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最悪の遭遇

 朝になった。


「おきてー-ソック!!もう朝だよ!みんな支度できてるよ!」


 遠くから響くようなフィリアの声で、俺は薄く目を開けた。


「……んんん……」


 まだ意識が重い。ぼやける視界の中、フィリアは既に外套を羽織っており、今にも出発できそうな格好をしていた。

 穴蔵の外へ視線を向ければ、朝日に照らされた森の中でセレスティナが剣を振っていた。

 ヒュン――と空気を裂く音が聞こえる。

 相変わらず朝から元気だな……。


「たるんでるぞ、ソック。寝ぼけてへまするなよ?」


 外から声が飛んでくる。


「あ、ああ……気を付けます」


 俺は苦笑しながら身体を起こした。どうにも昔から朝は弱い。

 俺は穴蔵の中で顔を洗い、外へ出る。すると、ちょうど待っていたかのようにアンナがすっと姿を現した。


「ソック様が朝起きるの遅いのは、ずっと変わりませんね」


 くすっと笑う。


「悪いな……」


「旧パトリック領から侵入するということですが、旦那様にご挨拶とかされるのですか?」


「あー……いや、時間がないし、父上に余計な心配はかけたくない。あとでちゃんと説明するさ。だから、できれば気づかれないようにしたい。全員に透明化の魔法をかけられるか?」


「可能ですが――もっといいものがあります」


 そう言って、アンナはどこか妙に光沢のある指輪を取り出した。


「ラースからいただいた特注の魔道具です。これを身につけている者以外には、透明化及び認識阻害がかかります。気配としても気づかれにくくなりますよ」


「へぇ……」


 ラースも表立っては動けないけど、裏では気遣ってくれるってことか。ありがたいな。

 透明化魔法の場合、術者がそれなりに近くにいる必要がある。

 だが魔道具ならその必要がない。つまり、別行動も可能ということだ。


「セレスティナさん」


 俺は視線を向けた。


「あなたは現在、ニルキス国から逃亡している身です。基本的には姿を消したまま行動してください。ですが、万が一姿を晒しても大丈夫なように、変装も必要だと思います。変装魔法をかけてもいいですか?」


「まあ構わんが、別にそこまで慎重にならなくたって……」


「リスクはなるべく排除しておきたいので。ではーー《スキンシフト》」


 俺が詠唱した瞬間、淡い光がセレスティナを包み込む。

 金髪は黒髪へ変わり、鋭い碧眼も印象の薄い色へと変化していた。

 顔立ちそのものが変わった。

 どこにでもいそうな青年。

 街ですれ違っても、まず記憶には残らない。


「なんか、普通の男性って感じ。空気が薄いというか」


 フィリアが率直な感想を漏らす。


「まあ、いわゆるモブキャラをイメージした」


「釈然としないが……まあよかろう。じゃあ出発だ!」


 声も少し低くなっていた。声帯偽装も問題ない。


「皆様、指輪ははめておいてくださいね。では――《フライ》。れっつごー」


「アンナ、待て!!いきなりは……!?」


 次の瞬間、ビュオッ!!と空気がはぜた。

 景色が一瞬で流れ去る。


「うおっ……!」


 急激な加速に身体が引っ張られる。

 まあ、俺はこの速度に慣れている。

 問題は――。


「なになになに!!速いー--!!目が回るー--!!」


 フィリアが半泣きで叫んだ。


「こ、これしきの速さ……問題ない!」


 一方、セレスティナは強がっていたが、口元が微妙に引きつっている。

 絶対無理してるな……。

 俺たち4人は空を高速で駆け抜ける。

 地上の森も街道も、もはや線にしか見えない。


 そして15分ほど飛行した頃。


「……あ」


 俺は身に覚えのある魔力の気配を感じた。


「これは……ルグニカ結界……」


 飛行しながら、俺は急いで全員へ追加の結界術式を展開する。

 魔法陣が淡く光り、それぞれの身体へ吸い込まれていった。


「な……なにしたの、ソック」


 フィリアがぐったりした顔で聞いてくる。


「いや、このまま通過したら自動攻撃されるから……『認証』させた」


 フィリアとセレスティナはブライド領の結界から見れば未知の魔力だ。

 そのままだと攻撃者判定される可能性が高い。


「というかまだ着かないの……やばい、なんか気持ち悪くなってきたぁ……」


 フィリアが涙目になっている。


「ルグニカ結界を越えたので、多分もうすぐです。頑張りましょう」


「うぅぅ……」


 さらに10分ほど飛行した頃。

 今度は、別の結界の気配を感じた。


「アンナ。多分ここがニルキス国の結界だ。旧パトリック領とニルキスの街を隔てているものか?」


「旧パトリック領の隣はロースベルクだ」


 セレスティナが口をはさんだ。


「そのようですね。皆さん、着きました」


 アンナが速度を緩める。

 ふわり、と浮遊感が軽くなり、俺たちはゆっくり地面へ着地した。


「つ、着いたのねぇ……気持ち悪いー-……」


 フィリアは完全に酔ったらしく、少しふらついている。


「じゃあ、この結界を解析する。普通に押し通ろうとすると、攻撃してくるかもしれない」


 俺は結界へ手をかざし、術式を読み取っていく。

 だが――。


「……え?」


 思わず間の抜けた声が漏れた。

 あまりにもザルだ。

 自動迎撃術式は存在しないし認証機能もない。

 あるのは、一定以上の魔力攻撃を防ぐ防壁のみ。

 偽装術式や索敵系統も探ってみたが、特に何もない。


「みんな。ここは魔力を抑えれば普通に歩いて通れそうだ。このまま行こう」


「どこの結界もそんなものだと思うよ?ニンショウだとか自動迎撃なんてないし」


 フィリアが当然のように言った。

 そういうものなのか……?と不思議に思いながら結界を抜けた。

 そして、俺たちはロースベルクの街へ足を踏み入れた。


「……なんだ?」


 街は妙に活気づいていた。

 石畳の通りには色鮮やかな布が飾られ、建物の窓には花飾りまで置かれている。

 露店も普段以上に並んでおり、焼き菓子の甘い香りが漂っていた。


 人通りも多い。

 子供たちが走り回り、楽団らしき集団が演奏までしている。

 どこか祭りの前日のような空気だ。


「何かあるのか……?」


「何があろうと関係ない。ソック、私は情報を集めに向かう」


 セレスティナが即座に言う。


「セ……セレちゃん、ちょっと待ってぇ……。私まだ気持ち悪くて……ちょっと休んでから行きたいの……」


「むぐぐ……」


 セレスティナがむっとした顔になる。

 怒りたい。けれどフィリアの状態を見ると強く言えない――そんな微妙な表情だった。


「ちょうどいいですよ、セレスティナさん。ここは二手に分かれ、別々に行動しましょう。だから――アンナと一緒に行動してもらえますか?アンナ、頼めるか?」


「構いませんよ。この女が暴走しそうになったら止めます」


「なんだ、その言い方は」


 セレスティナは不満そうに眉をひそめた。


「とはいえ、土の大精霊様がいるのは心強い。では我々は先に行く。フィリア、無理はするなよ?」


「今日の夜に、あそこの噴水で落ち合いましょう」


 俺は50メートルほど先にある噴水広場を指差す。


「そこで情報収集の結果を基に、今後の方針を決定します。もし何かあって合流できなかったら、2人で判断していいです。昨日のメモ、渡しておきますね」


「ああ、わかった。お互い油断しないようにな」


 そう言って、セレスティナとアンナは人混みの中へ消えていった。


「フィリア、大丈夫か?」


 俺は生成した水をフィリアへ渡す。


「ありがと……。もう少しで元気出そう!」


「よかった。一旦どこか座れるところに――」


 そう言って、俺はフィリアの手を取って歩き出そうとした。


 ぞわり。

 背筋に、凍るような悪寒が走った。

 周囲から歓声が響く。


「きゃー--!!ル̇カ̇姫̇殿̇下̇ー--!!お美しいです!!」


「商売繁盛できたのもあなたのおかげだ!あなたこそ真の王女だ!!」


「っ……!?」


 まさか――ラウナホール国の視察!?

 そんな偶然……!やばいやばいやばい。

 ここでルカと遭遇するのは――最悪のパターンだ。計画が崩れる。


(大丈夫だ。ラースの魔道具による認識阻害もある。結界術式でさらに隠せばいける。)

(大丈夫、絶対ばれない。)


 俺は焦りながらも、必死に思考を回転させる。

 さっさとこの場を離れよう。

 そう思い、走り出そうとした――その瞬間。


『時間が止まった』。


 街中の人間、噴水の水の流れ、時計台の針。

 すべてが静止している。動けるのは、俺とフィリアだけだった。

 粘つくような視線を感じ、本能的に汗が噴き出す。


 ゆっくり振り返るとそこにはーー、

 真紅のドレスを身にまとった王女ルカ・ラウナホールが、確かにこちらを見つめていた。


 聞こえなかった。

 けれど確かに、彼女はこう口にしたのが見えた。


「見つけた♡」


 そして、俺の視界は暗転した。

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