誘拐
警報を聞いて観客席が一気にざわめいた。
「な、なんだ!?」
「襲撃だと!?」
「西側って学園の外壁か!?」
悲鳴混じりの声が飛び交う。
その直後――拡声魔法によって、ラースの声が闘技場全域へ響き渡った。
《関係者各位! ミッドライト学園魔剣大会決勝戦は、この時点をもって中止とします》
普段の軽い口調とは違う。
冷静かつ鋭い声音だった。
《生徒は担当教師の指示に従い、直ちに避難を開始してください》
俺とグリムベルは互いに視線を向ける。
「……続きはお預けみたいだな」
グリムベルが苦笑する。
「ああ」
俺も静かに剣を下ろした。
グリムベルの視線は、既に闘技場の外へ向けられている。
完全に“王族の顔”だった。
《1年生はレアル教員の指示に従って東避難区画へ移動! 2年生はルーク教員が誘導してください! 3年生はレント教員と共に西通路を封鎖しながら後退!》
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
《来客の皆様は、学園職員の誘導に従ってください》
混乱しかけていた観客席が、少しずつ秩序を取り戻していく。
「……さすがだな」
俺は思わず呟いた。
ラースは次々と状況を確認しながら、的確に指示を飛ばしている。
7箇条の⑦、避難体制構築についてかなり真剣に取り組んでいたようだ。
レアルもまた1年生達をまとめ上げていた。
「慌てないでください! 列を崩さないで!」
普段の物柔らかさは鳴りをひそめ、教師として生徒達を先導している。
10分後、避難は驚くほど迅速に進んでいた。
特に来客側は、あと少しで避難完了というところまで来ている。
未だ敵影は確認されていない。
おそらく学園結界を突破できず、結界の外側で足止めされているのだろう。
「……これなら」
俺が僅かに安堵した、その瞬間だった。
――――ドゴォォォォンッ!!!!
凄まじい轟音が響き渡った。
場所は闘技場の外。
だが――学園の『内部』だった。
「なっ……!?」
観客席が再び騒然となる。
直後、けたたましい追加警報が鳴り響いた。
《警告。ミッドライト学園結界の損傷率が30%を超過しました。当区域は危険区域へ指定されます》
《自動修復機能に障害発生。修復効率低下を確認。1分以内に修復を開始できません》
「……!?」
俺は目を見開く。
さらに追い打ちのように、別系統の警報が鳴り響いた。
《各魔石の魔力残量が80%を下回っています。直ちに所定の手順を――》
「どうなっている……!?」
思わず声が漏れる。
結界の自動修復機能だけじゃない。
――魔力の自動補充機能まで、まともに機能しなくなったのか!?
太陽光による魔力自動補充機能も、予備魔力も用意していた。
事前の修復術式の点検も何度も行った。
それなのに、全てが同時に狂っている。
その瞬間だった。
「――上ですっ!!」
誰かの叫び声がして、俺は反射的に空を見上げた。
夕焼け空、その上空に――10人ほどの黒い影が浮かんでいた。
全員が黒マントに黒フード姿。
《フライ》によって空中へ滞空している。
さらに全員『バッジ』をつけていた。
(どうやってバッジを入手し、『認証』をすり抜けた!?)
俺は一瞬考えを巡らせるが、そんな余裕はないと悟った。
黒い影の中心にいた男が、ゆっくりとこちらを見下ろす。
直後――学園結界が反応した。
闘技場上空に幾重もの魔法陣が展開される。
《迎撃術式、起動》
無機質な音声と共に、無数の氷槍が空中へ射出された。
「万が一侵害されたことを想定した機能も入れていたが、まさか使われることになるとは」
俺は苦し紛れに呟く。
「《アイス・ランス》か……!」
鋭い氷の槍が黒フード達へ降り注ぐ。
「ちっ、厄介な結界め!!」
黒フードの1人が叫ぶ。
だが中心にいた男だけは冷静だった。
ゆっくりと片手を掲げ、低く詠唱する。
「《ウォーター・ウォール》」
直後、巨大な水壁が空中へ展開された。
轟音と共に氷槍が激突するが、水壁は完全には崩れない。
「防いだ……!?」
観客席から悲鳴混じりの声が上がる。
侵入されてしまったーー、不意に前世の嫌な記憶が脳裏を過る。
PCを乗っ取られ、積み上げてきたデータを荒らされた、あの無力感。
そして奪われる感覚。
胸の奥が嫌な熱を帯びた。
「……ふざけるな」
俺は空を睨みつける。
絶対にこの学園を守る。
隣ではグリムベルも剣を構えていた。
「ああ。好き勝手させるつもりはない」
俺は即座に複数の拘束結界を展開する。
空中の黒フードたちを一気に捕らえるつもりだった。
だが――
突如、闘技場全体へ白い霧が広がった。
「なっ……!?」
視界が一気に白く染まる。
「なんだこれ……! 見えない!」
周囲から混乱の声が響く。
しかも異常はそれだけではなかった。
「……っ!?」
霧が魔力を吸収し、体内の魔力が急速に削られていくのを感じた。
さらにグリムベルの気配も見失ってしまった。
決勝戦まで連戦していたこともあり、魔力消費は既に軽くない。
「まずい……!」
このままでは結界術式が維持できない。
その直後だった。
「きゃああああっ!!」
聞き覚えのある悲鳴が響いた。
「……エレーナ!?」
俺は反射的に叫び、すぐに魔力探知を展開する。
霧の中、エレーナの魔力反応を捉える。
「いた……!」
俺は即座に《フライ》を発動した。
アンナから教わっており、空中での静止も含めて習得していたのが幸いした。
足元へ風を纏い、一気に闘技場上空へ飛び出す。
そして俺は霧の中を高速で突き進み、エレーナの魔力反応を追い続ける。
途中、一瞬だけグリムベルらしき魔力反応が別方向へ走るのを感じた。
おそらく、別の敵を追っている。
やがて――闘技場外周付近にエレーナを見つけた。
「……っ!!」
黒フードの男。
先ほど中央で水の障壁を展開していた男だ。
その肩には、ぐったりしたエレーナが担がれていた。
――かすかに、その指が動く。
「エレーナを離せ!!」
俺は叫ぶ。
だが男は振り返りもせず、学園結界に空いた亀裂から外へ抜け出そうとしていた。
俺は魔力を振り絞って追撃する。
「ほう」
男が初めてこちらを見た。
「魔力を吸われている状態で、まだ追って来られるか」
次の瞬間、無数の水槍が放たれた。
「っ!」
俺は咄嗟に部分結界を展開する。
轟音とともに結界表面へ水槍が激突する。
俺はそのまま強引に距離を詰め、男の目前まで肉薄する。
「行かせるか……!!」
俺は最後の魔力を絞り出す。
「《アース・スパイク》!」
圧縮された石槍が瞬時に形成される。
次の瞬間、弾けるように射出された。
「っ……!」
男は水壁を展開するが、石槍はそのまま水壁を押し抜いた。
鈍い衝撃音とともに肩に命中する。
フードの奥、初めてわずかな歪みが走った。
だが、その瞬間だった。
視界が大きく揺れる。
「くそ……っ」
魔力が、尽きた。
《フライ》が維持できず、身体が急速に落下していく。
「エレー……ナ……」
意識が霞む、その時だった。
「ソック様!!」
聞き慣れた声がした。
直後、空中へ飛び込んできたアンナが俺を抱き止める。
茶色の髪とメイド服が視界を掠める。
「アンナ……エレーナが……」
そこまで言った瞬間、意識が完全に途切れた。
「……ん」
ゆっくりと目を開ける。
大量の書類と魔道具が並ぶ室内で俺は目覚めた。
「ここは……理事長室か」
身体を起こしかけた瞬間、聞き覚えのある声が響いた。
「やっと目覚めたのね」
すぐそばには、ラースとアンナが佇んでいた。




