訳ないですが、それこそ信じられません。核が1つだけだと不安ですよ。冗長構成を取るべきです。確かに本にも1つと書いてありましたけど」
そう、本で感じた違和感はこれだ。
結界術で核は1つだけというのは納得がいかない。破壊されたらその瞬間、結界は崩壊するのか。そんなの脆すぎる。
「ジョ…ジョウチョウコウセイ?? というか、複数個作れるのですか?」
「はい、作れます。今の僕の魔力なら6つは作れます。ですが、まず3つの核を作りましょう」
「……残りの3つはどうするのでしょう?」
「残りの3つは稼働させておきつつ、予備系とします。メインの核3つで定常運用させつつ、何かあった時はサブの3つの核で運用させましょう」
「……はぁ、なるほど」
シバルはキョトンとした顔をしている。
俺は再び魔石に触れ、術式を書き換える。
すると頭上に魔力の塊が6つに分裂した。そのうちの3つが大きく輝き、あとの3つは小さく輝く。
――よし。
普段は3つの核で定常運用する。残り3つは、何かあって核が維持できなかった時に、即座に「切り替え運用」とする。これで安定性は段違いだ。
魔石の魔力消費は効率化した。さらに、漏れによる発散も抑えている。しばらくはもつだろう。
しかし――大元の魔石が1つだけというのは足りない。
この『天然の魔石』では魔力がどんどん発散する。
「シバルさん、魔石は1つだけしかないのでしょうか?」
「はい。残念ながら。この魔石は、かの『結界の大魔術師』であらせられるムアナ様から献上されたものです。希少なので、どうしても手に入らず……」
「わかりました。父上、明日もまたここに来ていいでしょうか? やりたいことがあります」
「ああ、ソックよ。来るのは構わないが、明日は休んだらどうだ? もう夜遅いし、さっきので魔力をだいぶ消費したのだろう?」
「父上。お言葉は嬉しいのですが、どうしても明日は行きたいのです。やらなければならないことがあるのです」
「……それは?」
俺は魔石を見上げ、静かに言った。
「魔̇石̇を̇作̇り̇ま̇す̇」




