第87話 悪魔殺し
「私と戦う?それがお前の願いなのか?」
圧翼は笑みを浮かべながら挑発的に答える。
「そうだ。正確にはこの剣の力を試させてもらいたいのだがな、そのためにはお前に死んでもらわねばならん。」
チュウエイは剣を構えて答える。
「クククク、いいだろう。私を召喚するものは等しくお前のように身の程知らずの、自分が強者だと思い込んでいるものたちだ。過去にそのような人間がいなかったわけではない。」
圧翼は両手を広げて答える。
「ただし、その後、そいつらがどうなったかはいうまでもないがな。クククク。」
「おしゃべりは終わりだ。行くぞ!」
【白狼】
チュウエイはハクエイから奪ったスキルを発動した。
高速移動し、一気に圧翼の懐に潜り込む。常人ならその残像すら捉えることができない速度だ。
圧翼は左手で無造作にそれを防ごうとした。
人間の一撃など防ぐまでもない。無意識で「念のため」結界を張り、左手で止める。それだけで人間は顔色が変わる。
そのはずだった。
しかし。
ズシャ!
チュウエイの一閃は圧翼の肘から下を切り飛ばした。
「ぶるあああああああああ!」
圧翼は激痛に悲鳴を上げた。
(なんだ、これは!人間がこの私に一撃を与えるなど。)
思わず後方の壁際まで飛翔した。天井高く舞い上がり、チュウエイの剣が届かない場所まで離れる。
(この私が痛みを感じるだと!)
圧翼は直ちに右腕を再生しようとした。
しかし、再生できなかった。
傷口が、塞がらない。
「再生できん!なぜだ!」
焦りのあまり思わず声が出た。上位悪魔が、人間の前で動揺を見せた。
「ほう……なかなかの効果のようだ。」
チュウエイは獣剣・蒼月の威力に思わず声が出た。
「そんなところにいないで、こっちに来い!」
【引きつける手】
チュウエイはかつて冒険者から奪ったスキルを発動する。左手を掲げると、圧翼がチュウエイの方に引きつけられていく。
(まずい!あの剣を受けるわけにはいかん!)
圧翼は残った左手に魔力を集中させ、魔力剣を作った。チュウエイの剣戟を防ごうとするが——
ザン!
チュウエイの一閃は圧翼の魔力剣をすり抜け、袈裟斬りにした。
「ぶらああああああ!」
悪魔の誇りなど捨て、激痛に叫ぶ。
そして、理解した。
この男の一撃は自分の精神体に届いていると。
肉体だけではない。魂ごと、斬られていると。
「わかった!私の負けだ!見逃してくれ!」
圧翼は命乞いをしながら、空間転移で逃亡しようとした。しかし魔法陣の力で転移することはできなかった。
「まあ、いいだろう。この剣の力は十分にわかった。お前は好きなところに行くといい。」
チュウエイは警戒しながらも剣の間合いから下がった。
(馬鹿め!)
圧翼は内心で舌なめずりをした。
命乞いは嘘だ。この距離ならもらえる。如何に剣が強くとも、間合いの外からの魔力衝撃波は防げないはずだ。
「この距離、もらったぞ!」
圧翼は右手から魔力衝撃波を放った。
防ぐことも交わすこともできない距離。上位悪魔の全力の一撃。壁が砕け、床が抉れ、空気が焼けた。
しかし——
チュウエイが真正面に剣を構えると、圧翼の魔力そのものが切り裂かれた。
「ひいいいいい!」
圧翼は声を上げ、窓に向かって飛翔した。
そこにはもう悪魔のプライドなどなかった。ただ逃げたかった。生き延びたかった。
【白狼・空歩】
チュウエイは再びスキルを発動する。何もない空間を階段を駆け上がるように駆け上がっていく。
そして、圧翼の背中から心臓を貫いた。
「じゃあな。」
チュウエイが静かに声をかけると、圧翼は精神体ごと紙が燃え尽きるように消えていった。
ドシャ。
チュウエイは静かに着地した。
「見事です!閣下!」
影に隠れて見ていたリジュエルが声をかける。
「ああ、想像以上の威力だ。これなら神にも届くかもしれん。」
チュウエイはそういって、内心でつぶやいた。
スキルを奪えた感触はない。
(悪魔だから奪えないのか、精神体を破壊するから奪えないのかはわからないがな。)
(しかし……)
(悪く思うなよ、究姫。お前にももはや用無しだ。)
チュウエイの眼は、次の獲物を捕らえていた。
◇
「召喚された悪魔が消えた。」
深刻な表情のキョウに、妲姫が静かに告げた。
「え?どこかに行ったということか?」
キョウは問い返す。
「いや、倒されたようだ。しかし……」
「しかし、なんだ。はっきり言ってくれ。」
キョウは妲姫を見つめた。
「完全に殺されたようだ。精神体まで。もう復活もできないだろう。」
「どういうことだ。召喚してすぐに殺された?」
「つまり、悪魔を使って何らかの実験が行われたということだ。何が行われていたかまではわからん。」
妲姫はキョウの目を見て答えた。
キョウは少し考えてから、静かに言った。
「そんなことをするやつはチュウエイしかおらん。あいつ、何をやっているんだ。」
(問い詰めてもとぼけるに決まっているが。)
それよりも問題なのは、あの男が何かを手に入れたということだ。上位の悪魔を倒せる何かを。
「くそ、こんなときにトウマやアビがいれば。」
キョウは窓の外を睨んだ。
◇
数日後――
チュウエイは一人、カードゲームバーに現れた。
今や宰相の身だ。顔を知っている者も多い。今日は無精ひげを生やし、荒くれ者の姿に変装していた。本来の彼に近い姿だったので、誰も正体に気がつかなかった。
究姫がだいたいここにいることは知っていた。今日ここにいることも、あらかじめ部下に調べさせていた。
長い付き合いで、究姫の弱点はわかっている。
彼女は自分が襲われるなどと微塵も思っていない。だから警戒というものがない。むしろカードゲームは負けるから面白いと思っているような女だ。尾行も監視も隙だらけで、気がついていたとしてもそれを気にもしないのだ。
(いた。)
究姫は見知らぬ男たちとカードゲームに興じていた。露出の多い冒険者風の衣装をまとい、誰も彼女が四凶の一人などとは思っていない。美しい四肢が男たちの視線を集めていた。
ふと、懐かしくなった。
(お前との出会いも、こんな場所だったな。)
究姫がチュウエイに気づき、目配せをする。チュウエイも目線だけで答えた。
そして周りを観察する。
(凍子はいない。チャンスだ。)
四凶二人を同時に相手にするのは危険だった。今日は好機だ。
チュウエイはいつものように自然に究姫の背後に回った。
美しい究姫のうなじが見える。
(これを見るのも、これが最後か。)
忙しくなってからは、彼女を抱くこともなくなっていた。冒険者をしていた頃は、よくこうして並んで馬鹿なゲームをしていたものだ。
(あの頃は楽しかった。だが、これまでだ。)
チュウエイは音もなく剣を抜いた。
そして、椅子の背後から、究姫の心臓を剣で貫いた。
「うわああああああ!」
客たちが声を上げ、逃げ出す。
「お前、なぜ。」
究姫がチュウエイの方を向く。剣から逃れようと立ち上がろうとするが、膝をついた。体が崩れていくのが見える。
「なんだ、こいつ!人間じゃないぞ!」
周りで見ていた客が声を上げた。
「なあ、究姫。楽しかったな。お前とはいい仲だったが、これまでだ。最後まで役に立ってくれたよ。」
チュウエイは究姫を見下ろしながらいった。
「お前、こんなことして、やっぱり碌な死に方しないぞ。」
究姫は床に手をつきながら答えた。その声に、怒りはなかった。
「究姫!お前!」
異変を感じた凍子が駆けつけてきた。
「よしな、凍子。」
究姫は凍子を静かに制した。
「こいつは私の相手をしてくれたんだ。つきあってやるよ。私の仕返しなんか考えなくていいよ。」
「でも!」
凍子が怒りをあらわにする。
しかしその目は、どこか冷静だった。
究姫はそれには答えず、ふと遠くを見るような目をした。
「アビには教えてやってくれ。」
小さな声だった。
「あいつ、私のために泣いたりおこったりしてくれるかなあ。」
それが、究姫の最期の言葉になった。
「じゃあな。」
チュウエイの剣が無慈悲に振り下ろされ、究姫は消え去った。
床には、アビが渡したカードが一枚だけ残っていた。
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