新たな仲間
次元結界が解除され、空間のひずみが消えた。
俺はその場に立ち尽くしていた。ルカの言葉が耳の奥にこびりつく。
「……っ」
拳を強く握りしめた、その時だった。
「ご無事ですか?」
振り返ると、アンナがこちらを見つめていた。
珍しく、その瞳にははっきりとした不安が浮かんでいる。
「……ああ。問題ない」
短く答える。
アンナは一歩近づき、俺の様子を確かめるように視線を走らせた。
「ルカ姫殿下と何をお話しに?」
少しだけ間を置く。
どこまで話すべきか、一瞬迷った。
(前世の妹であることは伏せておこう)
「……ルカが、裏で糸を引いている黒幕だった」
低く告げる。
アンナの表情が、わずかに強張る。
「……やはり、そうでしたか」
「だが、証拠はもう消された。うかつには動けない」
アンナは小さく息を吐いた。
「……あの女、やはり危険ですね」
そして、いつもの調子に戻るように軽く頭を下げる。
「取り急ぎ、今はお休みください」
「……そうだな」
それ以上、言葉は続かなかった。
翌朝、目を覚ますと見慣れた寮の天井が視界に入った。
「……もう朝か」
ゆっくりと身を起こす。
その時、机の上に小さな手紙が置かれていることに気付いた。
手に取って読んでみる。
見慣れた几帳面な字。
『野暮用があるので、少し出かけます。なるべく早く戻ります。専属メイドアンナより』
紙を指でなぞる。
野暮用、か。
「……大精霊絡みか?まあいい」
小さく呟くが、確証はない。
手紙を机に戻す。
帰ってきたら、聞けばいい。
――それよりも。
「……ルカ」
ルカの顔が、脳裏に浮かぶ。
今後は、常にルカの動きを警戒しながら動く必要がある。
だが――
「……あいつは、ラウナホールの王女だ」
大国の王女。
立場上、不用意に動いて目立つような真似はしないはずだ。
「当面は……自分から大きく動くことはない、か。楽観的かもしれないが」
そう考えるしかない。
とにかく今、優先すべきは――。
「……エレーナの救出だ」
はっきりと口にする。
ニルキス国に乗り込む。
アンナと2人でも、不可能ではないかもしれないがリスクが高すぎる。
そして学園は正式には動けない。
ならば。
「非公式に、仲間を集めるしかない」
俺は小さく呟く。
エレーナと国王の処遇がどうなるのかも気がかりだ。
いつ発表されてもおかしくない。
「……時間は、あまりないな」
焦りを押し殺す。
着々と準備を進めるしかない。
「誰を引き入れるのがいいだろうか……」
自然と、1人の顔が浮かぶ。
「……グリムベルがいれば、だいぶ心強いな」
そう思い、寮や訓練場、中庭ーー学園中の様々な場所を巡ってみたが。
「……いない?」
どこにも姿が見当たらない。
魔力探知にも、反応がない。
「どこに行った……?」
俺は足早に理事長室へ向かうことにした。
「……はぁ。私も忙しいんだけど」
扉を開けるなり、ラースが露骨にため息をついた。
「そんな軽々しく訪ねてこないでほしいわね」
「結界改修、頑張りましたよね?少しくらい大目に見てもらってもいいのでは?」
肩をすくめる。
「……まあ、それはそうだけど」
ラースは腕を組み、ちらりとこちらを見る。
「で、何の用かしら?」
「グリムベル殿下はどこにいらっしゃるか知りませんか?」
そう聞くと、ラースはあっさりと答えた。
「彼なら自国に帰ったわよ」
ラースは淡々と続ける。
「今回のニルキス国の件、他国もかなり注目してるの。何が起きてもおかしくない、危険な状態よ」
「だから、ダバナ王国の第二王子としての責務を果たしに行ったわ」
「……そうですか」
考えてみれば当然のことだ。それに至らなかった自分を恥じる。
だがーーグリムベルを仲間にできないのは、正直痛い。
「ちなみにそれだけ?」
ラースが視線を向けてくる。
「ああ……いや」
一瞬、ルカのことが頭をよぎる。
だが、口を開こうとした瞬間。
「やめておきなさい」
ぴたりと制された。
「……仮に今回の襲撃犯の黒幕がルカちゃんだとしても、結局もう証拠がない」
鋭い視線が向けられる。
「相手は大国ラウナホールの王女よ。下手に動けば、学園全体が危険にさらされる」
「……分かってます」
短く返す。確かに、今は動けない。
それに――なんとなく、見られてる気がする。
「賢明ね」
ラースは小さく頷いた。
「その話は、ここまでにしておきなさい」
「そうですね」
俺は理事長室を後にする。
「……仲間、か」
廊下を歩きながら呟く。
もっと学園の人脈を広げておけばよかった。
「魔剣大会前の訓練に、ダンスパーティーの練習……」
忙しかったのは事実だが。
「……言い訳だな」
小さく苦笑する。
こういうのは――前世から苦手だった。
「……さて、どうするか」
立ち止まり、天井を見上げる。
考えがまとまらない。
「……とりあえず、散歩でもするか」
俺は学園の中庭を、考え込みながら歩いていた。
整えられた芝生の上を、ゆっくりと進む。
――仲間。
その言葉が、頭の中で何度も反響する。
「……」
視線を落としたまま歩いていた、その時だった。
庭に咲いている花を、じっとかがんで見つめている女子生徒が目に入った。
淡い色の花弁に手を伸ばし、どこかぼんやりとしていた。
「――っ」
気付くのが遅れた。
このままではぶつかる。
咄嗟に足を止めるが、距離が近い。
「あ……すみません」
慌てて身を引く。
すると――
「いえ、こちらこそ、気付かずに申し訳ありません。あ、ハンカチ――落ちましたよ」
そう言って、その女子生徒は振り返り、ハンカチを差し出してきた。
華奢な体つきに、柔らかな栗色の髪。
身長は俺と同じくらいだろうか。
その瞳には、妙に活力があった。
「ありがとうございます」
俺はかがんで受け取る。
「どういたしまし……て!?」
翡翠色の瞳は驚いたように大きく見開かれていた。
「ソック・ブライド卿!」
「はい、そうですが……」
少し戸惑いながら答える。
「魔剣大会、見てました!ほんとにすごかったです!感動しました!お、おおお教えてほしいです!!結界魔法!!!」
一気にまくしたててくる。
「……」
すごい早口だな。
「その、すみません。あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
「私はフィリア・ミズルと申します!ソック卿と同じラウナホール国の者です!そして同じ辺境伯の出身でーーミズル領ってところです!」
「……同じ辺境伯?」
思わず聞き返す。
この学園に、同じ立場の人間がいたとは。
「実力で入ったってことか……?」
小さく呟く。
「もしかして同学年?」
「ですね……っと、敬語はやめますか。身分も同じだし。違うクラスだけど、同じ1年生!」
「そっか」
軽く頷く。
「ちなみに、なんで結界魔法を知りたいんだ?」
そう聞くと、フィリアは少し表情を引き締めた。
「私の家も領主として『ミズル結界』の管理を任されてるの」
「……結界の管理か」
「ただね、ミズル結界の維持って中々大変で……天然魔石だけだと、どうしても補充が追いつかなくて……」
「なるほど」
天然魔石の魔力枯渇問題は、どこも同じか。
「でも、一番の問題は」
フィリアは、ぐっと拳を握った。
「『ドラゴン』なの」
「……ドラゴン!?」
思わず声が出る。
「うん。ミズル領のすぐ近くに、モロ山脈っていう大山脈があってね。そこに10年くらい前から『アース・ドラゴン』が棲みついてるの」
フィリアは静かに語る。
「普段は山頂付近にいるんだけど、たまに降りてきて襲ってくるの。そのたびに結界は破壊されて……」
フィリアの表情が、少し曇る。
「前に一度、お父様が討伐隊を編成して30人以上で討伐に向かったことがあったの。でも――半分以上戻ってこなかった」
空気が、一気に重くなる。
「私たちが必死に追い返すんだけどね……領民が、食い殺されたこともあったのよ」
「……」
言葉が詰まる。
「だから――私も結界魔法を鍛えて、ドラゴンに壊されないようにしたいの」
真っ直ぐな瞳だった。
「……なるほどな」
対ドラゴン用の結界。
確かに、興味はある。
ルグニカ大森林にはドラゴンはいなかったので未知の領域だ。
それに――
(……協力すれば、こいつも)
頭の中で、可能性が繋がる。
エレーナ救出の戦力として。
そして何よりーー
(……ドラゴンくらい倒せなきゃ、あいつには勝てない)
ルカの顔がよぎる。
「フィリア。僕もミズル領に行って、結界の改善を手伝うよ。ドラゴンの件も気になるし、それに結界魔法の術式も教える」
「ほんと!?」
ぱっと顔を明るくする。
「ありがとう、助かる!!」
「ただし――」
一歩踏み込む。
「僕にも協力してほしいことがある」
「何?」
「……エレーナ姫殿下の件だ」
俺はエレーナが誘拐された件とニルキス国に潜入して救出したい件をまとめて伝えた。
「――というわけで、ニルキス国に一緒に潜入してほしい。決行日は声明が発表されてから決める」
フィリアは一瞬だけ考え、すぐに頷いた。
「わかった、手伝う!」
そして、にっと笑う。
「潜入かあ……なんだかワクワクするかも!」
「……遊びじゃないんだが」
思わず眉をひそめる。
少し不安になるな、これは。
「とりあえず、ミズル領の結界問題を解決しよう。僕としては、声明がいつ発表されてもおかしくない状況だから、早めに片づけたい」
「んー」
フィリアは軽く顎に指を当て――
「じゃあ、今から行こうか」
「……は?」
思わず聞き返す。
「どうやって?飛行魔法か?」
「んーん。私、得意なの」
にやりと笑う。
「『転移魔法』」
「……まじか」
フィリアは小さく唱える。
「《テレポーテーション》」
空間が、歪む。
視界が一瞬で白く染まり、気付いた時には見知らぬ屋敷の一室の中にいた。
「……」
一拍遅れて現実を認識する。
「すごいな、フィリア。学園からここって……辺境だからかなり距離あるだろ。座標の特定とかはどうしてるんだ?」
「座標のマーキングさえしておけば、基本どこからでも転移できるのよ」
あっさりと言う。
「マーキングは2つまでしかできないけどね。まあ、半径100メートルくらいならマーキングなしでも転移できるけど」
「……」
とんでもないな。
辺境伯でありながら、この学園にいる理由が分かった気がする。
「でもね」
フィリアは肩をすくめた。
「他の魔法は全然ダメよ。私の適正属性は火と水なんだけど、中級魔法もまともに使えないし。当然、結界魔法なんて全く使えないしね」
フィリアは苦笑混じりにそう付け加えた。
「十分どころじゃないだろ……」
「あははは……。まあ、立ち話もなんだし……まずは屋敷を案内するね!」
そう言って振り返ったフィリアは、どこか楽しそうだった。
そのまま俺の袖を軽く引く。
「それと、お父様にも相談してみる。ニルキス国のこととか、何か知ってるかもしれないし――」
その時だった。
バンッ!!
屋敷の扉が勢いよく開かれる。
「フィリアお嬢様ぁ!!」
飛び込んできたのは、メイド服を着た若い女性だった。
整った身なりからして、フィリア専属のメイドだろう。
だが、その表情は蒼白だった。
肩で息をしながら、悲鳴のように叫ぶ。
「た、大変です!! 『ドラゴン』が現れました!!」




