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情報収集

 一方その頃。

 人混みへ紛れたアンナとセレスティナは、ロースベルク中心街を歩いていた。

 周囲には視察目当ての観光客で溢れ返っており、少し油断すればすぐにはぐれてしまいそうなほどだ。


「セレスティナ。人混みに紛れたのはいいですが、どこで情報収集しましょうか? 定番なら酒場っぽいところですが」


 アンナが周囲を警戒しながら尋ねる。


「まずは地図を入手したい。騎士団が使用していた『情報屋』があるのよ。今の状況下で――協力してくれるかは賭けだけど」


「でしたら、潜入作戦会議の時にソック様に言えばよかったのに。ソック様が変に悩んで、あんなわけわからないメモを作成しないですんだかも」


「あ……あの時はなんか眠くて頭回らなかったのよ!!」


 セレスティナが顔を赤くしながら反論する。


「それ、かなり致命的では?」


「うるさい!」


 そんな軽口を交わしながら、2人は街中を歩く。

 すると、地図は驚くほどあっさり見つかった。

 視察で大量の人間が訪れている影響なのか、街の各所に『観光用』の地図が設置されていた。地図にはロースベルク中心街とその周辺区画、主要道路が細かく記載されている。


「ふむ。これならわかりやすい」


 セレスティナは地図上の1点を指差した。

 アンナが隣から覗き込む。


「中心街から北西に少し離れた場所に『リドガルド図書館』がある。そこの隣に『もふもふベーカリー』っていうパン屋がある」


「なんですか、そのパン屋。めちゃくちゃ美味しそうです。食べてみたいですねー」


「ふざけるな、そんな暇はない」


 セレスティナは呆れたようにため息を吐く。


「そして地図には明記されていないが、そこに細い通りがあるはずだ。その通りの中に『古本屋』がある」


「それが『情報屋』ってわけですか」


「ああ」


 2人は人混みを避けながら、足早に移動していく。

 しばらく進むと、巨大な灰色の建物が見えてきた。


「……あれがリドガルド図書館か」


 建物の前には若い人影も多い。

 だが、それ以上に目立っていたのは隣だった。

 数十メートルはあろうかという長蛇の列ができており、焼き立ての甘い香りが漂ってくる。


「すごい行列ですね」


 アンナが感心したように呟く。


「ニルキスの主要作物は小麦だし、パンは元々人気なんだ。だとしても、これほどの行列は見たことがない。……まあ今は古本屋だ」


 セレスティナは気を引き締めるように周囲を見回し、そのまま人気の少ない細道へ入っていく。

 大通りの喧騒が嘘のように静かだった。

 細い通りの中央付近まで進んだところで、一軒の古びた店が見えてくる。

 木製の看板に色褪せた扉。窓際には古書が乱雑に積まれている。


「ここだ」


 2人は指輪を外し、店内へ入る。

 カラン、と鈴が鳴った。


「いらっしゃい。何かお探しの本でもありますか?」


 店の奥から現れたのは、中年の男だった。

 威厳のある顔立ちだが、その表情にはどこか疲労が滲んでいる。

 青みがかった髪も、以前よりくすんで見えた。


「いえ――『別件』よ。ウォールゲン」


 男の目が細められる。


「……その名を知っているとは、お前さん達、何者だ? 見ない顔だが」


 セレスティナはちらりとアンナを見る。


「ああ、変装解除ですね。《マジックアウト》」


 淡い光が揺らぎ、セレスティナの変装魔法が解除された。


「なっ――! あなたは!! セレスティナさん!? お逃げになられたのでは?」


「静かに。あまり大声を出さないで。今は隠れて入国しているのよ」


「こほん……失礼いたしました」


 ウォールゲンは咳払いしながら姿勢を正した。

 セレスティナは真剣な目を向ける。


「聞きたいことはただ1つ。私の弟、リアラがどこに囚われているかよ」


「リアラ様ですか……」


 ウォールゲンは苦い顔をする。


「私が知っている範囲ですと、ロースベルクにあるラウナホール国の大使館に捕まっているかと思われます」


「そうか……地下牢に囚われているのか? 警備体制等はわかるか?」


「いえ、そこまでは。私も『謹慎中』の身でしてね。うかつには動くこともできないのですよ」


「であれば、仕方あるまい……まだ情報不足か……?」


 セレスティナが悔しそうに眉をひそめる。

 その様子を見ながら、アンナは静かに口を開いた。


「……あまりここには長居しないほうがいいですね」


 店の外へ視線を向ける。

 大通りの喧騒とは別に、どこか街全体が張り詰めている気配があった。

 視察によって、普段以上に警戒が厳しくなっているのだろう。


「ええ、残念ながら。あまり目立ちたくない状況ですので……。ところでそのお方は? メイドさん? なんかものすごい魔力を感じますが」


 ウォールゲンがアンナを見る。


「ただのメイドです」


 アンナは即答した。


「……」


 ウォールゲンは明らかに納得していない表情だった。


「ウォールゲン、世話になった。この国が落ち着いたタイミングでまた立ち寄ろう」


「今はアドルと名乗っているので、そう呼んでください」


「了解した、アドル」


 そう言って、アンナとセレスティナは古本屋を後にした。

 ――その直後だった。


「僕のもふもふパン返してー---!」


 子供の悲鳴が大通りから響き渡る。


「っ!?」


 セレスティナは反射的に剣を抜き、そのまま大通りへ駆け出していった。


「ああ、もう。指輪外してるってことと、変装解除されてるってこと忘れてませんかね? ――《スキンシフト》」


 アンナは呆れたように呟きながら、素早くセレスティナに変装魔法を発動する。

 淡い光がセレスティナの身体を包み込み、再び平凡な男の姿へと変化した。

 その頃、大通りでは騒ぎがさらに大きくなっていた。


「どけどけぇ!!」


 脂ぎった茶髪に無精ひげ。

 薄汚れた革鎧をまとった、いかにもチンピラ然とした男がパンを抱えて逃げていた。

 人混みを乱暴に押しのけながら走っているため、あちこちで悲鳴が上がっていた。


「きゃっ!?」


「危ない!!」


 セレスティナは、その人混みの中を信じられない速度で駆け抜けていく。


 軽やかで風のような身のこなしだった。

 その速度は、ダバナ国の第二王子グリムベルをも上回っている。

 さらに彼女の身体からは、熱を帯びた魔力がほとばしっていた。

 どうやら火属性魔法による身体強化らしい。

 その様子を後方から眺めながら、アンナはぽつりと呟く。


「なるほど。そういう戦闘スタイルなんですね」


 セレスティナが一気に距離を詰める。


「なっ――!?」


 チンピラ男が振り返るより早く、セレスティナは飛びかかるように男を地面へ押さえ込み、喉元へ剣を突き付ける。


「ひいっ!? な、なんだ!? あつっ!!」


 剣から発せられる熱気に、男の顔が青ざめた。


「おい。持っているパンをよこせ。子供のだろう」


「い、今まで全然手に入らなかったんだ!! いつも売り切れで! だから仕方な――」


 言いかけた瞬間、アンナがすっと男を見下ろした。

 その目は冷たく、圧力があった。

 男は一瞬で委縮する。


「ひっ……!」


 観念したように、震える手でパンを差し出す。


「わ、悪かった!! 頼む! 見逃してくれ!」


「3秒以内に私の視界から消えればいいですよ。3――」


「わ、わかったぁ!!」


 男は転がるように立ち上がると、一目散に逃げ去っていった。

 その瞬間、大通りから歓声が巻き起こる。


「おおおお!!」


「取り返したぞ!!」


 アンナはちらりとセレスティナを見る。


「セレスティナ。あなたはこれ以上目立つとまずいから、さっさと指輪つけてください」


「あ……ああ、すまない」


 セレスティナは慌てて指輪をはめる。

 途端に、その姿がふっと消えた。


「き、消えたぞ!?」


「な、なんだったんだ今の!?」


 周囲が騒然となる中、アンナはしゃがみ込み、男の子へパンを差し出した。


「はい、坊や。さっき盗られていたパンよ。気をつけなさい」


「わー! おばさん、ありがとう!!」


 ――瞬間。ドゴォッ……!!

 もの凄い魔力がアンナから噴き出した。

 風が一気に吹き荒れ、周囲の人間たちが思わず後退する。


「っ……!?」


「な、なんだこの魔力……!?」


 男の子は本能的に危険を察知したのか、顔を引きつらせながら慌てて言い直した。


「お、お姉さん!? あ……ありがとう!!」


 アンナはにっこりと微笑む。


「どういたしまして。しかしメイドたるもの、ただ働きは致しません」


 男の子の前に指を2本立てた。


「見返りに2つ、お願いしてもいいかしら?」


「う、うん! いいよー!」


「ではまず1つ。もふもふパンを1個、私にください」


「えええー!? ……わかったよ。5個あるから、1個くらい」


 男の子は名残惜しそうにパンを差し出す。

 アンナは満足げに受け取った。


「大感謝です」


 そして、その笑みのまま続ける。


「2つ目。ニルキス国騎士団副団長セレスティナ様の弟君、リアラ様について何か知ってる?」


「んーとね」


 男の子は少し考え込む。


「よくわからないけど、お母さんたちがひそひそ噂してた! 明日、リアラ様を王都マチルダに移送するんだって!」


 アンナの目が細まる。


「なるほど。興味深い情報ですね。助かりました」


 するとその時、人混みをかき分けながら女性が駆け寄ってきた。


「もうー--! なにやってるの!? 探したんだから!」


「あ、お母さん!」


 男の子は嬉しそうにパンを掲げる。


「パンが取られちゃったんだけどね! なんかすごい平凡そうな男の人と、そこのメイドさんが取り返してくれたの!」


「あら、そうなの。ありがとうございます。この子が色々とご迷惑をかけたみたいで」


「いえ、お構いなく。私は急いでいるので先に行かせていただきます」


 アンナは軽く一礼すると、指輪をはめた。

 その姿がふっと消える。

 ほぼ同時に、騒ぎを聞きつけた警備兵たちが大通りへ駆け込んでくる。

 その喧騒から少し離れた裏路地でアンナとセレスティナは再び合流していた。


「興味深い情報を入手しました。明日、リアラさんは王都マチルダへ移送されるとのことです」


「子供の情報だが、信用できるのか?」


「子供の情報だからこそですよ。純真であるがゆえに、ごまかしがない」


 アンナは静かに言った。


「……なるほど、となると――作戦は決まりだな」


 真剣な目つきで、アンナを見る。


「大使館で待ち伏せし、移送するタイミングで救出する」

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