捕縛
気づくと、俺は馬車の中にいた。
窓から差し込む陽光の角度からして、時刻は昼頃だろうか。揺れる車体とともに、馬が石畳を踏みしめる規則的な音が耳に届く。
コト、コト、という心地よいリズム。
「……っ」
身体を起こした瞬間、向かい側に座る人物を見て、俺は思わず顔をしかめた。
「あら、早いお目覚めね、兄さん」
妖しく細められた紅い瞳。
真紅のドレスに身を包んだルカが、楽しげに微笑んでいた。
「おい。フィリアもいるし、その呼び方はあらぬ誤解を生む」
「そこの陽キャラ女ならまだ寝てるわよ。こういうお気楽系女は見ていて虫唾が走るのよね」
馬車の端では、フィリアがぐったりと眠っていた。
……ひねくれすぎだろこいつ。
そう思ったが、口に出すのはやめておく。余計な刺激を与えて得する状況ではない。
その時、馬車の外から大歓声が響いてきた。
「ルカ姫殿下ー--! お顔を見せてー--!」
「ルカ姫殿下!! 自信作の焼き菓子があるんです! 食べていただけませんか!?」
窓の外をちらりと見ると、沿道には大量の民衆が集まっていた。
手を振る者、花束を掲げる者、涙ぐんでいる者までいる。
熱狂――という言葉が一番近い。
「ふん。虫けらってなんでこうもうるさいのかしら」
ルカは心底鬱陶しそうに吐き捨てる。
「その割には随分と慕われているようだが?」
「まあ、『信頼』が大事だからね。民を弾圧すると目的達成は途端に厳しくなる。積み上げてから――落とすの。ゾクゾクしない?」
「全く思わない。ほんと俺の妹なのか疑わしいな」
「あらやだ。そのうち嫌でも思い出すわよ」
意味深な言葉に眉をひそめつつ、俺は話題を変える。
「ところで、俺たちがこのタイミングでここに来ること、わかっていたのか?」
ルカの気配には最大限警戒していたつもりだった。
ミズル領にいた際も、ルカの存在は一切感じなかった。
「いいや、偶然よ。そこで寝ている女と一緒に学園から転移するところまでは見ていたけれど。兄さんガードが固いんだもの。それ以上は追えなかったわ」
「……」
まだ疑念は残る。
だが、ここで探り合いを続けてもキリがない。
俺は一旦、ルカの言葉を信じることにした。
そして、この時点で自分の役目を切り替える。
――ルカを足止めする。
アンナとセレスティナが動いている以上、今の俺にできる最善の行動はそれだ。
とにかく、ルカの注意をこちらへ引き付け続ける。
「俺たちを捕らえた目的はなんだ?」
「あら、簡単よ?」
ルカは頬杖をつきながら、愉快そうに笑う。
「最近兄さんと話せてなかったし。公務に付き合ってもらおうかなって♡ あとは『足止め』よ。兄さんにちょこまかと動かれるのは厄介なのよ。可愛いんだけどね♡」
「なるほど」
俺は必死に策を巡らせる。だが今は馬車の中だ。
外には大量の人間がいるので、下手に暴れれば被害が出る可能性が高い。
今は、迂闊に動けない。
「んん……ここは?」
小さな声とともに、フィリアがゆっくりと目を開けた。
そして、目の前にいる人物を見た瞬間、目を見開く。
「ええっ……!? ル、ルカ・ラウナホール姫殿下!?」
「こんにちは、フィリア嬢」
ルカは上品に微笑む。
対するフィリアは完全に硬直していた。
「な……なぜ姫殿下がここに。私たちはどこに向かっているのですか?」
「ロースベルクにある、ラウナホール国用の『大使館』よ」
ルカはさらりと言った。
「あなたをそこに幽閉しますわ」
「な……なぜでしょうか!?」
「検問を通らずに街に入ったからよ。ニルキスの街には、たとえラウナホール国民であっても『通行証』がないと通れなくなったの」
ルカは退屈そうに指先を眺めながら続ける。
「ラウナホール国民用の『通行証』が発行されたのは、つい最近の話だけどね」
「……」
検問があるだろうとは思っていた。
だが、なるべく人目にはつきたくなかった。
だからこそ、検問を避けて結界を越えるという『楽』な方法を選んだ。
……その結果がこれか。
「僕もフィリアと一緒に幽閉ですか? ルカ姫殿下?」
「あら」
ルカはくすりと笑う。
「ふふふ、ソック・ブライド卿。あなたの分は発行してあるのよ、『通行証』がね」
その紅い瞳が、愉悦に細められる。
「私の公務の付き人になってもらうという条件付きだけど――ね♡」
くそ……!
もっともらしい口実で、俺とフィリアを分断しやがった。
これでルカは、俺を常に監視下へ置ける。
「従っていただけるわよね? フィリア嬢」
フィリアは不安そうにこちらを見る。
俺は小さく首を横に振った。
――今は従うしかない。
「わかりました、ルカ姫殿下」
「決まりね。そうこうしているうちに、もう屋敷へ着くわ」
その直後、馬車がゆっくりと速度を落とした。
そして、馬が足を止める。
扉が開かれ、外へ降りた瞬間――俺は思わず目を細めた。
そこには巨大な屋敷がそびえ立っていた。
白を基調とした石造りの建築。
正門にはラウナホール国の紋章旗が掲げられている。
周囲は高い鉄柵と石壁に囲まれ、街中にあるにもかかわらず、そこだけが完全に別空間のようだった。
さらに入口付近には武装した兵士たちが並び、周囲の住民たちも遠巻きにその建物を眺めている。
……これがラウナホール国用の『大使館』か。
屋敷へ入ろうとしたその時。
「ごめんね、ソック。私が少し休憩したばっかりに……」
フィリアが申し訳なさそうに耳打ちしてくる。
「いや、フィリアは悪くない。これは偶然の出来事だ」
俺は小声で返した。
「それより、幽閉先でひどいことされるかもしれない。最悪、僕を見捨てて逃げて構わない」
「っ……」
フィリアの指先がわずかに震える。
「ひそひそ話してないで、さっさと屋敷に入りなさい」
明らかに苛立った声だった。
「あ……ああ、わかった」
俺たちはルカと護衛兵に連れられ、そのまま屋敷の中へ入る。
豪華な内装を横目に進み――そのまま地下へ。
石階段を下りるたび、空気が冷たく湿っていく。
そして辿り着いた先には、鉄格子が並ぶ地下牢が広がっていた。
「フィリア嬢。あなたを不法侵入の罪で拘束します」
ガチャッ――。
無機質な音とともに、フィリアの両手に拘束具が嵌められる。
「ちなみにこの屋敷、転移無効の結界を張っております。逃げるなんてしないでね?」
「承知しました、姫殿下」
フィリアは気丈に振る舞っていたが表情の端々から不安が滲んでいる。
ミズル領のことも心配なのだろう。
「安心して。ちゃんと食事は出すし、これ以上手荒な真似はしないわ」
ルカはゆっくりと俺を見つめた。
「そこのソック・ブライド卿が、きちんと公務を果たしてくれればね」
……脅迫か。
「言われなくてもわかってますよ、姫殿下」
「じゃあ、兵士数人でこの地下牢を見張りなさい。絶対に目を離さないでね」
「はっ!」
兵士たちが一斉に敬礼する。
「さて、ソック・ブライド卿」
ルカは優雅に微笑んだ。
「私と一緒に、これから『お仕事』しましょ♡」
そう言って、ルカと護衛数人、そして俺だけが地下牢を後にする。
再び屋敷の外へ出た、その瞬間だった。
「じゃあ――始めましょうか」
ガチャッ。
何か金属音のようなものが鳴った。
だが、視界には何も見えない。
……いや。感覚でわかる。
これは――『手錠』だ。見えない『手錠』。
「というわけで、兄さん。半径5メートル以上はこれで離れられないから♡」
「……まじか」
俺は一気に顔から血の気が引いた。




