第97話 粛清
「総大将殿、いつまでこんなことをしてるつもりだ。」
アマンは総大将、ショウ・エンのテントに不平をぶつけに来た。
テントの中はすでに酒の匂いが充満していた。
ショウは地図を広げてはいるものの、手には酒杯。
どこを見ているのかもわからない眼で宙を眺めていた。
「しかし、わが軍は10万、それに対しチュウエイ軍はその倍、うかつに動けん。」
「兵の数だけが戦いではない。」
アマンは苛立ちを抑えながら言う。
「我々には質がある。お前も秘蔵の将を連れてきたはずだ。このまま動かずにいれば士気が落ちる一方だ。」
「まあ、そうだな。」
ショウはそういいながら、また酒を一口飲む。
アマンは歯を食いしばった。
「それに聞いたぞ。王都から兵の半数が南部に向けて出陣したと。今がチャンスではないか。」
「ああ、私も聞いた。コウロのやつが勢力を増やしているらしいな。あれもなかなかしぶとい。」
ショウは感心したように言いながら、自分でもう一杯酒をつぐ。
杯を満たすその手つきだけが、やけに丁寧だった。
「今なら全軍で攻めれば勝てる。動きべきだ」
「まあ、そうだな。検討しよう。」
またその言葉だった。
アマンはこれ以上何を言っても無駄だと悟った。
こいつは動かない。
この優柔不断は昔からそうだ。
「……失礼する。」
アマンは一礼して、踵を返した。
◇
「その様子だと、総大将殿は相変わらずのようだな。」
アマンの様子を見て、ジユンが声をかける。
「ああ、話にならん。」
アマンは不機嫌に答える。
「チュウエイはこちらが動かないと読み切っているのだ。いや、単になめているといってもいい。これでは勝てない。」
「ではどうする。俺たちだけでも攻めるか?」
エイサイが二人の顔を見る。
「ああ、でないとなんのためにここに来たのかもわからん。兵の士気も私の信用にもかかわる。二人とも出陣の準備をしてくれ。」
「そうこなくては!」
アマンの部隊は王都に向けて進み出した。
◇
王都——
コウロ討伐軍、10万人が消滅した。
この知らせが届いたとき、王宮全体が恐怖に陥った。
原因は不明。
しかし、誰もが察した。
南の空が明るく輝くのを多くの者が目撃していた。
そして王宮上空に朱雀竜が現れ、王都近辺の山を吹き飛ばした。
誰もが朱雀竜の警告だと思った。
10万人の全滅。
隠しようがなかった。
「息子を返せ!」
「夫はどこだ!」
「遺体は……遺体すらないのか!」
王宮の門前には遺族たちが押し寄せた。
10万の兵のほとんどは徴兵された民だった。
農民、商人、職人——ついこの間まで普通の暮らしをしていた者たちが、理由もわからぬまま消え去った。
貴族たちも例外ではなかった。
「わが家の嫡男を出陣させたのは誰の命令だ!」
「宰相に責任をとらせろ!」
怒号が飛び交い、王宮の警備兵たちは押し返すのに精一杯だった。
民の怒りは宮廷に向けられた。
王都全体が悲しみに暮れ、その悲しみは怒りに変わり、怒りは炎のように宮廷を包み始めていた。
知らせを聞いたとき、チュウエイは思わず机に拳をたたきつけた。
(あの朱雀竜の攻撃はやはりそういうことだったか。)
(オレの判断ミスだ。)
そうは思いながらも、それを認めるわけにはいかなかった。
「閣下、朱雀竜への対策をどうすれば。」
群臣たちが心配そうにチュウエイの判断を待つ。
しかしチュウエイは知っていた。
(この中の多くはこの失敗をあざ笑っているに違いない。)
「さすがに民への説明もなんとかせねばなりませんぞ。」
「そうだ。陛下や王女殿下もお嘆きだろう。」
(王女はともかく、10歳にも満たないガキに何がわかるか。)
(こいつらはこの機会にオレを追い落とそうとしているわけだ。)
(しかし、朱雀竜め。許さんぞ。今に見ていろ。人間をなめるなよ。)
チュウエイは傍らに置いてある獣剣・蒼月をちらりと見る。
(神を殺せるとはいえ、暗殺するしかない。)
(——必ず殺す。)
群臣たちが朱雀竜対策について進まない議論をするなか、知らせが届く。
ついに反乱軍のアマンの軍が動いたのだ。
その数、5千。
◇
「ついに来たか、反乱軍め!」
「5000だと、なめおって!閣下、私に討伐のご命令を!」
「いや、私にこそ!」
敵の数が少数と見て、武官の数名が声を上げた。
朱雀竜対策もコウロ討伐のときも何も言わなかった者たちである。
(要するにこいつらこそ、癌なのだ。)
(アマンは油断できん。)
(少数とはいえ、やつを叩けるのはロフしかない。)
チュウエイの心の中ではすでにロフに命令することを決めていた。
しかし——
「うむ。よし、それではまずは反乱軍の対策チームを立ち上げる。今から名を読み上げる者は、この後、別室で会議をするゆえ残るように。残りの者は一旦休憩だ。」
そういって、チュウエイは文武官の名前を読み上げる。
読み上げられた者たちは内心喜んだ。
どうにもならない朱雀竜対策をするよりも、反乱軍の対策をするほうが何倍もましだからだ。
しかし、それこそが彼らにとっての悲劇になった。
◇
数十人の文武官が一同に集められた。
チームの印ということで、手の甲に何やら紋章が描かれた。
その様子にみな不審がったが、なんとその場で前金として金塊の報酬が手渡されたので文句も出なかった。
しかし、その異例のやり方に疑問の声があがった。
「なぜ、これほどの人数が?」
「よく見るとAランクを超える傭兵や一兵卒までいるが……」
傭兵たちは前金の金塊を手にしてみな喜んでいた。
皆のざわつきを無視して壇上にリジュエルが上った。
「みなさんにはこれから、反乱軍対策を行っていただきます。」
何が始まるのかと、みな固唾を飲んで見守った。
「今から悪魔召喚を行います。皆さんはその生贄になっていただきます。うれしいでしょ。望み通り反乱軍対策の力になれるのですから。」
「なんだと!?」
怒りと驚きの声があがるが遅かった。
手の甲の紋章こそが生贄の証だった。
そこに集まった者たちは強烈な脱力感に見舞われた。
「ぐわあああ!」
なんとか抗おうとする者が声を上げたが遅かった。
断末魔の悲鳴の後、数十人の人間が全て消え去り、金塊だけが残された。
そして、一人の悪魔が降り立った。
足元まで伸びた黒い美しい髪。
露出の高い衣装をまとった女性タイプの悪魔。
大きな黒い羽根の扇子を手にしていた。
その瞳は赤く、周りに残された金塊を見渡す。
「フフフフ、なるほど。今の生贄で足りない部分はこの金塊で仕事をしろと。話が早くて――よい」
悪魔は笑いながらリジュエルに向かって言う。
「ええ、最近の研究で、金を好む悪魔もいると知りまして。仕事が終わったら自由にしていただいて構いません。」
「いいだろう。妾の名は徐姫。まずは仕事の話をしようではないか。仕事が終わったらこの手に入れた身体を存分に楽しませてもらうぞ。」
「朱雀竜討伐を強く主張した者たちは、死罪となった」
それだけが発表された。
遺体も遺族に帰らなかった。
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