第90話 やってしまった。
……やってしまった。
ワタシの眼の前では血だるまになったティーユが動いている。
気がついたら頭が真っ白になっていた。カッとなってやりました、というのはこういうことをいうのだろうか。
ヨクトとビゼンがやってきて、ドン引きしている。
アオもやってきて、興味深そうに野次馬をしている。
なぜ、こうなったのか説明せねばなるまい。
1時間ほど前……
◇
最近、例のティーユが大人しくなった。
実はアオに頼んで、持ち運びコテージを作ってもらってプレゼントしたのだ。
ボタンひとつで半球形のコテージができあがる優れものだ。
小人数で旅行するときには便利なんだけど、50人の傭兵団全員に配ってしまうと目立って仕方ないし、なによりアオが面倒くさがる。
かといって、ワタシだけが使うと他の仲間たちに羨ましがられるので、ワタシも普段は外見上はみんなと同じテントにしている。
中身はアオが空間をいじって、かなり大きめの私室になっているわけだが、ばれても仲間たちに妬まれないようなものにしている。
ビゼンとヨクトにも柔らかいベッドと大きなお風呂くらいプレゼントしようと思ったが、二人とも仲間に悪いといって断られた。
できた二人である。
ワタシとビゼンとアオは同じ部屋になっている。
古代の中国の将軍は兵たちと同じものを食べ、同じところで寝ることによって心を掴んだとか。
ワタシも可能な限り、それを見習うことにした。
一方、ティーユにはその持ち運びコテージを秘宝だといってプレゼントしたので、ずいぶんご機嫌になっている。
それが思わぬ事件を招くことになる。
◇
「アビ様、ちょっと相談が……。」
ソウがワタシのところにやってきた。
(めずらしいな。)
そう思いながらもワタシは彼女の話に耳を傾ける。
「例の監察官のティーユ殿についてなんですが……。」
(はあ、あいつまたやったのか。)
「あいつ、いや、あの人またなんかやったの?」
ワタシはオレンジジュースを飲みながら聞き返した。
「いえ、大したことでもないんですが……あの人、ほんとに偉い人なんでしょうか?」
(ん?どういう意味だ?)
「監察官なんで、偉い人だとは思うけど、どういうこと?」
「あの人が自分と親しくなれば良くしてやるとかいって、夜な夜な女兵士をアビ様がプレゼントしたコテージに招いてるみたいで。」
思わず飲んでいたオレンジジュースを吹き出す。
「いや、アビ様があんなに良くするんだから、さぞかし偉い人に違いないとみんな思いまして……。」
(そういうことか。)
ワタシがあのコテージをプレゼントしたことで、ティーユに箔がついた。
そしてそれを利用した。
「いちおう聞くけど、無理やり連れ込んでるの?自分で行ってるの?」
「まあ、無理やりということはないんですが。ティーユのほうから誘って、断りにくい雰囲気もあるようで。」
「まさか、あんたも誘われたの?」
「いえ、それが、オレはないんですけどね。あいつ、オレを女と思ってないようで。」
ちょっとイラッとしながらソウがいう。
この世界では、戦場でのそういったことは自己責任の範疇に入ることが多い。
乱暴した場合は死罪になることもあるが、誘い誘われの話になれば、どちらに非があるかは曖昧だ、血の気の多い傭兵団や、冒険者のパーティーの仲ならなおさらだ。
そんなところに加わる女にも責任はある。
そういう意味では、チュウエイに殺されかけたワタシも怒りは感じているが割り切ってる部分もある。
「ティーユがほんとにそんな権力があるならいいですが、じゃないなら、みんな騙されてるわけで。」
ソウが不満そうにいう。
(まあないだろうな。)
(この件はチュウエイもキョウも関わってなさそうだ。)
「わかった。そんなことをさせるためにあれをプレゼントしたわけじゃない。すぐやめるように釘をさしにいこう。」
「ありがとうございます。」
ワタシはソウとともに、ティーユのコテージに向かった。
◇
「いやあ、ここは素晴らしいですな!」
コテージの中でティーユはご満悦だった。
部屋には見覚えのない調度品が増えている。
どこかから持ち込んだのか、あるいは誰かに持ってこさせたのか。
(行軍中とは思えないな。)
「あのティーユ殿、ひとつ伺いたいことがあるんですが。」
ワタシはまずはソウから聞いた内容の真偽を確認する。
「なんでしょうか?」
「こちらのソウから、こちらにうちの女兵士が夜な夜なお邪魔してるとか。事実であれば、ご迷惑をおかけしているかもしれないと思いまして。」
ワタシはできるだけ彼の顔を潰さないように、こちらに非があるような態度をとった。
「いやいや、迷惑だなんてとんでもない。アビ殿の部下の皆さんは時勢を見る目、物事の道理がわかってらっしゃる。」
(ストレートにいわないとわからないのか、こいつは。)
「都にもどればチュウエイ閣下にもかならず報告いたしますぞ。」
(こいつ、チュウエイと話せる立場なのか?)
「ティーユ殿は、チュウエイ閣下と親しい間柄なのですか?」
チュウエイに閣下などとつけること自体反吐が出るが、ここは我慢だ。
「まあ、親しいというと恐れ多いですが、面会はかないましょうな。」
(その程度か。)
ティーユはワタシの顔をまじまじと見てから、薄笑いを浮かべた。
「……良ければ、アビ殿も今夜、いかがでしょうか?」
冗談じゃない。
怒りというより、呆れた。
「オマ……!」
怒りの声を上げようとしてくれたソウのつま先を踏んでとめる。
「光栄ですが、やらないといけないことがありますので、次の機会に。」
怒りをおさえてそういうのが精一杯だった。
ワタシ以上にソウは怒りをあらわにしているが、ティーユは気がついていない。
あるいは気にもしていないのか。
「では、ぜひ、王都にもどったときには我が屋敷にお越しください。ここも素晴らしいが、我が家の湯船からみえる夜景が絶景でしてな。」
(一緒に風呂に入れというのか。)
(キョウやアオにすら最初はこんなにストレートに誘われなかったぞ。……いや、そんなことはなかったな。あの二人はもっとひどかった。)
「アビ殿、あなたが無理なら——」
ティーユは少し声を落として続けた。
「——あのダークエルフの戦士と、盲目の聖女をよこしてもらえませんか?二人とも美し……」
その瞬間、ワタシの中で何かがキレた。
「それは……ビゼンと、アオのことか。」
そこからワタシの記憶は曖昧だ。
ティーユはそれ以上口を聞くことができなかった。
ワタシの拳が彼の顔面にめりこんでいた。
◇
それからソウの話では、ワタシはやつを蹴り飛ばし、股間を踏み潰し、命乞いする彼を意識がなくなるまで半殺しにしたらしい。
記憶がない。
本当に、何も覚えていない。
慌てたソウがビゼンたちを呼んできたらしい。
「ごめん。やりすぎた。」
ワタシは小さくなって座り込んだ。
「まあ、やっちまったもんはしゃあないな。」
回復魔法を使っている華侯姫のとなりで座り込み、ティーユを覗き込みながら経緯を聞いたヨクトがいう。
一応、股間の再生はなんとかなったらしいが、全回復は保留にしてある。
「私のためにこんなに怒ってくれたなんて。うれしい。」
アオが後ろからワタシに抱きついてくる。
「すまない、アビ。また私のために。」
ビゼンもワタシの手をとって感激してくれた。
しかし、今回は少しやりすぎた。
ティーユの意識がもどったようで、こちらを恐怖の眼で見ている。
まあ無理もない。
「まあいいじゃない。この男を殺して、ここには誰もこなかったことにするか、途中で魔獣にころされたことにすればいいでしょ。」
アオが証拠隠滅を提案する。
「なるほど。その手がありましたか。さすがアオ様。」
ビゼンが賛同する。
(おいおい。)
「ひいいい、命だけは、命だけはお許しを。まさか、アビ様にとってそんなに大事な方とはしらなかったのです。」
血まみれのティーユがひれ伏して謝罪する。
「ティーユ殿、ひとつだけ聞きたいが、あなたはいつもこんなことをしていたのか?」
ワタシは彼をまっすぐ見てきいた。
「いえ、今回だけです!アビ様の優しさに甘えて、調子にのってしまいました!」
彼はひれ伏してこたえた。
「このアオにはね、嘘をついても無駄だよ。そういうスキルを持ってる。」
ワタシの肩に手をおくアオの手に触れながら告げる。
実際、そんなスキルがあるかしらなかった。
しかしこの男の心を読むなど、彼女には造作もないだろう。
「いえ、なんどもしていました。申し訳ありません。二度としません。」
(なるほどね。)
「この野郎!」
ソウがもう一度殴ろうと胸ぐらをつかんだが、止めるつもりもなかった。
「もうひとつだけ聞くけど、これはみんなやってることなの?」
言いづらそうにティーユが答える。
「たしかなことはわかりませんが……多くのものがやっていると思いますよ。監察官仲間で話すこともありましたので。」
ティーユはアオの顔を見ながら、観念したように正直に話した。
(そうか。)
(こいつ一人の話じゃないのか。)
ワタシはティーユに話した。
「わかった。ここでアンタを殺すのは簡単だ。でもこの罪はアンタ一人の問題じゃないと思う。アンタには悪いけど、都に連絡して別の監察官にきてもらう。その上でアンタをもどして、ワタシとアンタ、どちらに問題があったか判断してもらうよ。」
「いや、それではアビが!」
ビゼンが声を上げる。
「心配しないで。多分大丈夫だと思う。」
ワタシは答えた。
この件が公になれば腐敗が公開されることになる。
かといって、キョウと親しく、アオの正体を知っている役所の幹部が、こんな理由でワタシを一方的に処分することなどできないはずだ。
(それより。)
ワタシはソウにまた殴られてるティーユを見ながらため息をついた。
(この国は、どこまで腐ってるんだ。)
ティーユは特別な悪人じゃない。
おそらく、ああいう人間がごろごろいる。
賄賂は当たり前で、弱い立場の人間を利用することも当たり前で、それが「役所の文化」として根付いている。
チュウエイ以前からなのだろう
(キョウ、義とか、正しさとか、そういうもので変えられるのか、これは。)
ワタシは思わずキョウのことを思い出す。
あ、やばい、ソウに殴られて、またティーユが死にそうになっていた。
ワタシはあわてて彼女をとめる。
後日、実際、ワタシの考えは正しかったことが明らかになる。
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