感覚派の剣士
「では今回の司会はわたくしアンナです。資料を配布します」
アンナが指先を軽く掲げると、空中に淡い光が走った。
数ページほどの紙束が大精霊たちの人数分、ふわりと浮かび上がる。資料は意思を持つように宙を滑り、それぞれの大精霊のもとへと配布されていく。
「うわ、めんどくさそー」
テレサが机に突っ伏しながら受け取った。
大精霊会議では、毎回持ち回りで司会役が決まる。そして司会となった精霊は、会議の進行を担うだけではない。
『議題』を決定する権限を持つ。
ゆえに、司会役が誰になるかで毎回会議の空気は大きく変わるのだった。
アンナは資料へ目を落としながら話す。
「今回の議題は――大国ラウナホールについてです」
空気がわずかに変わった。
「王女、ルカ・ラウナホールは世界の均衡を破滅させる存在だと、私は危惧しております」
「クロノス様の権能を奪ったやつか。ぜひ戦ってみたいな」
マーズが愉快そうに肩を震わせたが、アンナは無視して話を続けた。
「そして、つい最近ミッドライト学園で事件が発生しました。ニルキス国の王女、エレーナ様が誘拐されたのです。ニルキス国の改革派によるものとされていますが、実際に裏で糸を引いていたのはラウナホール国です」
アンナの声がわずかに沈む。
「おそらくエレーナ様と国王陛下は『近いうち』に処刑されるでしょう。ラウナホール国は、この処刑によってニルキス国を手に入れ、さらに周辺国へ侵攻するのではないかと考えます」
資料の1枚がふわりとめくれた。
地図と各国の勢力図。
「今まさに、国家間の均衡が崩れようとしているのです」
「ニルキス国が潰れたくらいでそんなになるぅ……??たかが一国の小さな国でしょぉ」
テレサがだるそうに椅子へもたれかけながら気の抜けた声で質問する。
アンナは資料の1枚を指先で示し、冷静に返す。
そこには各国を結ぶ交易路が描かれている。
「ニルキス国は小国とはいえ、周辺国家との交易や資源の流通を担っています。さらに貴重な鉱山を多数持っています。影響は大きいでしょう」
「まあ、言わんとしてることはわかるけどさ」
ラースが頬杖をつきながら口を開く。
「で?アンナはどうしたいわけ?」
アンナは迷いなく答えた。
「大精霊全員で、ルカ・ラウナホールを抹殺しに行くべきだと思います。あの女は危険です」
しん、と空間が静まり返った。
「……あのぉ、アンナちゃん?」
アリアが困ったように笑う。
「それはさすがに強引すぎない?」
「アホくさ」
テレサが即答した。
「そんな面倒なことやってられっかよ。私、家に引きこもってるから。私以外でよろしくー」
「たかが人間1人ごときに、この俺が出る幕はない」
ウィルが髪をかき上げながら鼻で笑う。
ラースもため息交じりに言った。
「アンナ。私たちが世界のルールに縛られてること、忘れてないわよね?」
ラースの目が細まる。
「規約違反よ、それは」
「我一人で行くなら構わんけどな!」
マーズだけは妙に乗り気だった。
「……ですが、このままでは――」
アンナが言いかけた、その時だった。
「駄目よぉ、アンナ」
クロノスが重い口を開いた。
白い光球が、静かに明滅する。
「ラースの言う通り。それはルールに反するわぁ」
「それにね、私たちはこの精霊神殿でしか『全力』を出せないの。だから下界では全員で束になったとしても、ルカには勝てないかもしれないわぁ」
アンナが目を見開くもクロノスは続けた。
「けどねぇ――あの子はあの子で、とっても強力な『ルール』に縛られているの」
白い光がゆっくり揺れる。
「うかつには力を使えない。だからこそぉ……彼女は舞台が整う条件を待ち続けている」
「条件とは……?」
「さあ?わからないわぁ。でも、ニルキス国の占領も、ほんの序章にしか過ぎないと思うの」
その場の空気が重くなる。
「私が消滅しなかったのもねぇ――あの子は、今はまだ大精霊を殺せないのよぉ。それをすると『ルール』に逆らうことになるから」
クロノスはくすりと笑った。
「ま、あとは本人のみぞ知るってやつね」
アンナは唇を噛む。
クロノスは静かに続けた。
「あの子と対峙した私にはわかるのよ。あの子には、揺るがぬ意志と、狂気じみた執念がある。私たち精霊にはないものがねぇ。あの子を止められるのは――人間だけよ」
その声は、どこか寂しげだった。
アンナがはっと顔を上げる。
その顔を見て、クロノスは意味深に笑った。
「いるんでしょ?アンナ。あなたが信頼できる人間が」
「……」
「あなた、明るくなったもんねぇ」
「はい……いますが……」
アンナは少しだけ視線を逸らした。
するとクロノスは優しく言う。
「だったら、その人についていくことだわぁ」
白い光球がゆっくり揺れる。
「ニルキス国の件はアンナに任せる。その人を支えることしかできないでしょうけどねぇ」
アンナは静かにうなずいた。
「……かしこまりました。クロノス様」
そして資料を閉じる。
「私の議題は以上です。他の皆様は何かありますか?」
その後の会議は、もはや雑談だった。
テレサは新作の『ゲーム』について語り始め、アリアは最近開発した紅茶について熱弁した。
ウィルはモテる髪型を語り、マーズは鎧について延々と話し始める。
アンナはそれを聞きながら、心底どうでもいいと思っていた。
(危機感ないな……こいつら)
一方で、ラースだけは何かを考え込んでいる様子だった。
だが結局。
「今回は私は議題ないわー」
そう言って話を流した。
アンナは深くため息をつく。
「はぁ……。では、時間ですので大精霊会議は終了にします」
大精霊たちが立ち上がり始める。
アンナは最後に、声をいつもより張り上げて言った。
「皆さん。ニルキス国の件、私は勝手に動きますから。すぐにソック様のところへ向かいます」
「ソック君に、私が応援してるって伝えといてぇ」
ラースが軽く手を振る。
「アンナ頑張れー」
テレサがだるそうに言う。
「アンナがそこまで肩入れするソック君、ぜひお会いしたいわ」
アリアが微笑んだ。
「いつか手合わせ願いたい」
マーズはニヤリと笑う。
「ふん。俺のカッコよさには及ばないだろう、そいつは」
ウィルが前髪をかき上げた。
そして最後に、クロノスが静かに告げる。
「アンナ。これだけは肝に銘じてぇ」
白い光球がゆっくり揺れた。
「ルカ・ラウナホールと正面から戦うのは、今はやめなさい」
その声は真剣だった。
「気を付けるのよ。じゃ、みんな解散。私はこの精霊神殿に残るけどねぇ」
「……わかってますよ」
アンナは小さく頭を下げる。
大きな扉へ向かって歩き出す。
――こうしてアンナは、再びソックのもとへ向かうのであった。
一方その頃、ミズル領の屋敷では。
俺、フィリア、ダリア、ルドの4人が、兵士たちと共に食堂で祝勝会を開いていた。
長テーブルには豪華な肉料理が並べられている。
焼き立ての肉から立ち昇る香ばしい匂い。
こんがり焼けた骨付き肉に、肉汁あふれるステーキ。
酒まで振る舞われており、すでに酔っ払っている兵士もちらほら見えた。
「えへへ、おいしいでしょ?」
フィリアが得意げに笑う。
口元にはソースが少しついていた。
「ああ、めちゃくちゃおいしい」
俺はお世辞抜きで答える。
肉は柔らかく、噛むたびに旨味が広がる。
香辛料の使い方も絶妙だ。
ブライド領ではまず食べられない味だ。
「でしょー!ミズル領の料理は最高なんだから!」
フィリアは胸を張った。
その横ではルドが酒を片手に兵士たちと盛り上がっている。
ダリアは静かに紅茶を飲みながら、その様子を眺めていた。
俺は次のステーキへ手を伸ばす。
――その時だった。
バンッ!!
勢いよく扉が開いた。
「フィリア・ミズルはいるか!?」
少女の大声が食堂に響き渡り、場の視線が一斉に入口へ向く。
そこに立っていたのは――。
「お、来た!」
フィリアがぱっと表情を明るくする。
「ソック!彼女がセレスティナよ!」
金髪碧眼で、整った顔立ちの美しい少女だった。
だが、可憐というより――騎士。
そんな言葉が似合う。
すらりとした体型だが細いだけではない。
無駄のない筋肉と、研ぎ澄まされた空気をまとっている。
腰には年季の入った剣。
セレスティナはフィリアを見るなり早口で言う。
「フィリア、急いでついてきてほしい。転移が必要で――」
そして途中で俺を見た。
「ん?」
鋭い青い瞳が細まる。
「おまえは……たしか魔剣大会で勝ち残ってたな」
「ソック・ブライドです」
俺は短く名乗る。
するとセレスティナはじろじろとこちらを見て、
「なんか……軟弱そうなやつだな」
はっきり言った。フィリアが「あちゃー」という顔をする。
なんとなくだが、この瞬間に俺は思ったのだ。
――この人は『感覚派』だ。
理屈よりも、本能や直感を優先する。
そしておそらく、俺が一番苦手なタイプの人間だと。




