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出発

「む……なんだその顔は」


 セレスティナが眉をひそめる。


「いや、なんでもないですよ。ただ、初対面でそこまではっきり言うんだなと」


「事実を言っただけだ。剣士ならもっとこう……覇気があるものだろう」


「まあ、僕は魔法専門なんで。剣術は苦手です」


 少しムキになったような口調になってしまった。言ったあとで、俺は内心ため息をつく。

 らしくない、こういう挑発は受け流すべきなのに。


 だがセレスティナは気にした様子もなく腕を組む。


「結界魔法ね……。どうも私には“守り”というのは性に合わん。攻めることばかり考えてしまう」


 そこでハッとしたように顔を上げた。


「っと、いけない。フィリア、とにかくすぐ来てほしいんだ」


「どこに行くの?」


 フィリアが首を傾げる。


「ニルキス国だ」


 その言葉に、俺はわずかに目を細めた。


「セレスティナさん、なぜニルキス国に?事情を説明してもらわないと――」


「説明はあとだ!とにかく来い!頼む!」


 切羽詰まった声だった。

 だが俺は静かに返す。


「いや、最低限の『情報』は必要ですよ。冷静に対応すべき――」


「ええい、何なのだお前は!」


 セレスティナが苛立ったように叫ぶ。

 するとフィリアが慌てて間に入った。


「いやソックの言う通りだよ、セレちゃん。せめて何があったかは教えて?ね?」


「くっ……」


 セレスティナは悔しそうに唇を噛む。

 そして低い声で言った。


「弟……が、とらわれてしまったのだ。改革派のやつらに!」


 食堂の空気が一瞬で張り詰めた。


「……詳しく説明してください」


 俺が言うと、セレスティナは観念したように息を吐いた。


「私はミッドライト学園の2年生であると同時に、ニルキス国騎士団の副団長だ。フィリアは知っているが」


「う、うん……」


 フィリアがこくりとうなずく。


 騎士団の副団長。

 なるほど、“閃剣”と呼ばれる理由もわかる。

 あの鋭すぎる気配は、実戦を潜り抜けてきた者のものだ。


「私たちは国王陛下とエレーナ王女に忠誠を誓う身だ。だから必死に戦った」


 セレスティナの拳が震える。


「国王陛下とエレーナ様は、改革派にあらぬ罪を着せられたのだ!」


「そんな……ひどい……」


 フィリアが小さく声を漏らす。


「だが、改革派のやつらは想像以上に力をつけていた。おそらく裏に――」


「ラウナホール国ですか」


 俺が口を挟む。

 セレスティナは一瞬だけ驚いた顔をしたがすぐに険しい表情へ戻る。


「ああ、そうだ。そして改革派の裏工作によって、われら騎士団からも裏切る者が出てくるようになってしまった。我々は反逆の罪として捕らえられそうになったのだ」


 セレスティナは拳を握り締めた。


「そして私以外の、寝返らなかった騎士団の者たちは……全員、殺されるか捕らえられてしまった。団長も含めて……」


 重い沈黙が落ちる。


「奴が現れなければ……我々は勝てていたかもしれないのに……!」


 悔しさを滲ませながら、セレスティナは吐き捨てた。


「『奴』って?」


 フィリアが恐る恐る尋ねる。


「ラウナホール国の“水の大魔術師”――セバスだ」


 その名を聞いた瞬間、俺の脳裏にルカの近衛にいたあの老紳士の姿が浮かんだ。そして同時に、学園襲撃の夜も思い出す。

 黒フードの男が展開した、異常な水壁。

 ――まさか。


「あの黒フード男の正体は……セバスか」


 思わず呟く。


「知っているのか?」


「少しだけです」


 俺は短く返した。

 セレスティナは深く息を吐き、再び話し始める。


「とにかく状況がまずかったから、私は学園に逃げ込もうとしたのだ。弟を連れてな」


 その表情が苦しげに歪んだ。


「だが、セバスの魔術によって弟は捕らえられてしまった。おそらく……邪魔な私をおびき寄せるためだろう」


 悔しさを押し殺すように、セレスティナは唇を噛む。


「罠かもしれないと分かってはいる。だが、一刻も早く行かねばならんのだ!」


「セレちゃん……」


 フィリアが悲しそうに目を伏せる。

 そしてすぐに顔を上げた。


「ソック、助けに行こう!」


 俺は黙ってセレスティナを見る。


 ニルキス国騎士団の副団長。

 国の内部事情と地形を知る存在。

 仲間としては極めて大きい。


 だが――。


「助けには行きたいですが……今突っ込んでも、敵の思うつぼです。こっちが不利すぎる」


 俺は静かに言った。


「弟が殺されるかもしれんのだぞ!」


 セレスティナが机を叩く。

 その怒気に、食堂の空気がびりりと震えた。

 だが俺は冷静に返す。


「それなら、もっと早く殺していたはずです」


「なに……?」


「奴らは、セレスティナさんが外部に助けを求めて準備するのを恐れている。だからこそ弟さんを“見せつけるように”捕らえた」


 俺は静かに続ける。


「心理的に焦らせて、考える時間を奪うのが目的です。だから、すぐには殺さない」


「そんなの、お前の妄想だろう!!」


 セレスティナが声を張り上げた。

 その勢いに周囲の食器がかたんと鳴る。


「セレちゃん!気持ちはわかるけど落ち着いて!」


 フィリアが慌てて割って入った。


「それに弟の――リアラ君は切れ者!でしょ!?きっと何とか踏ん張ってるって!」


「くそおおお……!」


 セレスティナは悔しそうに頬を膨らませた。

 この人はフィリアには少し弱いのかもしれない。


「だから――作戦は必要です」


 俺は改めて言う。


「もちろん、いつまでも考えているわけじゃない。“最低限”の作戦を立てて向かいましょう」


「おっけーソック!じゃ、考えよう!おー!」


 フィリアが元気よく拳を突き上げる。

 ……こいつはちょっと軽すぎるんだよな。


 そう思いつつも、意外とこのくらいの空気感のほうが、セレスティナとのバランスは取れるのかもしれないとも思った。

 ――その時だった。


「ダリア様!!フィリアお嬢様!!」


 再び大きな声が響いた。

 今度は、ミズル領の兵士の一人だった。


「なによぉ!?」


 フィリアがびくっと肩を震わせる。

 兵士は息を切らしながら叫んだ。


「全世界に通達されました!ニルキス国の国王陛下とエレーナ様の処刑の日程が!」


 その場の空気が凍る。


「……いつだ」


 ダリアが低い声で問う。


「明日から2週間後とのことです!」


「っ……!」


 ダリアが目を見開いた。

 フィリアも息を呑み、セレスティナは顔を青ざめさせる。

 思ったより猶予がない。

 俺は歯噛みした。


「ダリア卿」


 俺はまっすぐダリアを見る。


「僕はフィリアとセレスティナさんと共に、今からニルキス国へ向かいます」


 そしてはっきり告げた。


「目的は――セレスティナさんの弟であるリアラさんの救出。そして、エレーナ姫殿下と国王陛下の救出です」


「私からもお願いだ!」


 セレスティナが頭を下げる。


「どうか……力を貸してほしい!」


 ダリアは静かに目を閉じた。

 しばらくして、大きく息を吐く。


「ああ、わかった」


 低く、だが力強い声だった。


「娘を危険な目に遭わせたくはない。だが、ソック殿にはミズル領の危機を救ってもらったからな」


 そして苦笑する。


「それに――フィリアもやる気みたいだしな」


「うん、お父様」


 フィリアが真剣な顔でうなずく。


「きっとこれはすっごく大事なことだと思うの。待っててね、お父様」


 そしてぱっと笑った。


「今度こそ――ちゃんとした『祝勝会』に参加させていただきます!」


「はは……楽しみにしている」


 ダリアが優しく笑う。

 それから俺たちは屋敷の外へ出た。

 夜風が頬を撫でる。


 するとセレスティナがすぐ口を開いた。


「よし、フィリア。転移してくれ」


「あー……」


 フィリアが露骨に目を逸らした。


「……どうしたの?」


「ごめんね、セレちゃん。私、マーキング2つ使っちゃってるんだよね。この屋敷とミズル結界に」


 そして両手を合わせる。


「だからニルキス国には転移できない☆てへぺろ」


「なんじゃそりゃああ!!早く言えー!!」


 セレスティナの絶叫が夜空に響いた。


「じゃあ走って行くか!?私は構わん!」


「いや、さすがにそれは脳筋すぎます。飛行魔法で行くしか――」


「そんなところにひょっこり登場。アンナです」


 聞き覚えのある声が上空から降ってきた。

 次の瞬間、見覚えありまくりのメイドがものすごい速度で空から降下してきた。


 スカートの裾を片手で押さえながら、完璧な着地を決める。


「アンナ!!野暮用は終わったのか?」


「ええ、終わりましたよ」


 アンナはにこりと笑った。


「では、そこの方々も一緒に向かいましょうか」


 セレスティナが目を細める。


「お前の専属メイドか?なんだか凄まじい魔力を感じるが……何者なんだ?」


「まあ、そのへんは後で説明しますよ」


 俺は適当に流した。

 というか、説明しても多分信じない気がする。


「あと――転移できたとしても、いきなりニルキス国には行きませんから」


「なぜだ!」


 セレスティナが即座に食いつく。

 俺はため息混じりに言った。


「ずっと言ってる通り、“最低限”の作戦は必須だからです」


 そして俺は近くの森へ視線を向ける。


「というわけで、今日は野宿です」

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