結界調査――内部犯の痕跡
「理事長、今は何時でしょうか。」
掠れた声で俺はラースに尋ねる。
「深夜1時よ。日付はもう変わってるわ」
ラースが静かに答えた。
かなりの時間が経過してしまったと痛感する。
本来であれば寮で夕食を食べてとっくに就寝している時間だが、意識がはっきりしている。
ーー胸の奥がざわつく。
「……学園はどうなりましたか? 黒フードの連中は? ——エレーナは無事なのでしょうか?」
俺はそのまま矢継ぎ早に問いを重ねる。
ラースは一瞬だけ目を伏せ、ゆっくりと口を開く。
「生徒は全員無事よ……エレーナちゃん以外は」
その言葉が、重く落ちた。
「そうですか……っ」
呼吸が詰まる。
「来客も全員避難完了して、すでに帰られているわ。闘技場等の施設もほとんど損壊はなくて無事よ」
ラースの声音は落ち着いているが、その奥にわずかな悲しみが滲んでいた。
「そして——黒フードの集団は捕らえたわ。この塔の地下に幽閉している。エレーナちゃんを攫った男は……取り逃がしてしまったけれど」
俺は歯を食いしばり、拳を強く握った。
ふと、エレーナとのダンスパーティーの練習や結界改修作業を思い出す。
爪が食い込む感覚すら今は気にならない。
「それと、襲撃してきた連中の素性も判明したわ」
ラースは視線を上げた。
「ニルキス国の改革派グループ――『双水』の構成員よ。これからさらに詳しい情報を聞き出すつもり」
「……ニルキス国」
俺は低く呟く。
「エレーナちゃんの件も含めて、学園側から正式に抗議と調査要請を送るわ。きっちり落とし前はつけてもらう」
その声音には、理事長としての強い意志が宿っていた。
俺はゆっくりと息を吐く。
「……申し訳ありません」
言葉が自然と出た。
「結界について偉そうに守ると言っておきながら……このザマです」
「いいえ、あなたのせいじゃないわ」
即座にラースが否定した。
「あなたが完成させてくれた学園結界は、きちんと動いていた」
俺は顔を上げた。
「……どういうことです?」
「あの霧が晴れた途端、すべて正常に機能し始めたの」
ラースは続ける。
「ものすごい速度で結界は修復されて、魔石の魔力も回復したわ。おそらく誰かが、魔石と結界核に干渉して――機能の実行を限りなく“遅く”していたのよ」
(『遅く』した?)
その言葉に強く引っかかった。ラースには心当たりはあるのだろうか。
「おそらくあれは『時』の――」
「ラース」
低い声で、アンナが制した。
「その話はやめましょう」
視線は静かだが、明確な意思があった。
「確証もまだありませんし、それは『我々』の問題でしょう」
ラースは一瞬だけ言葉を止め、やがて小さく頷く。
「……そうね」
そして俺へ向き直った。
「とにかく、結界の不具合ではないわ。あなたが気に病むことじゃない」
「……いや」
俺は首を振る。
「そうだとしても、攻撃に耐えきれずに敵の侵入を許したのは事実です」
俺は拳を強く握りしめて続ける。
「結界に対する“攻撃の痕跡”は、まだ残っているはずです。明日早々に調査させてください」
ラースがわずかに目を細めた。
「いいわ、認めましょう。私がめっちゃ頑張って作成した『バッジ』も突破されちゃったし」
「攻撃者と、攻撃手段を必ず暴き出します」
ラースは静かに頷いた。
「ただし」
一拍置いて続ける。
「とにかく今は休みなさい。魔力も、まだ完全に回復しているわけじゃないでしょう?」
視線が柔らかいものになる。
その言葉に安心感を覚えたからか、ようやく自分の状態を自覚する。
身体が重いし、魔力の流れもどこか鈍い。
「……そうですね」
短く答えた。
だが、胸の奥で燻るものは決して消えない。
(必ず、突き止める。エレーナも救出する)
俺は静かに決意した。
その後、アンナとともに理事長室を後にした。
「……お体に支障はありませんか?」
「問題ない」
短く答える。
まだ魔力の流れは完全には戻っていないが、魔力が戻り始めている感覚がある。
やるべきことが、はっきりしたからだろう。
廊下は静まり返っていた。
深夜ということもあり、人の気配はほとんどない。
やがて寮へと戻る。
「何かあればすぐに呼んでください」
「ああ」
アンナは一礼し、透明化の魔法で姿を消す。
俺も部屋へ入り、そのままベッドへ倒れ込んで天井を見上げる。
エレーナ、黒フードの男、結界内部からの攻撃者。
(……絶対に取り戻す)
そう思ったところで、意識が途切れた。
翌朝になった。
《生徒及び教職員各位に通達します》
突如、学園全体へ拡声魔法が響き渡った。
《今回の件を受け、生徒の安全確保を最優先とし――ミッドライト学園は当面の間、休校とします。再開する際はまた通達します》
外からざわめきが広がる。
《各自、自国へ帰るか寮にて待機してください。無断での外出は禁止とします》
放送はそこで途切れた。
「……休校か」
窓の外へ視線を向ける。
その時だった。
「……?」
明らかに違和感のある動きが目に入る。
学園の中庭――
理事長室のある塔へ向かう、3人組の男たちが目に入る。
生徒でも教師でもない。
来客にしては、動きが自然すぎる。
(……何者だ)
俺の直感が「追え」と告げていた。
「アンナ」
すぐに呼ぶ。
「はい、ソック様」
気配もなく背後に現れる。
「……あの3人を尾行する。一緒に来てくれ」
アンナは一瞬だけ視線を向け――すぐに頷いた。
「かしこまりました。では、透明化を」
次の瞬間、身体がわずかに歪む。
視界はそのままだが、自分の輪郭が消えているのがわかる。
「行くぞ」
「はい」
俺たちは静かに寮を出た。
3人組の男たちは理事長室に入っていった。
俺たちは気配を殺したまま侵入する。
「我々はニルキス国からの使者です」
中央の男が名乗る。
「今回の件について、正式に謝罪いたします」
ラースは椅子から立ち上がり、男たちの目前に立つ。
物柔らかそうな表情だったが、その目は笑っていなかった。
「謝罪したいのはわかりました。どのように責任を負うつもりですか?」
「賠償金をお支払いしましょう」
「おいくらですか?」
「可能な限り、そちらの提示した金額に従います」
男は続ける。
「その代わり――そちらが捕らえている我が改革派の者たちを解放していただきたい」
男の視線が鋭くなる。
一瞬の沈黙の後、ラースは口を開いた。
「……検討しましょう。正式な交渉の場を用意しますので詳細はそこで決めましょう」
淡々としたやり取り。
だが次の言葉で空気が変わった。
「だけど、これだけは今聞かせてください。我が校の生徒であるエレーナ姫殿下は解放していただけるのでしょうか?」
ラースの声音が僅かに鋭くなる。
男は薄く笑った。
「それは我々ニルキス国の問題です。学園はあらゆる意味で『中立』の立場であるはずでは?」
「だとしても、彼女は我が校の生徒の一員です」
「理事長殿。事は『国際問題』なのです。たかが一介の生徒に関する問題ではない」
男はさらに続ける。
「既にニルキス国は、我々改革派グループが主権を握りつつあります。つまり、このことはニルキス国の総意に等しいものであることをお忘れなく。そして彼女は『学園の生徒』である前に『ニルキス国の王女』だ」
男の声音がわずかに強まる。
「エレーナ姫殿下と国王陛下の処遇については――近く正式に声明を出させていただきます」
空気が凍る。
ラースは歯噛みしながら黙り込んだ。
理事長としての立場と一個人としての感情。
その間で揺れているのがわかる。
「では、我々はこれで」
男たちは一礼し、そのまま部屋を出ていった。
扉が閉まり、静寂が走る。
そして――
「……出てきていいわよ、ソック・ブライド。私の目は誤魔化せないわ」
ラースが微笑んだ。
「……さすがだな」
俺は観念して姿を現す。
アンナも隣に現れる。
「どうせ碌な処遇にはならない」
俺ははっきりと言う。
「エレーナは――僕が必ず救出する」
ラースは静かに目を細めた。
「……でも学園は、あくまで『中立』よ。残念だけど表立っては動けない」
「それでも行きます」
即答する。
「それが茨の道だったとしても?」
「関係ない」
短い沈黙のあと、ラースは口元をゆるめる。
「……そう」
ラースはそれ以上何も言わなかった。
「けれどその前に今回の件の黒幕を暴き出します」
俺はそういって、アンナとともに理事長室を出た。
「アンナ、俺はこれから東西南北の魔石から情報を取り出して記録用術式に記録する。先に寮に戻って待機してくれ」
「かしこまりました。お気をつけて」
アンナが一礼し、そのまま廊下の奥へ消えていく。
向かう先は、東西南北に設置された結界塔。
学園結界の核となる魔石が、それぞれに配置されている場所だ。
(……残っていてくれよ)
必ず痕跡が残っているはずだ。
そして――それは時間とともに消える。
とにかく早く調査することが大切だ。
俺は足早に塔を巡った。
まずは東塔。
魔石に触れ、意識を沈める。
「――記録術式、起動」
魔力の流れが、魔法陣として浮かび上がる。
それらを1つ残らず術式に刻み込む。
「よし、成功だ」
小さく呟く。
西塔、南塔、北塔――
同様に魔石へ干渉し、情報を回収していく。
全て終えた頃には、額に汗が滲んでいたが情報が残っていたことに安堵する。
俺はそのまま寮へ戻った。
部屋の扉を開けると、アンナが待機していた。
「お帰りなさいませ」
「これから解析に入る。周囲を警戒しろ。誰も入れるな」
「かしこまりました。何かあれば、すぐに対処いたします」
一歩引き、扉の近くへ移動する。
俺は机に向かい、記録用術式を展開した。
空中に浮かぶ魔法陣。
その中に、先ほど抽出した情報が浮かぶ。
アンナが横目でそれを見て、首を傾げた。
「それが……魔石の記録、ですか?」
「ああ。結界が受けた“攻撃”の痕跡だ」
「……見ても、私にはさっぱりですね」
「まあ、文字の羅列に慣れてないと厳しいだろうな」
軽く返し、視線を魔法陣に浮かび上がる文字列に向ける。
「“攻撃”の解析には、“方向”が重要になる」
「方向、ですか?」
「簡単に言うと、“どこからどこへ”攻撃されたか、だ」
アンナは少し考え――
「学園外から学園内、あるいはその逆……ですか?」
「そういうことだ」
俺は続ける。
「記録を読み解く限り、外から中の攻撃回数は……17時から17時半までで45回」
「多いですね」
「だが想定内だ。魔力パターンが全て黒フードの連中と一致しているのだから」
「つまり単純に彼らが結界を破ろうとしていた、と」
「そうだ。だけど黒フード連中の攻撃では警報が出てない。つまり結界を破れなかったことを意味しているに過ぎない」
俺は深呼吸して続ける。
「問題は中から外の攻撃だ」
アンナの表情が僅かに引き締まる。
「内側から……?」
「そうだ」
魔法陣の文字列を拡大する。
「記録によると回数は17時半から15回」
「……先ほどより少ないですね」
「だが――中身が問題だ」
俺は魔力パターンの解析を進める。
「……見つけた」
「何か、違うのですか?」
俺は指で示す。
「15回のうち、3回だけ異質なパターンがある」
アンナが覗き込むが、首を傾げる。
「私には違いがわかりません。どれも同じに見えます」
「記録された魔力の揺らぎを細かく見れば一目瞭然だよ」
俺は低く言う。
「そして、この3回の直後に損傷警報が出ている」
アンナの表情が変わる。
「……つまり、本命はその3回の攻撃なのですね」
俺は結論を口にした。
「黒幕は間違いなく内部から攻撃している。魔力を4重に“コーティング”してな」
「こーてぃんぐ……?」
「魔力を何重にも重ねることで、本来の魔力パターンを隠しているんだと思う」
アンナは眉を寄せる。
「そんなことが……」
「僕もやったことないし、相当高度な技術が必要だ」
俺は即答する。
「重ねがけすることで、黒フードの連中の魔力パターンと同じであるように見せかけている。15回のうち、12回の痕跡は『ダミー』だ」
アンナが息を呑む。
「本来の魔力を……隠しているのですね」
部屋に沈黙が落ちる。
やがてアンナが小さく言った。
「……そこまでして、正体を隠したいとは。ずいぶん慎重ですね」
「だけど、この魔力パターンはーー」
そんなはずがない。
あっていいはずがない。
だが、記録は嘘をつかない。
「……一致している。とある人物に」
俺は力強く一歩を踏み出す。
「確かめにいく。アンナ、透明化だ。ついて来い」
「……かしこまりました」
即座に術式が発動し、アンナの気配は消えた。
ーー真夜中の学園の中庭。
冷たい空気の中、俺は1人の人物を待っていた。
やがて、その気配が現れる。
俺はゆっくりと口を開いた。
「こんばんは。ル̇カ̇・ラ̇ウ̇ナ̇ホ̇ー̇ル̇姫̇殿̇下̇」




