いじめは誰のせいなのか
「皆さん、おはようございます。
どうですか、久しぶりに運動したから筋肉痛なんじゃないですか?」
引田が言うと3人も「おはようございます。」と返した。挨拶の練習をしていた事できっちりと挨拶を返す事がたった一日の内の数時間で身に付いてしまった。
「皆さん良い感じですね。
挨拶は基本ですからね。
それでは宿題の発表をしていきましょう。
当事者であり最も若いユキ君は一番最後にしましょうか。では、ナカさんから『いじめは誰のせいなのか』です。どうぞ。」
「はい、色々と考えてみましたが『誰か』にすべて責任を押し付けるのも違うんじゃないかと私は思いました。
もちろん、いじめた人が悪いのは前提です。
ですが、その人達にもどうにもできない事があったかもしれない。何より周りの空気が『そう』だったからという人もいると思います。
同調圧力や周囲と違う行動を取れば次は自分が標的にされるかもしれないと恐怖を感じる事もあり、誰も止められない流れのようなものができてしまうのではないでしょうか。集団生活で個人より全体を尊重しようとしてきた日本人の悪い一面だと思います。
なので、私は誰が悪いのかを考えた結果として『集団意識』の尊重だと思います。
人が集まり、仲間でいないといけない・周りの空気を読まないといけない・自分は輪の中心でいるより外側にいたい等の気持ちが悪い流れができていると感じても誰も何もできないため、いじめが起きたら止まる事なく続いてしまうのだと思います。」
「なるほど、集団意識ですか…。
ひとまずは三人の意見を全部聞いてから質問などしていきましょう。なので、発表者でない方は質問や反論等をメモしながら聞いていきましょう。
では、ノブさんお願いします。」
「俺は…大人が悪いと思う。
親もそうだし教師も含めてそのいじめに関係する大人がすべて悪いと思う。
こんな言い方をすると、何も知らないやつが偉そうに言うなと言ってくるやつもいると思う。
でも、親が『人の嫌がる事をしてはいけない』とか『人を傷つけるような事をしたり言ったりしてはいけない』としっかり教えておけばそもそもいじめは起きないんじゃないか。教師が子供の人間関係をしっかり把握したり問題が起きそうならクラスを離すとかしたりしながら、人間関係を良好にするために必要な事を示しながら教えていかないといけない。
何も知らない子供達に自分で学べとか言うなら学校も教師も必要ない気がする。
ルールも知らずにスポーツをやれと言われたって上達するはずがないのと一緒だろ。
何もかも全員が理解するまで教え続けるとかは現場の人だけでは無理なのかもしれない。
だから社会全体の大人が関わって子供に『ダメな』事はダメだと教え続けないといけないと思う。
それができてない『大人』が俺は一番悪いと思う。」
「なるほど、子供からしたら大人はみんな『先生』なわけですからね。どんな大人の背中でも子供のお手本になってしまうという意識は持っとくべきかもしれないですね。では、ユキ君よろしく。」
引田はユキに向かって言った。
ユキは緊張した面持ちになった。




