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ダンスパーティーの夜、視線は交わる

「ワン、ツー、スリー……違いますっ」


「……またか」


訓練場の隅で今日も俺はエレーナと向かい合っていた。

ダンスパーティーまで、あと2週間。

最初は拷問かと思っていたが、ようやく慣れてきた。

少なくとも、エレーナの足を踏む回数は減った。


「今日はかなり良いで……良いわよ」


少し嬉しそうに言う。

まだ敬語が抜けきっていないが、少しずつタメ口で話すようになってきた。


「本当か?」


「基本のバロックダンスのステップは、もう形になってる」


そう言われて、軽く息を吐く。

毎日2時間ほど練習を続けた成果は出ているらしい。

重心移動と姿勢に気をつけて、もう一度ステップを踏む。

以前より自然に動けるようになっていた。


「ソック卿、集中して」


「してる」


「今ちょっと逸れましたよね?」


「……気のせいだ」


誤魔化せていないのは自分でも分かった。

手を取るたび距離の近さを意識してしまう。

練習が終わる頃には、軽く汗をかいていた。


「今日はここまで。上達してきてますね!」


「それならよかった」


そう返しながら、ぽつりと呟く。


「剣も練習しないとな……」


エレーナが小さく首を傾げた。


「でしたら、グリムベル殿下に教わってみては?」


「グリムベルに?」


「噂だけど……以前、ダバナ国の王国騎士団長と渡り合ったことがあるとか」


「騎士団長と……そんなレベルだったのか」


確かに強いとは思っていたが、予想以上だ。

エレーナは小さく頷く。


「学園でも剣技は別格ですし……少し怖いですけど」


「頼んでみるかぁ……。うまくいくといいけど」


そう呟くと、エレーナが少し困ったように笑った。


「じゃあ、明日からのダンス練習は少しお休みで」


「さすがに両立はきついか」


するとエレーナは小さく首を横に振った。


「でも、完全にやめるのは駄目です。せっかく覚え始めたステップも、間を空けるとなまってしまいますから」


「うっ……耳が痛い」


「だから、何日かに一度はやりましょ。短時間でも続けた方がちゃんと身につきますっ」


「わかった。じゃあ剣術の方が落ち着いたら、また頼む」


「はい……じゃなくて、うん。任せて」


少し照れたように言い直す。

……だいぶ距離、縮まってきたな。


翌日、教室の後方でグリムベルはいつものように椅子へ深く座っていた。

俺が近づくと、鋭い視線が向けられる。


「……何だ」


「少し頼みがある」


「断る」


まだ何も言ってないんだが。


「剣を教えてほしい」


するとグリムベルは、露骨に面倒そうな顔をした。


「僕にメリットがない。それに君は魔法が強いだろう」


「魔法が強くても、剣で間合いを詰められたら敵わない時がある」


特に近接特化の相手は危険だ。

結界展開にもわずかな隙は存在する。


しばらく沈黙が落ちる。

そこで俺は続けた。


「結界魔法を代わりに教えるとしたら?」


グリムベルの視線がわずかに鋭くなる。


「興味はあるが……そもそも使えるかが怪しい」


「ある程度の魔力操作技術があれば問題ない。大事なのは術式への理解だ」


俺の真剣な眼差しを見て、グリムベルは小さくため息を吐いた。


「いいだろう。条件付きで付き合ってやる」


「助かる」


「ただし甘くはないぞ」


放課後、訓練場の中央で俺とグリムベルは向かい合っていた。

周囲では他の生徒たちも訓練しているが、こちらを気にしている視線が妙に多い。


「魔法は禁止だ。剣だけでやる」


グリムベルが木剣を肩へ担ぎながら言う。

俺も木剣を構える。


「来い」


次の瞬間、グリムベルが踏み込んだ。


ギィン!!


辛うじて受けた瞬間、手が痺れる。

一撃ごとの重さが異常だった。


「遅いな」


「簡単に言うな……!」


俺はすでに息が上がっているが、グリムベルは表情一つ変えない。


連続する剣閃を、俺は必死に躱す。

するとグリムベルの目がわずかに細くなった。


「……ほう。反応は悪くないな」


「……え?」


「無駄に受けようとしないのも正解だ。剣は力だけじゃない」


その言葉に、父との訓練の記憶が蘇る。


――全部受ける必要はない。

繰り返し叩き込まれた基礎は、無駄ではなかった。


「今日のところはここまでだ」


グリムベルが木剣を下ろす。

俺は肩で息をしながら苦笑した。


「……きついな」


「当然だ。剣術においては君はまだ素人に毛が生えた程度だ」


容赦がないが不思議と嫌ではなかった。

こうして、剣術訓練も始まった。


それからの日々は慌ただしかった。

授業、剣術訓練、ダンス練習――あっという間に時間は過ぎた。


ダンスパーティー前日の夜。

並行して進めていた学園結界の改修も、ついに最終段階へ入っていた。


「……つまり、これで7箇条は満たせるってことですか?」


資料を抱えたアンナが真剣な表情で聞いてくる。


「大体な。今日、東塔の術式を仕上げれば完成だ」


机の上には大量の術式図面と運用資料。

夜中まで作業していたせいで、自分でも少し目が重い。


「一緒に行くぞ」


「はい」


アンナは小さく頷いた。


「運用手順書もあと『緊急時対応』の章を書けば完成だ。出来上がったら父上に届けてくれないか?」


「承知しました」


アンナは資料をまとめながら、ふと思い出したように口を開く。


「そういえば、ラースも完成させたらしいですよ」


「何を?」


「本人魔力と紐付けされた学園バッジです。登録者以外はバッジをつけられないとか」


理事長も理事長で色々やっているらしい。

そんな話をしながら、俺たちは東塔へ向かって歩いていた。


すると中庭で、エレーナの姿が目に入る。


彼女は庭の中央に立ち、青い光球と話していた。

水のように揺らめく、小さな球体。

その光はふわりと跳ねると、幼い少女の姿へ変化した。

淡い水色の髪に透き通るような身体だった。


「エレーナ、こんな遅くに何してるんだ。それにその子は?」


エレーナが少し困ったように笑う。


「こんばんは。この子は私の契約精霊なの。水の精霊で……昔から一緒で」


「名前は、みーちゃんといいます」


名前そのまんまだな。


「どうもなの!」


胸を張る小さな精霊。


「エレーナが最近よく話してる人だー!」


くるくると宙を回りながら、みーちゃんは無邪気に笑う。

だが次の瞬間、その表情が急に真剣なものへ変わった。


「エレーナ、大変なの」


空気が変わる。


「ニルキス国で改革派が動いてる。王都がちょっと危ない感じなのー」


エレーナの顔色がわずかに変わった。


「……やっぱり」


「魔剣大会が終わったら帰ってきてって国王陛下に言われたの!」


不穏な話だった。

食料自給率の低下や王侯貴族の汚職――きな臭い噂は聞いていた。

ふと、みーちゃんの視線がアンナへ向いた。


ぴたり、と動きが止まる。


「……え?」


次の瞬間、みーちゃんが慌てて背筋を伸ばした。


「だ、大精霊アーセラ様!?」


エレーナまで驚いたように頭を下げた。


「し、失礼しました……!」


「お気になさらず結構です。今の私はソック様の専属メイド、アンナです」


アンナも軽く会釈する。

……ラース相手の時と態度違くないか?


その後、俺たちは東塔へ向かい、最終確認を終えた。


そして翌日――ダンスパーティー当日。

学園中央ホールは別世界のようだった。


巨大なシャンデリアに煌びやかな装飾。

各国貴族たちの華やかな衣装。

楽団の優雅な音色がホールへ広がっていく。


「お待たせしました」


振り返った瞬間、思わず息を呑む。

エレーナだった。


淡い蒼色のドレスに身を包んでいる。

サファイアのような髪が光を受けて揺れていた。


綺麗だった。

本当に、一瞬言葉を失うほどに。


「……どうかした?」


「その……すごく似合ってる」


そう答えると、エレーナの頬が少し赤くなる。


「ありがとう……ございまふっ」


柔らかく微笑む姿に、思わず視線を奪われる。

音楽が流れ始め、俺はエレーナの手を取った。

以前の俺なら確実に足を踏んでいた。

だが毎日の練習のおかげで、今はそれなりに踊れる。


「上達しましたね」


「スパルタ指導のおかげだな」


その時――背筋に冷たいものが走った。


視線を感じて恐る恐る横を見る。

……ルカがめちゃくちゃこちらを見ていた。


一緒に踊っていたのは、ルカと同じ赤みがかった髪の男だった。

サンガリア国第二王子ダリルだ。

2人とも淀みのない動きで踊っている。


「お二人とも実にお似合いですね」


周囲の貴族が笑顔で言うが、ルカは終始無表情だった。


特にエレーナを見る目が怖い。

しばらく踊った後、立食パーティーが始まった。

豪華な料理が並び、貴族たちが談笑している。


軽くサラダなどを食べた後、人酔いした俺は夜風に当たりたくなってバルコニーへ出た。


「……やっと静かになったな」


すると背後から声がした。


「何してるの?」


振り返ると、そこにはルカがいた。


「夜風に当たってる」


「そう」


ルカはこちらへ歩み寄る。

そして当然のように言った。


「2曲目は私と踊ってちょうだい」


「……え?」


断れる空気じゃない。


「……分かった」


するとルカは少しだけ満足そうに目を細めた。


2曲目が始まり、ホール中央で向かい合うと、周囲がざわつく。

そして踊り始めた瞬間、俺は思わず呟いた。


「上手いな……」


ルカのダンスは異常なほど綺麗だった。

足運びに一切無駄がなく、俺のステップにも完璧に対応している。

まるで最初から音楽と一体化しているようだ。


「当然よ」


ルカは淡々と返す。

踊りながら、俺は聞く。


「そういえば、ルカは魔剣大会に出ないのか?」


「出ない」


即答だった。


「優勝できるくらい強そうだけどな」


「興味ない。それに私は実行委員よ」


「ああ、だから最近忙しそうだったのか」


ここ2週間ほど、妙に姿を見ない日が多かった。

ルカは小さく頷く。


「色̇々̇準̇備̇が̇あ̇る̇の̇」


その声音はいつも通りだったが、どこか意味深に聞こえた。

曲の終わり際、ルカは至近距離でこちらを見ながら小さく言った。


「……魔剣大会、頑張って」


赤い瞳が妖しく揺れる。

その言葉に、妙な違和感を覚えた。


やがて音楽が終わり、拍手が響く。

こうしてダンスパーティーの夜は静かに幕を閉じた。

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