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学園結界7箇条〜納期は魔剣大会まで!〜

 理事長室の扉を開けると、くたびれた様子のラースがいた。


 机には大量の書類が積まれている。

 飲みかけの紅茶に、ソファには脱ぎ捨てられたローブ。

 ……絶対途中で現実逃避してただろ、この人。


「おー、来たわね」


 ラースは椅子をくるりと回しながら笑う。


「いやぁ助かるよ。最近ほんと忙しくてね。理事長って思ったより大変なのよ」


「気持ちはわかりますけど、夜中の呼び出しは勘弁してください」


「それは無理」


 即答だった。


「何故ですか」


「昼は授業あるじゃない?」


「理事長ですよね?」


「細かいことは気にしないの」


 気にしろ。アンナが呆れたように目を細める。


「相変わらずですね、女狐」


「ひどいなぁ。私は繊細で可憐な理事長だよ?」


「初耳です」


「ソック君辛辣!」


 ラースはケラケラ笑いながら机を軽く叩いた。

 ……この人、本当に理事長なんだよな。

 そんな空気の中、ルカが静かに口を開く。


「それで?」


「ああ、そうだったわね」


 ラースが指を鳴らす。

 すると空中に魔法陣が展開され、学園全体の立体図が浮かび上がった。


「今日呼んだのは、この学園の結界についてよ」


 俺はなんとなく察した。


「言ったでしょう?“鉄壁にする”って」


 やっぱりそれか。

 ラースは空中に浮かぶ4つの光点を指差す。


「現在、学園結界は東西南北に配置した4つの魔石から展開されているの。これで学園全体を覆ってるわけ」


 光点が淡く明滅する。


「で、知っての通りバッジを持ってる人間しか中へ入れないように術式を組んである」


「ほう」


「今までは天然魔石を使っててね。定期的に私が直接魔力を補充してたのよ」


「理事長が直接?」


「学園も人手不足でねぇ。高出力で安定して魔力を流せる人材が少ないの」


「4つ全部となると大変そうですね」


 ふと、夜中に呼び出されては結界へ向かっていた父の姿を思い出す。


「しかも目立たないよう夜中に動いてたからね。完全に不審者だったわ」


 想像するとちょっと不憫だった。


「でも最近は違う!」


 ラースは急に胸を張る。


「ルカちゃんが魔力循環型の魔石を作ってくれたおかげで、劇的に改善したのよ!」


 えっへん、とでも言いたげな顔だった。


「どう? すごいでしょ?」


 ルカも少し満足そうに頷く。


「まあ、私だもの」


「いや、それ僕が作り方教えたんですけどね……」


「細かいことは気にしないの」


 さっき自分で言われた台詞を返された。


「とりあえず、この大規模結界を頑張って維持してるわけよ。ソック君、単刀直入に聞くけど――この結界どう思う?」


「問題大アリですね」


「……予想してたけど、真正面から言われると普通に傷つくわね」


 俺は浮かぶ結界図を指差す。


「まず、“バッジを持っていれば通れる”って時点で危険です」


 ラースが首を傾げる。


「どこが問題なの?」


「逆に言えば、バッジさえ奪えば“誰でも侵入可能”ってことですよね」


「……あ」


「本人確認は?」


「…………」


「盗難、偽装、成り済まし。対策ゼロですよね」


 ラースの笑顔が止まった。俺は構わず、続ける。


「あと、4つの魔石ですが状態管理どうしてるんですか?」


「え?」


「魔力残量、劣化、出力異常。その確認方法です」


「定期的に直接見に行ってるわ」


 非効率すぎる。


「監視術式が必要ですね。異常があればすぐ分かるようにしないと」


「うっ」


「今までよくやってこれましたね」


「ぐふっっっ」


 ラースが妙なダメージ音を出した。


「あと、4点展開なのに核がそれぞれ1つしかない」


 俺は中央部分を指差す。


「壊された瞬間、一気に崩れますよね?」


「うぅ……」


「予備の核は必須です」


 さっきまで飄々としていた理事長が、目に見えて小さくなっていく。

 アンナが吹き出した。


「ぷっ……ふふふっ」


「アンナ?」


「すみません。あまりにもラースが無様でしたので」


「辛辣だなぁ!?」


 ラースは机へ突っ伏した。

 完全に借りてきた猫である。


「キャラ崩壊してるぞ理事長」


「だってソック君が容赦ないんだもん……」


 ルカはそんな様子を見ながら、小さく笑った。


「さすがソックね。やっぱりあなたに任せて正解だったわ」


 俺は小さくため息を吐く。


「……とりあえず、必要なことは整理してまとめてきます」


「まだ問題あるの?」


 ラースがしょんぼりした顔でこちらを見る。


「ありますね。というか、“どういう結界にしたいのか”が曖昧なんですよ」


「どういう結界?」


「何を防ぎたいのか。誰を通して、誰を止めるのか。異常が起きた時どうするのか。そこを決めないと、後で絶対破綻します」


 ラースは少し感心したように目を細めた。


「……なるほどねぇ」


「今の結界って、“なんとなく動いてる”状態なんですよ。それが一番危ない」


「耳が痛いわ」


「だから必要なものを整理します。監視、侵入検知、認証、緊急時対応。その上で術式を組み直します」


 数秒沈黙した後、ラースがぽつりと呟いた。


「君、本当に15歳?」


「どうなんでしょうね」


 15歳ではないな。

 アンナが横でくすっと笑う。


「ソック様は規格外ですから」


 ルカは立ち上がった。


「じゃあ、あとは任せるわ。私は明日、公務だもの」


「待て。絶対最初から丸投げする気だっただろ」


「気のせいよ。それじゃ、おやすみ」


 そう言い残し、ルカの姿がふっと消える。


「転移魔法か……」


 静まり返る理事長室。

 俺は小さく息を吐いた。


「……今日はとりあえず、各魔石に指紋認証術式を追加して終わりにしましょう」


「あー、ルカちゃんが言ってたやつね!」


「ついでに、バッジを持ってないと触れないようにもします」


 ラースの目が輝く。


「おお〜!」


「本格的な改修は、整理してからですけどね」


 その夜。俺たちは学園中の魔石を回りながら、結界術式の改修作業を進めた。

 作業が終わった頃には、空がうっすら白み始めていた。


 東塔の屋上。

 最後の魔石へ術式を書き込み、俺は深呼吸をした。


「……眠い」


「お疲れ様です、ソック様」


 アンナは平然としていた。

 さすが大精霊だ。


 一方で同じ大精霊のはずのラースは疲れた顔をしていた。


「いやぁ……なんか精神的に疲れた」


「こんな夜中まで呼び出したんですから、明日の授業休んでいいですよね?」


「ん?」


 ラースは少し考えるように顎へ手を当てた。


「まあ、今回に限っては学園の仕事みたいなものだしねぇ」


 そして軽く笑う。


「特別に“公務扱い”にしておくわ」


「やった」


「学生が公務扱いってどうなのかしらね……」


「理事長が言わないでください」


 そんなやり取りをしながら、俺は頭の中で問題点を整理していた。


「……とりあえず、書いてみなきゃ」


「もう考え始めてるんですか?」


 アンナが少し呆れたように聞く。


「何事も初めが肝心さ」


 ――そして2日後の夜。

 俺は1枚の紙をもち、アンナを連れて再び理事長室へ向かった。

 理事長室の前へ着くと、アンナが扉を開く。


「失礼します」


「ついにおでましね」


 ラースが手を振った。

 その横に見覚えのある人物がいた。


 短く整えた黒髪に軍人を思わせる雰囲気。

 ーーグリムベルだった。


「グリムベル?」


 彼は静かにこちらへ視線を向け、軽く頷く。


「こんばんは、ソック」


「なんでいるんだ?」


 するとラースが口を開いた。


「ダバナ王国の第二王子だしねぇ。国防結界について多少知識あるのよ、この子」


 たしかに、王族なら国の防衛結界に触れる機会はあるか。


「それに彼は結界魔法に興味あるのよ」


「以前から興味はあった。特に大規模結界の維持構造にはな」


 グリムベルは静かな口調で続ける。


「だから少し気になったんだ。君が“危険”と言った学園結界をどう変えていくのか」


「買い被りすぎだ」


「理事長から聞いたが、あれだけの問題点を即座に見抜いた時点で十分異常だと思うが」


 淡々とした言い方だった。

 だが、お世辞ではなく本気で言っているのが分かる。

 ラースも頷いた。


「というわけで、彼は私の補助役よ。続けてちょうだい」


 俺は1枚の紙を机へ置いた。


「学園結界で必要なことを整理してきました」


 ラースが紙を覗き込み、目を丸くする。


「……多くない?」


「最低限です」


「最低限!?」


 そこに書かれていたのは――学園結界で実現すべき7箇条。

 理事長室の空気が少し変わる。


 紙にはこう書いてあった。

 ――――――――――

【ミッドライト学園結界・基本要件】


  ①結界の月間稼働率は99%以上とする。(月間30日とする)


 ②結界へ入る際の識別方法は複数必須とする。

 本結界では『バッジ』と『本人魔力』を用いる。


 ③結界の核は3つ以上とし、単一障害点をなくす。

 また、魔石の魔力量は常時80%以上を維持する。


 ④結界が破損した場合、1分以内に修復を開始する。


 ⑤外部からの魔力攻撃を検知した場合、5分以内に責任者へ通知する。


 ⑥魔力攻撃、魔石操作、術式変更の記録は必ず保存する。

 保存期間は最低1日以上とする。


 ⑦結界破損を想定した避難体制を構築する。

 また、1年に1回以上の避難訓練を行う。

 ――――――――――


 理事長室が静まり返る。

 ラースが紙と俺を交互に見た。


「……これ、学園の結界よね?ちょっと何書いてあるか意味がわからない項目あるけど...」


「そうですけど?」


「なんか国のものすごい防衛計画書みたいになってない?」


「大規模結界なんてそんなものですよ」


 すると、グリムベルが口を挟む。


「これは王国級ーーいや、それをはるかに超えるかもしれん」


 グリムベルは真剣な表情で紙を見ていた。


「④と⑤を成立させるには、上級魔法クラスの感知術式・修復術式が必要だ。③に至っては結界魔法による結界は通常、核1つであるはずだが...実現可能なのか?」


 グリムベルは静かに紙へ視線を落としたまま驚きを込めて言った。


「ダバナの結界でも、ここまで細かく管理しているのは見たことがない」


「だが、理論としては正しいと思う」


 アンナがどこか誇らしげに胸を張る。


「当然です。ソック様ですから」


 何故お前が誇らしげなんだ。

 俺は紙を軽く叩く。


「ちなみに、②と⑦は理事長側でやってください」


「ん?」


「僕は魔道具なんて作れませんし。

 学園の人員は理事長の方がよく知ってますよね」


「そこはちゃんと丸投げするのね」


「全部1人でやったら死にます」


 すると、グリムベルが小さく口元を緩めた。


「少し安心した」


「何が?」


「君にも出来ないことがあったんだな」


「普通にあるよ」


 ラースはしばらく紙を見つめた後、ふと思い出したように顔を上げた。


「ちなみに、これってどれくらいで出来そう?」


「それ、僕も聞こうと思ってました」


 俺は真顔で返す。


「いつまでに必要なんです?」


 するとラースが少しだけ視線を逸らした。


「あー……これから告知するんだけどね、実は3週間後に魔剣大会があるのよ」


 嫌な予感しかしない。


「各国の要人も来るし、王族や貴族もかなり集まるの。だから流石に守りを強化したくてね」


 時間がないな...。


「……善処します」


「助かる!」


「ただし」


 俺は即座に釘を刺す。


「これはボランティアですからね?」


「え?」


「最善は尽くします。でも絶対保証はしません」


 要件未達とか言われたくない。

 前世で散々聞いた恐怖ワードだ。


「後から“話が違う”とか言われても困るので」


「そ……そんなこと言わないわよ」


 ラースは若干視線を逸らした。

 怪しい。


「とにかく、まずはこの7箇条を目標に進めます。全部一気には無理なので隙間時間に少しずつ」


「助かるわぁ……」


 ラースが本気で安堵した顔をした。

 すると、グリムベルが静かに口を開く。


「……正直、3週間はかなり厳しいと思う」


「この規模だ。数年単位でもおかしくない」


 グリムベルは真っ直ぐこちらを見る。


「無理はするな、ソック。流石に倒れられたら困る」


「頑張るよ」


 多分、ある程度は魔法で実装できると思っているが黙っておく。

 その後、細かな役割分担だけ確認し、その日は解散となった。

 寮へ戻る頃には、流石に眠気が限界だった。


「……寝るか」


 ベッドへ倒れ込み、すぐに意識が落ちた。

 そして翌朝。


「ソック様、朝です」


 アンナに起こされ、なんとか目を開ける。


「……ん」


「授業があります。荷物はご用意してますので早く向かった方がいいかと」


「もうそんな時間か...」


 重い身体を起こし、制服へ着替える。

 寮を出て校舎へ向かっていると、違和感に気づいた。


「……なんか騒がしくないか?」


 いつも以上に生徒達が浮き足立っていた。

 廊下では、


「今年は誰が優勝すると思う?」

「理事長の魔道具、本物見てみたいな……」


 など、魔剣大会の話題で持ちきりだった。


「あー……なるほど」


 昨日の話を思い出す。

 教室へ入ると、既にクラス中がざわついていた。


 そして――ガラリ、と扉が開く。


「おはようございます」


 担任のレアルが教室へ入ってきた。

 相変わらず柔らかな物腰だ。


「皆さん、朝から元気ですね……」


 小さく苦笑しながら教壇へ立つ。


「さて、もう知っている人も多いと思いますが、3週間後に“魔剣大会”が開催されます」


 教室の空気が一気に変わった。

 レアルは続ける。


「“魔剣”という名前ですが、実際に魔剣を使う大会ではありません。剣と魔法、両方使用可能な大会という意味です」


 そういうことか。


「個人戦形式で、他クラスとの対戦もあります。そして優勝賞品ですが――」


 レアルは1枚の紙へ視線を落とした。


「理事長作成の魔道具だそうです」


 教室がざわめいた。


「理事長の!?」

「欲しいな……」


 興奮というより、本気で驚いている反応だった。


 まあ、光の大精霊が作る魔道具だ。

 普通に貴族家でも欲しがるだろう。

 グリムベルも静かに目を細めていた。


「理事長作成か……」


 どうやら王族視点でも価値が高いらしい。

 するとレアルが、少し咳払いする。


「……それと、もう1つ重要な連絡があります」


 教室が静かになる。


「大会前夜祭として、ダンスパーティーが開催されます」


 今度は大きな騒ぎにはならなかった。


「今年もやるのか」

「そろそろ相手探さないとな……」

「礼装、実家から送ってもらうか」


 そんな会話が教室内で自然と広がっていく。


 流石は王族が通う学園。

 文化として完全に定着しているらしい。

 レアルも慣れた様子で続けた。


「パートナー制ですので、各自早めに決めておいてくださいね。毎年直前になって慌てる生徒が出ますので」


 待て。


「……ダンス?」


 俺は思わず呟いた。

 剣も魔法も分かる。

 結界もまあ頑張れる。


 だが。ダンス???


 いや、辺境伯家の人間として最低限の知識はある。

 だが、ブライド領は王都からかなり離れていた。

 周囲にも大きな貴族領は少なく、社交界とほぼ無縁な生活をしていた。

 そのせいで、転生してからも正式なダンスなんてほとんど経験がない。


 つまり、実質初心者である。

 レアルはそんな俺を知らず、さらに追撃する。


「各国の王族や貴族も多数参加されます。大丈夫かとは思いますが最低限の礼儀作法には気をつけてください」


 周囲では既に、


「誰に声かける?」

「今年は断られたくないな……」


 など、妙に現実的な会話が始まっていた。

 俺だけ別方向で青ざめている。


 結界改修・魔剣大会。そして――ダンスパーティー。


 ソック・ブライド15歳。

 転生してから最大の難所かもしれない。

※補足と記載します。

月間稼働率99%は、30日換算で毎月約7時間停止しても成立します。(なのであまりすごくはないです)

また「単一障害点」は、そこが壊れると全体停止する箇所のことです。

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読ませて頂きました。 異世界でも運用上の簡略化・効率化を突き詰めたいと考えるのは、現代日本人らしい思考で共感性がありますね。 今回はありがとうございました!
Xから来ました。面白いです。システムの要件定義、大切ですよね。運用の観点で魔法を描いている作品は希少なので、応援してます!
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