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ダンスパートナー、決定

休み時間。

俺は机へ突っ伏したまま、完全に思考停止していた。


「……ダンス……」


当然だが、前世でも踊った経験などほぼない。

知識だけあっても実践したことがない。


「終わった……」


最大の危機かもしれないと考えていると、教室の一角が急に騒がしくなった。


「ルカ様!」

「もしよろしければ私と――!」

「いや、僕とぜひ!」


人だかりの中心にいたのはルカだった。

……すごいな。


流石は大国ラウナホール国王女。

しかも美人で実力も規格外。

男子生徒達が群がるのも無理はない。


ルカは困ったように笑いながら対応していたが、不意にこちらを見た。


目が合う。

――来るなよ。


心の中で全力で祈る。

するとルカは、ほんの少しだけ口元を緩めた。


俺は即座に立ち上がった。


「……移動しよう」


巻き込まれる未来しか見えないので足早に教室を出た。

廊下を歩いていると、少し先に人だかりが見えた。


「王女としての威厳もないくせに、よくその立場でいられるな」


聞こえてきた声に、俺は眉をひそめる。

その中心にいたのは、エレーナだった。

青みがかった髪の王女は、小さく肩を震わせている。


そしてその前には、金髪の男子生徒。

デュラン・ベラル。

ベラル侯爵家の嫡男だ。


周囲の生徒達は遠巻きに見ているだけで、止めようとはしない。


「っ……」


エレーナが俯く。


……こういうのは胸糞悪いな。

俺はそのまま間へ割って入った。


「その辺にしとけ」


デュランが眉をひそめる。


「あ?」


「嫌がってるだろ」


「辺境伯風情が口を挟むな」


「傍から見たらただの嫌がらせだよ」


周囲がざわつく。

デュランの目が細くなった。


「……貴様」


次の瞬間、デュランの周囲で魔力が膨れ上がる。


「《ファイアー・レイ》!」


轟っ――!

灼熱の光線が一直線に飛んできた。

周囲から悲鳴が上がる。


「――遅い」


俺は片手を軽く上げた。

直後、透明な壁が空中へ展開される。


ドゴォンッ!!


炎の光線が弾け飛んだ。


「なっ――!?」


デュランの顔が驚愕に染まる。

部分結界魔法で見えない壁を展開していた。

最近密かに練習していたのだ。


結界魔法は大規模結界だけじゃない。

小規模化すれば、戦闘でも大いに役立つ。


俺は一歩前へ出る。


「……今の、防がれるのかよ」


「結界魔法を“守るだけ”だと思わない方がいい」


指先を軽く動かす。

すると、デュランの周囲へ淡い光が走った。


「っ!?」


ガキンッ!!


薄い障壁が、デュランの動きを封じる。


「な……!?」


部分結界による拘束。

無理やり壊そうとしても意味はない。

力を逃がす構造にしている。


「くっ……!」


デュランが魔力を爆発させるが結界は揺らがない。

周囲がどよめいた。


「拘束した……?」


デュランの額へ汗が浮かぶ。


「こんなの聞いてないぞ……!」


「そりゃ誰にも言ってないからな」


俺はため息を吐く。


「頭冷えたか?」


「っ……!」


その時だった。


「――《アース・ウォール》」


低い声と共に、地面が隆起する。


ゴゴゴゴ……!


俺とデュランの間へ巨大な土壁がせり上がった。

振り向くと、そこにはレアルが立っていた。


「……廊下で戦闘行為は禁止です」


柔らかな口調だが目は笑っていない。

デュランが舌打ちする。


「チッ……」


レアルは静かにデュランを見る。


「デュラン君。先に魔法を使ったのはあなたですね?」


「……」


「後で詳しく聞きます。ひとまず解散してください」


デュランは不機嫌そうに俺を睨みつけた。


「……覚えていろ」


ありがちな捨て台詞を残し、そのまま去っていく。

周囲もざわつきながら散っていった。


静かになった廊下で、エレーナが小さく頭を下げる。


「あ、ありがとうございました……」


「気にしなくていいですよ」


エレーナは少し躊躇った後、おずおずとこちらを見上げた。


「あの、ソック卿」


「ん?」


彼女は頬を少し赤くしながら、ぎこちなく言葉を続ける。


「よ、よろしければ……ダンスパーティーのパートナーに、なっていただけませんか……?」


「……へ?」


思考が止まった。


「ご、ご迷惑でなければ……!」


「……申し訳ないですが、ダンスほぼ未経験なんです」


「え?」


「辺境育ちなもので、社交界とあまり繋がりがなく……」


エレーナがきょとんとする。


「だから、不釣り合いですよ」


するとエレーナは、少し慌てたように首を振った。


「そ、そんなことありません!」


そして小さく拳を握る。


「練習しましょう……!私が教えますから!」


「……王女が?」


「はいっ」


予想外すぎる返答だった。

エレーナは真っ直ぐこちらを見つめる。


「その……一緒に頑張りませんか?」


俺は少し考え、肩をすくめた。


「……分かりました」


エレーナの表情がぱっと明るくなる。


「た、ただし」


俺はすぐ釘を刺す。


「本番までに上達しきらなかったら、その時はパートナー諦めてください」


「……はい!」


嬉しそうに頷くエレーナ。

……なんか話が進んでる気がする。


その日の放課後、俺は学園の訓練場へ来ていた。

訓練場の簡易的な壁で区切られている小さな一角に入る。


「ここ、使っていいのですか?」


「貸切申請をしておきました」


エレーナは少し照れたように微笑む。


「人目も少ないですし、練習には丁度いいかと」


なるほど、これなら変に目立たずに済む。

訓練場の床へ立つと、エレーナが少し緊張した様子でこちらへ向き直った。


「ではまず基本のステップから……」


そう言って差し出された手。

その動作は、驚くほど自然で綺麗だった。


――あ。

多分、この人めちゃくちゃダンス上手い。

そんな予感は、開始数分で確信へ変わった。


「右足を少し前へ。はい、そのままゆっくりです」


「こ、こうですか?」


「はい。とても良いです」


全然良くないぞ。自分でも分かる。

まず足がもつれて距離感が掴めない。

慣れない動きばかりで、妙に体力を使う。


数分後には――


「すみません」


「あっ……だ、大丈夫です」


バランスを崩しかけ危うくエレーナの足を踏みかけた。

だがエレーナは自然に一歩引き、完璧に合わせてくれた。


「大丈夫ですか?」


「……本当にすみません」


絶望的にセンスがなかった。

エレーナは嫌な顔ひとつせず、丁寧に教えてくれた。


「少し力が入りすぎているのかもしれません」


「真面目にやってこれなんですが……」


「ふふっ」


柔らかく笑う。

やっぱり気品がある。


1時間ほど練習した頃には、俺の体力はかなり削られていた。


「……ダンスってこんな疲れるのか」


「慣れるまでは大変かもしれませんね」


エレーナは涼しい顔だった。


「夜も練習されますか?」


「夜はちょっと別件がありまして」


「別件、ですか?」


エレーナが小首を傾げた。


「理事長から頼まれてる作業があるんです」


「お手伝いできることなら、私もしますよ?」


善意なのは分かるが、一瞬迷う。

結界は学園の防衛そのものなので軽々しく他人に話していい内容ではない。


……とはいえ。

俺はふと考える。


正直、作業の再確認役が欲しい。

自分で何度も確認するのは目が疲れる。


アンナにも少し確認を頼んでいたが、


『はいはい、正常です』

『多分大丈夫では?』

『ふぁぁ……うん問題ないですね』


みたいな感じで、全くやる気を感じなかった。


「一応、理事長に確認してみます」


「はい」


エレーナは素直に頷いた。


「1時間後に理事長室で待ち合わせしませんか?」


「分かりました」


そうして一旦解散となった。


1時間後。

アンナには寮で待機してもらい、俺は1人で理事長室へ向かった。


「失礼します」


「きたわね。エレーナちゃんもうきてるわよ」


ラースは書類を片付けながら顔を上げた。

その隣には、既にエレーナが立っていた。


「こんばんは、ソック卿」


ラースがこちらを見る。


「で? 今日は何の用?」


俺は簡単に事情を説明した。


「確認役として、エレーナ王女にも手伝ってもらおうかと思いまして」


「へぇ?」


ラースが面白そうに目を細める。


「別に私は構わないけど?」


許可が軽い。


「一応、学園防衛関連なんですが」


「エレーナちゃん真面目だし大丈夫でしょ」


理事長、その判断結構雑では?

だがエレーナは真剣な顔で一礼した。


「責任を持って務めます」


「だそうよ?」


……まあ、本人が真面目なのは知っている。


「分かりました」


「じゃ、頑張ってね〜」


「あのー、他人事っぽくいってますけど『ボランティア』ってこと忘れてませんよね?」


「お……美味しいクッキーが完成したのよ! あとであげるわね!!」


食べ物で釣るな。

その後、俺たちは西塔の結界管理区画へ向かった。

夜の塔内部は静かだった。

淡い魔石灯だけが通路を照らしている。


「ここが管理区画ですか……」


エレーナが小さく息を漏らす。


「普段は立ち入り禁止なんで、普通は来ませんよ」


俺は魔石へ指をかざし、指紋認証を通す。

すると、幾重にも重なった術式陣が展開された。


エレーナが目を見開く。


「……すごい」


「じゃあ始めます」


俺は手に魔力を集中させて術式に干渉する。


「エレーナ王女には確認役をお願いします。僕が術式を書き換えるので、指差し確認してください」


「指差し……確認?」


「こうです」


俺は術式陣を指差す。


「西塔出力術式、接続確認――ヨシ」


「……ヨシ?」


「大事です」


前世の知識である。

エレーナは少し困惑しながらも、小さく頷いた。


「わ、分かりました」


数分後。


「術式接続、異常なし……ヨシ!」

「魔力循環経路、正常……ヨシ!」


ぴしっと指差しするエレーナ。

めっちゃ可愛いぞ。

一生懸命「ヨシ!」している光景がじわじわくる。


こうして見るとエレーナは本当に真面目だ。

確認も丁寧で集中力も高い。


……結界改修の作業相手として適任だ。


作業が一区切りついた頃、エレーナがこちらを見た。


「そういえばソック卿」


「はい?」


「魔剣大会には出場されるのですか?」


俺は手を止めた。


「まだ決めてません」


正直、そこまで興味はなかった。

大会そのものより、結界改修の方が優先だ。


遊んでいる余裕なんて――

そこで、ふと思考が止まる。


……本当にそうか?

魔剣大会に参加することで各国の魔法や戦闘様式も観察できる。

実戦環境で部分結界を試せる機会なんてあまりない。

理事長作成の魔道具も少し気になる。


「出ますかね」


「本当ですか?」


エレーナの表情が少し明るくなった。


「きっとソック卿なら――」


そこまで言って、エレーナは少し言葉を止める。


「……いえ。応援しています」


何故途中で修正した。

まあいいか。


「あとーー、ソック卿は、もっと気軽に話して大丈夫ですよ?」


「気軽に?」


「ずっと敬語ですし」


するとエレーナは少しだけ視線を逸らした。


「……堅い感じで話されると、少し距離がある気がしてしまって」


エレーナは続ける。


「別に嫌というわけではないんです。

 ただ、その……もっと普通に話してみたい、です」


「……じゃあ、少しだけ気をつけるよ」


そう返すと、エレーナはぱっと花が咲くように笑った。


「はいっ」


笑顔が眩しくて思わず視線を逸らす。

こんな風に無防備に笑いかけられた記憶は、あまりなかった気がする。


エレーナは不思議そうに小首を傾げる。


「……なんでもない」


そう返すと、彼女はまた安心したように微笑んだ。


――その時の俺は、まだ知らなかった。

この穏やかな時間の裏で、すでに何かが動き始めていたことを。

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