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公務

 その頃――少しだけ時間は遡る。

 俺はルカとともに、再び馬車へ乗り込もうとしていた。音は鳴っていないが、ガチャガチャと見えない鎖が擦れるような感覚が延々と腕へまとわりついてくる。とにかく、この見えない『手錠』が鬱陶しい。


 しかも今はそれだけではない。

 ルカのドレスのスカートを踏まないよう注意しながら馬車へ乗る必要があり、俺は別方向にも神経をすり減らしていた。


「過密スケジュールなんだから早くしてよ」


「じゃあ、さっさとこの『手錠』を何とかしろ」


「それは無理♡」


 理不尽すぎる。

 そんなことを考えていると、護衛の1人が馬車の扉越しに声をかけてきた。


「ルカ姫殿下。本日午後のスケジュールです」


 護衛から数枚の紙束が差し出される。

 ルカはそれを受け取り、ぱらぱらと目を通した。


 14:00〜 ニルキス農業組合との会合

 15:00〜 『ザラサス商会』との会合、鉄鉱石及び魔石採掘・生産について

 16:00〜 ニルキス改革派『双水』との会合


「これ、俺が同席していいのか? もはやラウナホール国が支配すること前提って感じだな」


「別にいいわ。絶対そうなるんだし。ま、今はまだ『同盟国』扱いだけど」


 さらっと恐ろしいことを言いながら、ルカは護衛へ視線を向ける。


「場所って王都マチルダかしら?」


「その通りでございます。『サースベリー会館』です」


「あとどれくらい?」


「『人通り』が少ないところを通れれば、1時間はかからず着くかと……」


「ちょっとぎりぎりね。『転移魔法陣』は設置済みかしら?」


「はい、ございますが、まだそちらへの転移は試してな―――」


「時間がもったいないから、さっさと行くわ。あなたはもう戻っていいわ。じゃあーー《テレポーテーション》」


 瞬間、俺とルカの姿が、馬車の中から掻き消えた。


 視界が白く歪み、気づくと巨大な屋敷の内部へ転移していた。

 赤い絨毯が長く敷かれた廊下。

 壁には金縁の装飾と風景画が並び、天井では魔導照明が静かに輝いている。


 奥には重厚な木製扉がいくつも並んでおり、いかにも貴族や商人が会議を行うための施設という空気だった。


「うわあ!? ル、ルカ姫殿下!?」


 近くにいた衛兵が飛び上がる。

 ルカは慣れた様子で歩きながら命令を飛ばした。


「会合の準備を始めてください。先方がもういらっしゃってるなら、時間を前倒しして始めましょう」


「は!! 今すぐに!」


 衛兵は慌てて走り去っていく。

 それから30分ほどで準備完了の連絡が入り、俺とルカは会議室へ向かった。


 扉が開かれる。

 長机が中央に置かれ、その周囲には既に数名の男たちが座っていた。


 年齢層は高めで全員が質素ながらも高価そうな服を着ている。

 農業組合の幹部連中だろう。

 俺たちが入室すると、全員が一斉に立ち上がった。


「またお目にかかれて光栄でございます。ニルキス農業組合長ラセルです。ルカ姫殿下、そちらのお方は?」


「ソック・ブライド卿よ。優秀な付き人でね、彼の意見は参考になります」


「よろしくお願いいたします」


 俺はぶっきらぼうに答えた。


「それは頼もしいですな。では早速、前回の議題でご相談させていただいた小麦の不作問題ですが――」


「それでしたら、つい先日小麦の品種改良に成功しました。『テッセン病』に強い小麦がね。来週には我々からご提供しましょう」


「こ……この短期間でですか!?」


「ええ。今、一部のラウナホール国の農場で試験的に運用中よ。もっと『スマート農業化』を進めたいのだけれどね」


「す……すまーと? で、では次は肥料について――」


「そちらについても『新作』の準備ができそうです。もうすぐ試験段階に入ります」


「全く、末恐ろしいですね。あなた様は」


 誰1人として、ルカの言葉を疑っていない。

 俺も感心していた。

 ルカは一切答えに詰まることなく、淡々と構想を語っている。


 ラウナホール国が世界を征服するーー。

 こいつはそんな壮大なことを、本気でやり遂げようとしているのだ。


 続く『ザラサス商会』との会合でも、会議室は騒然となった。


「既に新種の鉄鉱石鉱山を発見済みよ。魔石との複合採掘も可能性があるわ」


「な……なんと……!」


 商会側の男たちがどよめく。

 さらに話題は、結界運用へと移っていった。


「で、ソック・ブライド卿。2段階認証には何を用いるのがいいの?」


「そうですね。実績があるのは『指紋』と『魔力』です。ですがFaceID――じゃなくて、顔認証も取り入れたいですね」


「なるほど。魔石の外部からの攻撃の保護は?」


「Firewall――……じゃなくて……こう、壁みたいなのを生成して、攻撃方向に応じた自動魔力防護を……」


 自分でも何を言ってるのかわからなくなってきたが、ルカは普通に頷いている。

 対面していた『ザラサス商会』の者たちは、完全に口をぽかんと開けていた。


 そして最後、ニルキス改革派『双水』との会合が始まろうとしていた。

 会議室の扉が開き、数名の男女が入室してきた。

 その先頭にいた黒髪の男が、ルカの姿を見て勢いよく頭を下げた。


「ルカ姫殿下!また会えて嬉しいです!」


 だが次の瞬間、男の視線が俺へ向く。


「そちらの方――お前は!! 学園にいた!!」


 鋭い声に、周囲の空気が一気に張り詰める。

 だがルカは頬杖をついたまま、面倒そうに口を開く。


「ザック。今は彼は私の付き人です。手荒な真似をしたら――容赦しませんよ?」


 会議室の空気が重く沈んだ。

 圧縮された魔力が、肌へ突き刺さるように広がっていく。

 ザックの肩がびくりと震えた。


「も、申し訳ございません……」


 俺はその様子を見ながら確信する。

 こいつが学園を襲った黒フードの男のうちの1人か。

 おそらくリーダーだ。


「これはこれは。あなたが改革派のリーダーでしたか。僕はソック・ブライドと申します」


「ど……どうも。私はザック・フェリドと申します」


 ぎこちない挨拶で会議室には微妙な空気が流れていた。

 するとルカが、ぱん、と軽く手を叩く。


「じゃあ、さっそく始めましょう。この後、あなたたちは『演説』なんでしょう?さっさと済ませましょう」


「ええ、ルカ姫殿下」


 ザックは慌てて資料を机へ並べる。


「国王陛下及びエレーナ王女処刑後に、抹殺すべき貴族をまとめました」


「ふぅん」


 ルカは資料へ視線を落とした。


「ネミリド家、ダーサル家、リュア家……ですか。まあ、いなくなっても問題ない貴族ですね。いいでしょう」


 その声には一切感情がない。

 人を殺す話をしているとは思えないほど淡々としていた。

 まるで、日々の業務確認でもしているかのようだ。


「わかりました。皆殺しにしても?」


「ええ、構いません。我々がもみ消します」


「人の命をよくも易々と―――いでっっ!?」


 激痛が走る。

 ルカが手錠で繋がった俺の右手の甲を、思いきりつねっていた。

 にこやかに笑っているが、目だけは全く笑っていない。


「ソック・ブライド卿。やはりあなたはこの場には不適切なのでは?」


 ザックが探るように言う。


「兄さ―――ソックはまだ純粋なのよ。というか――」


 ルカは笑みを浮かべたまま、ゆっくりと続けた。


「別にお前たちから先に皆殺しにしてもいいのよ?」


 轟っっ!と魔力の風が吹き荒れる。

 机の上の資料がばさりと舞い、改革派の面々の顔色が一瞬で青ざめる。


「で、出過ぎた発言をしました。大変失礼いたしました」


 ザックは即座に頭を下げた。

 ルカはそれ以上追及せず、退屈そうに椅子へ背を預ける。

 その後、軽い打ち合わせだけを済ませると、重苦しい空気のまま会議は終了し、改革派の者たちは退室した。


「お疲れ様、兄さん。今日の『公務』は終了よ。今日はこの屋敷に泊まってもらうわ」


「ああ。お前が優秀なのは認めるが、人の皮を被った獣だってことを改めて確信したよ」


「別に王族ならこれくらい普通にやるけどね。兄さんには刺激が強かった?♡」


「......。ところで、寝る時もこの手錠はつけるのか?」


「寝るときだけ外してあげる。でも、一緒の部屋で寝るから。あーー、部屋からは出られないからね♡」


 俺は深いため息をつく。もはや監禁と何が違うのかわからない。


「……はいはい。逃げませんよ」


「どうだか」


 俺とルカは屋敷の一室へと向かう。廊下の窓から外を見ると、既に陽は沈みかけていた。

 アンナ達は、うまくやれているだろうか。

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