第78話 大司教
「そんなわけで、ここに来たわけよ。」
ワタシはキョウに、アオと先行してきた経緯を話した。
「なるほど。しかし……とんでもない話を聞かせてくれたな。霊教が動いているだと?」
キョウは眉をひそめる。
「四霊ってのはアオに説明してもらったけど、霊教ってのはなんなの?」
ワタシは率直に聞く。
「この国ではあまり信仰されていないが、霊神、つまりその四霊を信仰している宗教だ。アオ様の話によれば本来は四柱の神だということだが、霊教自体は霊神という一つの神として信仰している。」
キョウが説明してくれる。
「本当は四人の神なのに、一神教なの?わけがわからないわね。」
「四霊で一柱という解釈なのかもしれん。」
キョウは静かに北の方角に目を向けた。
「西方に神聖霊教国という宗教国家がある。やつらのやり口はこうだ。外国に宣教師を派遣し、国の重要人物を大司教に任命する。そして徐々に国内への布教を進めていく。気がついたときには、国の中枢が霊教の信徒で固められている。」
「ろくでもないわね、それ。」
「そのやり口が、チュウエイと繋がっているのであれば……今、我が国は最大の危機だ。」
キョウは武官の将軍に向き直った。
「将軍、すぐに戻るぞ。」
「殿下、それは難しゅうございます。コウ将軍も行方不明、兵も混乱しており、戦いは終わりましたが順次帰還させている最中です。すぐには動けません。」
「じゃあ、ワタシとアオとキョウだけ先に帰る?」
「いや、私だけ戻っても意味がない。私を支持してくれている群臣のほとんどはここにいる。それに現段階では、チュウエイが売国をしようとしているのは疑惑でしかない。証拠なしに動けば、私が先に潰されるかもしれない。」
「神使の共通スキルのようなものがあるのよ。」
アオが口を挟んだ。
「神使のいうことを信じる者の信仰心や信頼を、思考誘導する。チュウエイが神使になっていた場合、やつの支持者は爆発的に増えるよ。気がついたときには、都の民のほとんどが動かせなくなっているかもしれない。」
「とんでもないわね、それ。」
「わかった。」
キョウは将軍を見た。
「将軍、できる限り急がせよ。一刻も早く都に戻る。」
「御意。」
キョウは武官に軍の撤退を急がせた。
政治の話はワタシにもアオにもできることがなかった。
◇
会議室は石造りの重厚な部屋だった。
高い天井から下がる燭台が、長い会議卓を照らしている。
壁には歴代の王の肖像が並び、その視線が室内を見下ろしていた。
文官たちはそれぞれの席に座っているが、どこか居心地が悪そうだ。
誰もが背筋を伸ばし、誰もが議長席に座る男の顔色をうかがっていた。
議長席にはチュウエイが座っている。
その横には何かの書類が山と積まれていた。
「どういうことだ、チュウエイ殿。」
一人の文官がチュウエイを問い詰める。声は抑えられていたが、震えていた。
「今いった通りだ。私は霊国より大司教に任命された。もっとも、これは私事であり、公務とは関係がない。しかし、いらぬ詮索をされては困るから、ここで公表させてもらった。」
チュウエイは涼しい顔で答える。
「チュウエイ殿、貴殿は今や我が国の宰相だぞ!そのようなことが許されると思うのか!」
一人の文官が立ち上がった。
「我が国の法では、霊教の大司教になってはならない、などという条文はなかったと思うが。」
「屁理屈をほざくな!」
「そういえば、皆に見せたいものがある。おい!」
チュウエイが合図をすると、係りの兵たちが会議室の外からいくつかの箱を運び込んだ。
重い音を立てて、箱が卓の上に置かれる。
「これは?」
文官たちが戸惑っていると、チュウエイが箱を開けるよう指示をした。
「な……これは!?」
そこにあったのは、王室の陵墓から財宝を発掘することに反対した者たちの首だった。
室内の空気が凍りついた。
誰も声を上げることができなかった。誰も立ち上がれなかった。燭台の炎だけが、静かに揺れていた。
「こいつらは勅命に逆らい、不正に私財を蓄えていた。そのため処分し、私財はすべて没収した。イーゲンのやつは逃げたが、ロフが討伐に向かっている。やつの首もここに並ぶのは時間の問題だろう。」
チュウエイは不敵に笑い、文官たちを見回した。
「ふざけるな!こんなことが許されると思うのか!」
一人の文官が立ち上がり、チュウエイを指さす。
チュウエイは黙ったまま、積み上げられた書類から一つの封筒を取り出し、その文官に向けて投げた。
「な、なんだ!?」
「中身を確認しろ。」
チュウエイに促され、文官は封筒を開ける。
見る見る顔色が変わっていく。
「チュウエイ……いや、チュウエイ殿……」
それが彼の最後の言葉となった。
チュウエイが魔力を込めた三日月型の刃を投げる。
刃は一条の軌跡を描き、彼の首を跳ね飛ばした。
血の雨が会議卓を濡らし、歴代の王の肖像画に赤い染みを作った。
隣に座っていた文官が、悲鳴を上げる間もなく椅子から崩れ落ちた。
別の文官は口を両手で押さえ、嘔吐をこらえるように身体を折った。
誰も助けに行けなかった。誰も立てなかった。
「あわてるな。こいつは不正に脱税を行っていた。にもかかわらず、この神聖な会議を侮辱した。そのため粛清した。」
刃は弧を描いて空を飛び、再びチュウエイの手に戻る。
「なにも殺さなくても……」
一人の文官が、か細い声で口を挟んだ。
次の瞬間、チュウエイは再び刃を投げた。
「ぐわあああ!」
刃は弧を描き、文官の耳を切り落とした。耳が卓の上に転がり、血が白い書類を染めていく。文官は椅子ごと倒れ、床を転げ回りながら叫んだ。
しかし、誰一人として立ち上がれなかった。ただ、その場にいる全員が、本能的に身を縮めた。
「なかなか面白いスキルだろ。オレは殺した者のスキルを奪うことができる。これもそこに並んでる首の一つから奪ったものだ。誰のスキルだったかは忘れてしまったがな。」
チュウエイはそういって、刃を指先でくるりと回した。
誰も声を上げなかった。
椅子を引く音すら、誰も立てなかった。
「次は誰だ?」
チュウエイは文官たちを見回した
文官の一人が、膝の上で握りしめた手が震えているのに気がついた。
しかし、それを隠す気力すら残っていなかった。
隣の男は俯いたまま動かない。
その隣の男は、卓の上の血だまりから目が離せないようだった。
次は自分かもしれない。
その考えが、室内の全員の頭を支配していた。
「異論はないようですな。では結構。」
チュウエイはそういって、ひとり静かに書類をめくっていた。
歴代の王たちの肖像が、血に濡れた会議室を見下ろしていた。
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