表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/14

結界魔法

ふと目が覚めると、ベッドの上だった。

窓から朝の光が差し込み、カーテンが静かに揺れている。


「ここは……?」


体を起こす。やけに軽い。

視界に入った手は、小さくて白い。指も細い。


(……子ども?)


違和感のまま部屋を見渡す。

窓の外には一面の緑。木々が生い茂っていた。


今までPCの画面ばかり見ていた身には、やけに鮮やかだ。


「起きられましたか、ソック様。

 急に倒れられて心配いたしました」


静かな声だった。

振り向くと、メイドが立っていた。

茶色の髪をきっちりまとめ、メイド服にも乱れがない。


整った所作に、無駄がない。

――なのに、妙に印象に残る。その視線には厳しさを感じるが。


「おお……ごめん。ええと、アンナだったっけ?」


「“だったっけ”……ですか」


にこりと笑う。

――笑っているのに、安心できない。


「頭でも打たれましたか?

 それとも、記憶力まで寝坊なさったのですか?」


その一言で、頭の奥がざわつく。

前世の記憶と、今の記憶が一気に流れ込んできた。


(……転生、か)


今の俺はソック・ブライド。

ラウナホール王国の辺境、ブライド領を治める家の一人息子だ。


目の前のアンナは専属メイド――という名の監督役。


「ちょっと寝ぼけてたみたいでさ……はは」


曖昧にごまかしつつ、状況を整理する。


ブライド家は辺境伯。

ルグニカ大森林との国境に張られた『ルグニカ結界』の管理を任されている。


――ふと、部屋の隅の全身鏡が目に入った。


映っていたのは、黒髪の少年。

八歳ほどの年頃で、線は細く、まだ頼りない印象だ。


だが――


(目だけは、妙に落ち着いてるな)


自分でも違和感を覚える。


手を握り、腕を振る。やはり小さい。軽い。


(……8歳、で間違いないか)


時間はある。

この体なら、いくらでも積み上げられる。


(おっさん転生じゃなくて助かったな……)


できれば美少女がよかった、とは思うが――そこは贅沢か。


「ソック様、何をされてるんですか?」


アンナは怪訝そうな顔で俺を見つめる。


「軽い運動だよ、アンナ。……ところでさ」


「はい」


「この体って、“何かできる力”あるのか?」


「……は?」


アンナは一瞬だけ怪訝そうな顔をした。


「力、とは?」


「普通じゃないやつ。例えば……何かを動かしたり、とか」


「それはつまり、魔法のことですか?」


(やっぱりあるのか)


「使えますよ、当然のように」


「当然なんだ」


「ソック様、去年適性診断を受けたではありませんか。たしか、土・水属性に適性があります」


(知らんけどな)


「……どうやって使うんだ?」


「……忘れたのですか?」


少しだけ呆れた視線が刺さる。


「感覚でいけるかなって思って」


「いけません」


即答だった。


「基本的には体の内側にある魔力を意識して、それを外に流すイメージです」


「なるほど」


俺は軽く頷いた。

細かい理屈はともかく、言いたいことはわかる。


(要は、流れを掴めばいいんだな)


少しだけ意識を内側に向ける。

――次の瞬間。


部屋の空気が、波打つように震えた。

カーテンが一瞬、風もないのに大きく揺れる。


「……は?」


アンナが固まる。


「ソック様、今……」


「いや、ちょっと試しただけだけど」


「……」


アンナは無言で俺を見る。

そして、ゆっくりと口を開いた。


「……以前より、明らかに精度が上がっていますね。 こんな短時間で変わるものではないのですが……」


視線がじっとこちらに向けられる。


「本当に、寝ぼけているだけですか?」


「どうだろうな」


「誤魔化さないでください」


即答だった。


(この人、容赦ないな……)

だが――悪くない。ちゃんと見ている。


「ソック様」


アンナは一度ため息をついたあと、静かに言った。


「図書室に行きましょう」


「え?」


「今の状態で放置するのは危険です」


「危険って」


「知識なしで力を扱うのは、危険だからです」


きっぱりと言い切る。そして少しだけ目を細める。


「……それに、今のソック様は明らかに“おかしい”ので」


「ひどくない?」


「事実です」


即答だった。


(この人、ほんと遠慮ないな……)


でも――


(ちゃんと面倒見てくれるタイプだ)


「わかった。案内頼む」


「はい。今度は迷わないでくださいね」


「いや場所知らないんだけど」


「……やはり重症ですね」


アンナに連れられ、寝室を出て図書室へ向かう。

さすが辺境伯の屋敷、やたら広い。


俺の寝室は3階。図書室と食堂は2階にあるらしい。

階段を降り、廊下を進んだ先に図書室があった。


「ソック様、こちらが図書室です。13時には昼食ですので、それまでに食堂へお越しください」


「わかった。ありがとう」


中に入ると、本がずらりと並んでいた。

ざっと見て回るが、魔術書が多い。これは助かる。


(魔法の知識は必須だな)


さらに歴史や地理の本も確認する。

周辺国の情報も早めに押さえておきたい。


気づけば、あっという間に時間が過ぎていた。


(あとで続きを読もう)


本を片付け、食堂へ向かう。


中に入ると、父と母がすでに席についていた。

メイドが料理を並べているところだ。


「遅くなりました。父上、母上」


「おお、ソックか。まだ食べていないし問題ない」


父――アーノルド・ブライドが穏やかに笑う。

背の高い領主で、わずかに赤みを帯びた黒髪を無造作にかき上げた。風属性魔法の使い手だ。


「むしろ今日は早いくらいよ。

 いつもは昼過ぎまで寝ているでしょう?」


母のナザリーが、柔らかく微笑む。

金髪を揺らす彼女は、光属性と精霊術を扱う。


(……広いな)


三人だけの食堂はやけに静かで、少し落ち着かない。

前世では狭い部屋に慣れていたせいかもしれない。

視線を落とす。


皿の上には――エスカルゴっぽい何か。


(……苦手なんだよな)


とはいえ、この世界の食事だ。慣れるしかない。


「父上。『ルグニカ結界』の管理状況ってどうなんでしょうか?」


「驚きだな。まだ子供なのにそんなことに興味を持つなんて。アンナからちょっと様子がおかしいと聞いていたが、一体どうしたのだ?」


「僕もちょっと勉強しないとなーって思いまして。

 今の状況を知っておきたいんです。

 ほら、次期領主になるでしょう?

 ご飯食べたら図書室に行って勉強してきます」


「まあ、偉いわ! 

 アーノルド、この子はやればできる子なのよ!」


「そうだね。でも管理は実際厳しい。

 魔石の中の魔力が切れそうになって結界が崩壊しそうになるのがしばしばだ。

 夜中に呼び出されてほんとクタクタだよ……。

 まずは勉強しなさい。魔術をある程度学んだらいつか結界のあるところに連れ出してやろう」


夜中に呼び出されるのか……。前世の嫌な記憶が蘇り、戦慄する。呼び出されなくて済むようにしようと強く誓った。


お昼ご飯を食べたあと早速図書室に向かった。そしてリストアップした本を読み進めていたらあっという間に夜になった。


この世界の魔法について、ある程度わかってきた。

この世界には魔法は闇、光、火、水、風、土属性の魔法が存在する。

それぞれ適性の属性があり、どれだけ優秀でも2属性までの魔法しか扱えないらしい。

2属性の魔法を組み合わせて使うには高度な魔力操作技術が必要になる。


――そして。特殊魔法と呼ばれるカテゴリに属する魔法がある。そのうちの1つが結界魔法だ。

結界魔法は魔力を壁のように展開したり、立方体の形の魔力障壁にして対象を保護する魔法だ。

暗号術式で保護したり、特定の魔法に反応して自動的に迎撃したりする結界もあるらしい。


結界魔法には『核』と呼ばれるものが存在する。

魔力を集中させる点を定め、そこから魔力を発散させていくことで結界を構築するのだ。


なお、核を形成する魔力操作には技術が必要で、結界魔法を扱える者は少ないらしい。


俺は本を片手に、魔法適性のある土と水、それから結界魔法の練習を始めた。

数時間試した結果――


土と水は中級魔法までなら問題なく扱えるようになった。

上級は一部だけ、なんとか形になる程度だ。


(……いきなり全部は無理か)


だが――


結界魔法だけは違った。

基礎から応用まで、やけに手に馴染む。


「……これ、相性いいな」


他の魔法とは明らかに感覚が違う。

まるで最初から知っていたかのように、自然に組み上がっていく。


「よーし! この調子でどんどん魔法を練習して、この世界の知識を蓄えるぞ!」


だが、結界魔法の項目を読んでいると、妙な違和感が頭に残る。


「……これ、本当に最適な構造なのかな?」


本には「正しい運用」として書かれているが、どこか非効率に見える部分があった。


その小さな違和感が、後にこの領地の在り方を大きく変えることになるとは、この時の俺はまだ知らなかった。


こうして、ソック・ブライドとしての生活が始まった。


――時は5年の歳月が流れ、俺は13歳になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ