ユキの思うこと
「僕は…誰のせいとかじゃないと思います。
ナカさんの言うような集団意識は難しくてわからないですけど逆らえない空気感って言うのを僕も感じてました。
助けて欲しくて誰かを見ても目をそらされたりしました。いつからか周りを見るのが怖くなりました。
仲の良かった友達があいつらと同じように僕を馬鹿にしてるんじゃないかとか敵になってたらやだなとか思うと周りを見たらもっと傷つく気がしました。
ノブさんの言うように大人が悪いとするのもわかります。先生は……僕を助けてくれませんでした。
見てみぬふりをする事で自分のクラスには問題がないと逃げていきました。
親に相談しても先生がどうにもできないなら意味がないと思えてきました。
いじめられてる人って信用できる人が少ないんじゃないかと思います。
友達を信じられていたら、親を信じられていたら僕の何かは変わってたかもしれません。」
「う~んその言い方で言うなら悪かったのはいじめられていた張本人のユキ君という事になってしまいそうだね?それで良いの?」
引田が聞くとユキは首を横にふり、
「違います。
僕は『誰かのせい』にして問題を放り出すのがいけない気がします。例えばいじめっこが悪いと決めて、彼らに引田さんがこの前言ってたような刑罰を科したとして本質的に何が悪かったのかを彼らが学べていないと僕が逆恨みされるだけなんじゃないかと思います
大人が悪いとしたら、どの大人がどれくらい関わっててどれほどの責任があったのかと話してるうちに話がそれて結局、立場の弱い人に責任を負わせて幕ひきがされる気がします。
いつまでもいじめについて対応できないと思われたくない人達が勝手に解決した事にしてしまいそうな気がします。適当にとかげの尻尾切りをし続けてるから本当に何が悪かったのかを考えず対策もしないからいじめはなくならないんじゃないかと思います。
なので、僕は『誰かのせい』にせず皆で解決するべき大事な事としてずっと話し合わないといけないと思います。」
「なるほどね。
ユキ君の考え方はとても良いね。
善悪の判断はとても難しい。
現代で人をたくさん殺す男が戦争の戦場では英雄になる事もある。
時代が、場所が、タイミングが違えば物事の判断基準は変わってしまう。
だからこそ、変わらない判断基準を作るための議論をし続けないといけない。
『悪』を定義するのではなく『悪にならない』ための定義付けをしないといけないわけだね。
問題の早期解決は被害者への早期救済のためと思われ勝ちだが適当に誰かに責任を押し付けるのはまったく解決していないのと同じだね。
まぁ、総括するとナカさんの意見には『皆が悪かったから誰も責めない』というニュアンスがありました。
ノブさんの意見には『助けてくれない大人がいて、それが常態化した事が悪い』という感じです。
ユキ君の意見は『特定の誰かにだけ責任を持たせるのではなく全体で責任を取ろう』とする姿勢を見せてくれました。誰の意見も間違いではありません。
だからと言って正解でもないんです。
なぜなら『正解』を決めるのには立場も人数も足りないからです。
例えば世界的に存在する宗教系のテロ組織がその典型的なパターンです。彼らの考える救済や正義なんてもの頭のおかしい奴らが集まって勝手に作ってるものであって、外部から見たらただの犯罪行為です。
神の名前を使えば何をしても許されるなんて、いかにその人の出身の国が教育水準が低く治安が悪いのかを表してるだけなんです。
大事なのは世界の常識やモラルと呼ばれるものを変更できる知能の高い人や学者が揃い話し合う場を公式に作り圧倒的な多数決による世界水準での変更議論を行う事です。誰かが勝手に作ったルールではなく皆が決めたルールを各分野、各事象について公式な立場をもって決定する。そうして一つずつ『これは間違っている』という事をなくしていかないといけないでしょう。」
三人はスケールの大きな話にあまりついていけずにいた。その様子を見て引田は笑いながら
「これも私の一つの意見です。正解ではない。
だからこそ、この発言に対してどう皆さんが考えるのかが大事です。私は賛同を求めているのではなく考察を求めています。何が正しく、間違っているのかを考えてみて下さい。
では、今日はこれまでにしましょう。また明日はトレーニング等を行いますので動きやすい格好で集合してください。明後日はナカさんの議題についての宿題の確認をします。よろしくお願いします。」
引田が挨拶し三人は帰路についた。




