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対ドラゴン結界

「は……はにーぽっと?なにそれ、おいしいの?」


 フィリアがぽかんとした顔で聞き返した。会議室の空気が一瞬だけ緩む。


「まあ、要するに――『囮』です」


 ハニーポット。

 サイバー攻撃者を誘い出すためにわざと脆弱性を持たせたシステムであり、罠である。

 俺はゆっくり続ける。


「だけど、ただの囮じゃありません」


 ダリアが眉をひそめた。


「というと?」


「注意を引き付けるだけじゃなく、弱点を暴き出します」


 そう言って、俺は立ち上がった。


「取り急ぎ準備に取り掛かりましょう。まずは結界へ」


「わかりました。全員で向かいましょうか?」


「いえ」


 俺は首を横に振る。


「フィリア嬢とダリア卿、それから――ミズル結界の管理者がいるなら、その人だけで十分です」


「了解しました。兵士たちは後で向かわせましょう」


「その必要はありません」


 会議室がざわついた。


「少人数でドラゴンを迎撃します」


「そ……それはいくらなんでも無謀では?」


 兵士の1人が思わず声を上げる。


「逆です。人数が多いほど、ドラゴンにとっては格好の的になります。もしもの時は、フィリア嬢に転移させてもらいます」


 俺が静かに答えると、ダリアは少し考え込み、やがてゆっくり頷いた。


「……わかりました。では私とフィリア、管理者のルドで向かいましょう」


 こうして、俺たちは少人数でミズル結界へ向かうことになった。


「――《テレポーテーション》!」


 視界が歪み、次の瞬間には俺たちは再びミズル結界の前へ立っていた。

 結界の周囲では激しい風が吹き荒れている。

 さきほどの戦闘跡も、まだ生々しく残っていた。


「まずは結界の強化からですね」


 俺は地面へ膝をつき、魔力を集中させる。

 青白い光が掌へ収束していく。

 ――魔石生成。

 生成過程そのものは、すでに何度も繰り返してきた。

 だが、以前と違う点がある。


「……4つの魔石?しかも魔力の流れが綺麗」


 フィリアが目を丸くする。


 俺の前には、4つの魔石が生成されていた。

 以前なら2つが限界だったが、魔力制御の訓練を積み重ねた結果、同時生成数を増やせるようになっていた。


 そして指紋認証式の術式を追加する。

 淡い光が走り、魔石に術式が刻まれる。


「フィリア、ちょっと指を貸してもらっていい?指紋認証する」


「し、しもん……?なんなのもう……」


 フィリアは困惑しながらも、人差し指を差し出してくる。

 俺はその指を結界へ軽く触れさせると術式が淡く発光した。


「な、なにしたの!?」


「簡単に言うと、現時点でフィリア以外は触れなくした」


「えっ、なにそれすごい!」


 フィリアは興味津々な様子で、もう一度ぺたぺたと結界へ触れる。

 何度か人差し指で触るたびに淡い光が返ってくる。


「わ、反応した!なんか面白い!」


「そこ気に入るんだね……」


 俺は思わず苦笑した。


 その後、ルドとダリアも追加で認証するとともに生成した魔石4つをミズル結界へ組み込む。

 瞬間――結界全体の光量が増した。

 ブゥン、と低い振動音が響く。

 空間そのものが安定化していく感覚。


「こ、これは……!」


 ルドが息を呑む。


「結界出力が急激に上昇している……!?しかも魔力循環まで安定しているだと……!」


「これで基礎強化は完了です」


 俺はゆっくり立ち上がった。


「ですが今回の『対ドラゴン結界』については、本命はここからです」


 そう言って、新たな術式構築へ入る。

 空中へ幾重もの魔法陣を展開し、様々な術式を組み込んでいく。

 重なり続ける高度な魔法構築に、ルドは完全に言葉を失っていた。


 作業開始からおよそ30分後。

 最後の術式を書き終えた瞬間、巨大な結界が脈動する。


「……よし」


 俺は小さく息を吐いた。


「準備できました。あとはドラゴンを待つだけです」


 重い沈黙が流れる。

 風だけが結界の周囲を吹き抜けていった。


 そして――。


「グォォォオオオオオオオオッ!!!」


 轟音とともに空気が震えた。

 上空から巨大な影が急降下してくる。


「来た……!」


 フィリアが息を呑む。


 最初の襲撃時より、様子が明らかに違っていた。

 ドラゴンの瞳は血走り、全身の魔力が荒れ狂っている。

 魔力の防護膜も以前よりさらに濃い。

 周囲の空間を振動させるほどの圧力だった。


「えらく興奮しているな……」


 ダリアが剣を構える。

 ドラゴンは咆哮を上げ、そのまま結界へ突撃しようとした。


 その瞬間、俺は静かに呟く。


「――ハニーポット起動」


 ブゥン――。


 結界の一部が変形した。

 そこから現れたのは、1つの巨大な半透明の立方体。

 その中心には、1つの魔石が浮かんでいる。

 立方体はドローンのようにドラゴンの周囲を飛行した。


「グォォ……!!」


 ドラゴンの動きが止まる。


 視線が完全に立方体へ釘付けになっていた。

 中心にある魔石は通常とは異なる。

 内部へ高密度の魔力が圧縮され、循環しきれないほどの膨大な魔力が漏れ出している。

 まるで、意図的に“欠陥”を持たせた――ドラゴン用の囮の魔石。


 それはドラゴンにとって、理性を吹き飛ばすほどの極上の『餌』だった。


 ドォォン!!


 轟音が響き、ドラゴンが立方体へ襲い掛かる。

 凄まじい衝撃とともに結界立方体へ亀裂が走る。


「ソック殿!破壊されそうですが!?」


 ダリアが叫ぶ。


「ええ。それで問題ありません」


 俺は冷静に答えた。


「この囮の役目は、ドラゴンの注意を引き付けること――ですが、本命は別にあります」


「別?」


 ダリアが眉をひそめる。

 ドラゴンの爪撃がさらに立方体を叩いた。

 亀裂が広がり、内部の魔石が激しく明滅する。


「攻撃を受けるたびに、ドラゴンの肉体に流れている魔力の偏りを読み取っているんです」


「魔力の偏り……?」


「ええ。ドラゴンは無意識に、急所を守るよう魔力を巡らせる」


「逆に言えば――魔力の流れを追えば、致命部位も見えてくる」


 ダリアが息を呑む。


「さらに、もう1つ」


 俺は静かに続けた。


「ドラゴン自身も気づかないまま、防護膜の魔力を吸収されています」


「なっ……!?」


(……まあ、皮肉にもルカのあの霧からヒントを得たんだけどな)


 興奮状態で目の前には極上の餌。

 だから、ドラゴンは気づかない。

 自分の魔力防護膜が、攻撃のたびに少しずつ削られていることに。


 バリンッ!!


 ついに立方体が砕け散った。

 中の魔石が露出する。


「グォォォオオオッ!!」


 ドラゴンが大口を開き、飛びついた。

 ――その瞬間。


「今だ」


 結界から大量の防護魔術が展開された。


 ドドドドドドドドッ!!

 魔力攻撃がドラゴンへ叩き込まれる。


「ギャアアアアアアアッ!!」


 絶叫とともにドラゴンの巨体が大きくのけ反った。


「す、すごい……!」


 フィリアが目を見開く。


「ドラゴンにダメージが入ってる……!」


 魔力防護膜は、すでにほとんど剥がれていた。

 俺はフィリアを見る。


「フィリア――ドラゴンの真上まで僕を転移させてくれ」


「わ、わかった……! けど何するの!?」


「とどめを刺す」


 俺はドラゴンのうなじを見据えた。


「さっきの囮が解析してくれた。あのドラゴンの弱点は――うなじだって」


 フィリアが息を呑み、魔力を込める。


「――《テレポーテーション》!!」


 次の瞬間、俺はドラゴンの真上へ転移していた。

 俺は続けて詠唱する。


「――《フライ》」


 空中停止。眼下では、暴れるドラゴンが咆哮を上げている。

 俺は静かに右手をかざした。


「――《拘束結界》」


 魔力防護膜を失ったドラゴンの手足を囲うように結界が展開される。


「ギャアアッ!?」


 ドラゴンの動きを止め、俺は魔力を集中させた。

 空中へ巨大な土槍が形成される。

 狙いはただ1つ。


「悪く思うな――《アーススパイク》!」


 轟ッ!!

 放たれた土槍が、一直線にドラゴンのうなじへ突き刺さる。


 ズドォォォォンッ!!


 大地が揺れた。

 ドラゴンの瞳から光が消え、巨体がそのまま崩れ落ちた。


 静寂、そして次の瞬間――。


「おおおおっ!!ドラゴンをついに倒した......!ミズル結界が守られた!」

「こ......こんなことが!苦しみから解放された!」


 ダリアとルドが興奮して叫ぶ。


「すごいよソック!本当に勝っちゃうなんて!」


 ものすごい勢いでフィリアは俺の手を握る。


「フィリアの転移のおかげでもあるよ。助かった」


「えへへ......」


 ダリアは大きく息を吐き、こちらへ歩み寄ってくる。


「ソック殿。本当に感謝する……! 今夜は討伐を祝った祝勝会だ! ぜひお越しいただきたい!」


 その隣で、フィリアも期待したような目を向けてくる。


「……申し訳ありません」


 俺は静かに首を振った。


「僕には、やらなければならないことがあります。フィリアとともに、すぐここを出発したいです」


「なに……?」


 ダリアが目を細める。


「事情はあとで説明します」


 そう告げると、フィリアが不思議そうに俺を見上げた。


「……『仲間』のことだよね?」


「!!」


 俺は思わずフィリアを見る。

 フィリアはどこか得意げに笑った。


「だったらさ。この後の祝勝会、参加した方がいいと思うよ?」


「どういうことだ。そんな暇は――」


「いるのよ」


 フィリアは人差し指を立てる。


「『強い人』。今夜、うちに来る予定になってるの」


「……強い人?」


 俺が聞き返すと、フィリアは得意げに笑った。


「ミッドライト学園2年生――」


 風が吹き抜ける。


「“閃剣”の異名を持つ、セレスティナがね」

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