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大精霊会議

 ――時は少しさかのぼる。

 ここは遥か上空。


 雲海すら眼下に見下ろす、高度8000メートル付近。並の人間では、絶対に辿り着けない領域だった。

 冷たい暴風が吹き荒れるその空域を、1人のメイドが悠然と飛行している。

 茶髪を風になびかせながら、面倒そうにため息をついた。


「相変わらず……行くのがめんどくさい場所にありますね」


 土の大精霊アーセラ。――否。

 ソック・ブライド専属メイド、アンナである。


 アンナが向かっている場所は遥か上空に存在する聖域、『精霊神殿』。


 この世界のあらゆる精霊が生まれ、そして暮らしている場所だ。

 その空間は特殊な領域に存在しており、通常の転移魔法では干渉できない。

 人間はもちろん、大抵の存在は入口すら認識できない。


 そして当然――精霊しか入ることは許されていなかった。


「さて、と」


 アンナは前方へ手を伸ばす。

 すると何もなかった空間が、水面のように揺らいだ。


 隠蔽魔法。

 普段は完全に不可視化されている空間である。

 アンナはその歪みに身体を滑り込ませた。


 次の瞬間、世界が変わる。

 轟々と流れ落ちる巨大な滝。

 果てしなく広がる森林に透き通るような空気。

 そしてその中心に存在する、神々しい巨大建造物。


 白亜の柱が立ち並び、空へ突き刺さるように尖塔が伸びるその建物こそ――精霊神殿だった。


「相変わらず無駄に壮大ですね」


 アンナは気だるげに呟きながら、神殿へ歩みを進める。

 巨大な扉がひとりでに開いた。

 神殿内部へ足を踏み入れた瞬間――


「おかえりなさいませ。大精霊様」


 一斉に声が響いた。


 そこにいたのは『土の精霊』たち。

 小さな妖精のような姿の者もいれば、人型に近い姿の者もいる。

 彼らはアンナを見るなり、深々と頭を下げた。


「あなたたちも下界に出ればいいのに。人間は本当に面白いですよ?」


 アンナが肩をすくめる。

 すると年長らしき精霊が静かに答えた。


「我々には、この地を見守る義務があります」


 精霊の使命、それは『世界の均衡』を保つこと。

 精霊神殿を維持し、守護することもまた、その役目の1つだった。


 大精霊ともなれば比較的自由に行動できる。

 だが、その根幹にある使命からは逃れられない。


 そして――

 その使命を果たすために定期的に行われるもの。

 アンナは露骨に顔をしかめた。


「くそめんどくさい『大精霊会議』ですね」


 その時だった。


「あ、アーセラぁ……!」


 聞き覚えのある間延びした声。


 アンナが視線を向ける。

 そこには、水色の小さな精霊がふわふわと浮かんでいた。


「あなたは……みーちゃん?エレーナ姫殿下の契約精霊では?なぜここに?」


 周囲の土の精霊たちがざわつく。


「ここは土の精霊の管轄区域だぞ」

「なぜ水の精霊が出しゃばる」

「不敬だ――」


「お黙りなさい」


 アンナが冷たく言い放つ。

 一瞬で場が静まり返った。


 みーちゃんは今にも泣きそうな顔でアンナへ飛びついた。


「アーセラぁ……!大変なの……!」


「落ち着きなさい」


「エレーナに近づけないの。助けようとしても、『契約の縛り』みたいなのがかかっててぇ……はじかれちゃうの……!」


「……!」


 アンナの表情が変わる。

 契約精霊を強制的に遮断する干渉。

 そんな芸当ができる存在など限られている。


「……誰かが精霊契約を阻害している」


 アンナは目を細めた。


「こんな真似ができるのは――あの女ですか」


 静かな怒気が滲む。

 みーちゃんは不安そうにアンナを見上げた。


「エレーナ……だいじょうぶかなぁ……」


 アンナはそっと頭を撫でる。


「大丈夫です」


 優しく、しかし力強かった。


「ソック様とともに、必ず救出します」


 みーちゃんの瞳が揺れる。


「だから――辛いでしょうけど、待っていてください」


「……うん」


 アンナはゆっくり立ち上がった。


「ちょうどいいです。この件も『大精霊会議』で議題にしましょう」


 そう告げると、アンナは神殿の奥へ向かって歩き出す。

 大精霊会議。

 数百年に一度。


 世界中の大精霊たちがこの精霊神殿へ集い、『世界の均衡』について話し合う場である。


 アンナは長い廊下を進み、1つの大扉の前へ辿り着いた。


 扉を開くとそこには広大な空間が広がっていた。

 そこには、年季の入った巨大な円卓。

 頭上には広大なシャンデリア。

 豪奢という言葉すら生ぬるい、圧倒的な空間が広がっていた。


「アーセラ、来たか!」


 声をかけてきたのは、全身を重厚な甲冑で包んだ男。

 火の大精霊マーズ。

 騎士に擬態しているらしいが、もはや甲冑の方が本体ではないかと噂されている存在だ。


「その名で呼ぶな。今はアンナと呼びなさいと全員に通達したはずですが?」


「悪いな! まだ慣れてなくてな!」


 豪快に笑うマーズ。

 その隣では、銀髪のエルフがへらへら笑っていた。


「おーう。アンナちゃん、学園で会った時以来ね」


 光の大精霊ラース、ミッドライト学園理事長。

 軽薄そうな笑みを浮かべているが、その瞳だけは油断なく周囲を観察している。

 アンナはじろりと睨んだ。


「さすがの女狐も、この会議には来るんですね」


「あたりまえじゃない。これは使命だもの」


 ラースが肩をすくめる。


「ラースだって真面目な時は真面目なのよー」


 その時、間の抜けた声が響いた。


「あー……帰りたいぃ……。ずっと引きこもってたい……おいしいもの食べたいぃ……」


 うさ耳付きフードを被った少女に擬態した精霊は闇の大精霊テレサ。

 だらしなく椅子に突っ伏している姿は、完全にダメ人間だった。


「相変わらずですね、テレサ」


「だってめんどいんだもん……」


「まあまあ。皆さん、落ち着いてー。ゆっくり紅茶でも飲まない?」


 柔らかな声。

 青い長髪を腰の下まで伸ばした美女が微笑む。

 水の大精霊アリア。


 透き通るような白い肌と穏やかな雰囲気は、水そのものを思わせた。


「ふん。とにかくさっさと終わらせろ」


 ぶっきらぼうに呟いたのは、緑髪の男。

 風の大精霊ウィル。

 無駄に整った服装と髪型をしており、妙にスタイリッシュさへこだわっている。


「それで――」


 ラースが辺りを見回した。


「時の大精霊、クロノス様はまだお見えになっていないのかしら?」


 その瞬間だった。

 部屋の中央の巨大な円卓の上に、ふわりと白い光球が現れる。


「――っ!?」


 アンナは思わず目を細めた。

 白い光球から、どこか気の抜けた声が響く。


「あたしはここだよぉー」


「!!」


 場の空気が一変した。

 ラースの笑みが消え、アリアも驚いたように目を見開いた。


(……あまりにも弱い)


 アンナは眉をひそめた。

 白い光球から感じる魔力が、異常なほど弱々しかったのだ。

 本来、『時の大精霊クロノス』といえば大精霊たちの頂点であり束ねる存在。


 だというのに――

 目の前の光球から感じる魔力は、下級精霊と大差ないほどにまで落ち込んでいた。


「ま、まさか……!」


 アリアが青ざめる。


「擬態すら維持できないほど弱ってらっしゃるのですか!?」


 クロノスは気だるげに答えた。


「そーなのよぉ……」


 白い光球がふよふよ揺れる。


「奪われたのよぉー。ルカ・ラウナホールに。あたしのほとんどの『権能』が」


 沈黙。

 そして次の瞬間。


「――はぁ!?まさか、人間ごときに!?」


 ウィルが椅子を蹴る勢いで立ち上がった。

 風が爆ぜる。


「ありえない!!」


「落ち着きなさい、ウィル」


 アリアがなだめる。だが、無理もない。

 大精霊の権能は世界法則そのものに干渉する力だ。

 人間が触れられる領域ではない。

 ましてや、その頂点『時』の権能ともなれば別格。

 それを奪うなど、本来ありえない。


「へぇ……」


 ラースだけは、どこか満更でもなさそうに笑っていた。


「これで結界の機能の実行が『遅れていた』理由は確定したわね。やるじゃない、ルカちゃん」


「笑い事ではありませんよ、ラース」


 アンナが冷たく睨む。

 だがラースは肩をすくめた。


「だって面白いじゃない。今まであった?こんなこと。1人の人間がここまで登りつめるなんてね」


「面白いで済む話ではないでしょう」


「まあまあ」


 クロノスが割って入る。

 白い光球がふわふわ揺れた。


「その話も会議でするわぁ……」


 いつもの気の抜けた口調。

 だが、その奥には確かな重みがあった。

 世界の均衡に関わる問題。


 それを全員が理解している。

 クロノスはふわりとアンナの方へ漂う。


「アーセラ――じゃなくて……アンナ。はじめちゃってちょーだい」


 アンナは小さくため息をつく。

 そして、こほんと咳払いした。

 視線を円卓へ向ける。


 火、水、風、土、光、闇。そして時。


 世界を司る大精霊たちが、一堂に会していた。

 アンナは静かに告げる。


「――それでは、はじめさせていただきます」


 空気が張り詰める。


「第50回、大精霊会議を」

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