ナカの思うこと
「確かにお二人のいう通りです。
私は目の前の選択肢から目を背けて判断の全てを妻に任せてしまいました。
もっと深く話し合っていれば違ったかもしれません。
ですが、私には妻を引き留める資格がなかったのではないかと思うんです。」
ナカは目を伏せて言った。引田が
「それはなぜですか?」
「私は人を好きになった事がありません。
恋愛とかはまったく経験もなく、若い頃は独身のままでいると思ってました。
当時の上司から進められたお見合いで妻と出会い、そのまま結婚しました。お互いに結婚しないといけない雰囲気を感じていたのだと思います。
私は上司の顔をたてるため、妻は年齢的に周りが結婚しているのに自分はしていないという焦りがあったのではないでしょうか。
お互いの両親から子供はまだかと言われる事もあったのでスキンシップはとるようにしてました。
子供は可愛くて愛してました。
妻に対しても誕生日や結婚記念日には外食に行ったりプレゼントを贈ったりしました。
夫婦とはそういうものだと思っていたからです。
私は………好きではない人と結婚して子供を育て、そして役目を終えたから離婚されたのだと思います。
使わなくなった物を棄てたり買い替えたりするように人間も役目を終えたら棄てられるのだと思います。
もしも、お互いに好きで結婚していたなら使えなくなっても愛着のある物や思い出の品として残しておいたかもしれない。
私が人を好きになる事ができて彼女を真剣に愛せていたならこんなことにはならなかったと……思います。」
ナカの目には涙が浮かんでいる。
後悔なのか不甲斐なさなのか、今までの思い出がよみがえったからなのかナカ本人にもわからない理由で涙が溢れた。引田が
「ナカさん、結婚が必ずしも幸せなものばかりという事はありません。昭和の世の中でもお見合いで無理やり結婚した人はたくさんいたでしょう。
こういうのもなんですが、熟年離婚って言うのはそういう人達の不満が爆発した所から始まったんじゃないでしょうか。無理矢理結婚させてきた親世代が死んで文句をいう人もいなくなった、相談したらお金貰えて離婚できる可能性がある…等の色んな理由から熟年離婚する人が出始めて、現状に不満を抱えた同年代の人達が続いて離婚して大きな波になったんじゃないですか。
それにナカさんはきっと奥さんの事を愛してましたよ。
そうでなければ、家族のために一生懸命働こうとかしっかり毎日家に帰ったりもしないでしょう。
何よりナカさんは奥さんと老後を過ごすためにあんなに立派なマンションまで買ってるじゃないですか。
本当に愛のない人のためにあそこまではしませんよ。
入り口がどうであれ、出口になった時に『この道で良かった』と思えるかなんです。
20何年の結婚生活が続いていたのならお二人が必ずしも一緒にいるのが嫌になったからというわけではないと思います。強いて言うならナカさんがするべきだったのは奥さんに『愛してる』と伝えて『あなたと結婚できて幸せです』と伝えなければ行けなかったのだと思います。
人間は行動だけでも言葉だけでも伝わらないんです。
両方を揃えて始めて気持ちは相手に伝わると覚えておいてください。」
引田がそう言って真剣な顔で三人を見た。
引田は笑顔になって
「よし、それでは今日はここまでにしましょう。
あっ、そう言えば少し予定を変更します。
ノブさんの課題については明明後日にします。明日は少し外で活動しますね。」
何か企んだような顔の引田が促す形で三人は帰路についた。




