第71話 王女と神使(みつかい)
大将コウ、六十を超える名将は、目の前に広がる革命軍の陣容を静かに見つめていた。
総勢十万を超える軍勢である。
しかし、そのほとんどは民兵のはずだった。武器もまちまち、装備も貧しい。
にもかかわらず、死を恐れず立ち向かってくる。
「これが……勇者ヨウトの力というのか。」
コウは思わずつぶやいた。
「王家はこれほどまでに、民に憎まれていたのか……」
隣に立つキョウ王女が、心痛な表情でつぶやく。
「殿下、それは違います。これこそ、あのヨウトのまやかしに違いありません。」
コウはキョウに敬礼しながら答えた。
コウはキョウに、自分の孫娘の姿を重ねる。
王女が戦場に来ると聞いたとき、コウは驚き、自らの不徳を恥じた。
そして、ここに来るよう勧めたというチュウエイには、殺意すら覚えた。
しかし、王女はただ守られるだけの存在ではなかった。
自ら剣をとり、戦場を駆けた。妲姫という悪魔を使役し、敵を打倒した。
その姿を見て、兵たちも奮い立った。
しかし、王女の表情は晴れなかった。
それは恐怖ではなかった。
「私が戦っている相手は……守るべき民ではないか。私はいったい、何をしているのだ。」
戦いの中、王女はそうつぶやいた。そして先日の軍議で、誰もが息を呑む提案をした。
◇
「コウ将軍よ。私が戦場で直接、ヨウトと話をすることはできないか。」
軍議の場が、水を打ったように静まり返った。
「何をおっしゃいます!」
しかしキョウは動じなかった。将軍たちも、この王女が戦いをなめているわけではないと、すでに知っていた。この少女は本気でヨウトとの対話を望んでいる。
「反乱軍といっても、彼らは本来、愛すべき民ではないか。ヨウトも民のために戦っている。そして私も、民のために戦っている。ならば、私は直にヨウトの言葉を聞きたい。」
キョウは立ち上がり、将軍たちを見渡した。
「彼の親友であり友であった、わが父レイ王は死んだ。彼の妻たるリョウコ殿も旅立たれた。すべてを失った男が、どのような世界を思い描いているのか。私は直に聞きたいのだ。」
「なりません、危険です!」
群臣は口々にキョウを止めた。
「ヨウトが対話を拒み、だまし討ちをするようであれば……もはや勇者は死んだのだ。」
キョウの声は、静かだった。しかしその静けさが、かえって場の空気を変えた。
「しかし、そのような男に、あれほどの民が惹かれるだろうか。私は直に見てみたい。」
「殿下は私が守る。この命に代えても。」
傍らに控えていた銀髪の女が、静かに答えた。
「黙れ、貴様ごときに何ができる!控えろ!」
将の一人が女を一喝する。
その瞬間、女の空気が変わった。
褐色の肌が白くなる。頭に一本の角が生える。青い瞳が、静かに光る。
「戦場で殿下が使役されていた悪魔か!?」
群臣たちが声をあげた。
「使役ではない。」
キョウは将軍たちを見回して、はっきりと言った。
「これはわが友、妲姫だ。」
「……悪魔が、友ですと?」
「そうだ。」
キョウはわずかに口元をゆるめた。
「ところで妲姫、命をかけるも何も、今のお前はアビがいる限り不死身なのだろ?」
「ああ、そうだったな。」妲姫はキョウの肩に手をやる。
「ところで、アビのやつもこっちに向かっているぞ。」
「そうか。楽しみだな。」
(悪魔を友と呼ぶ姫君か……)
コウは信じられない思いで目の前の少女を見た。
しかし同時に、この願いをかなえてやりたいと思った。
「わかりました。ヨウトに使いを出しましょう。ただし、どうなるかは約束できませんぞ。」
「閣下!」
「責任は私が持つ。」
コウは居並ぶ将軍たちを見回した。
「妲姫殿は悪魔といえど命をかけると言った。ならば我らこそ、王家を守るために命をかけねばなるまい。違うか、諸君。」
「そうだ、我らこそ王家の剣。悪魔の妲姫殿などに負けてはおれん!」
群臣たちは、大将コウの声にうなずいた。
◇
――革命軍、ヨウトの本陣。
幹部たちが居並ぶ中、上座には七十を超えたヨウトが座していた。
覆面で顔をおおわれ、その表情は目元しか見えない。その目は、ただ静かに、遠くを見ていた。
動かない。
しかし、その存在感は圧倒的だった。
上座に座るだけで、空気が変わる。呼吸のたびに、室内の気圧が揺れるような錯覚がある。
幹部たちの前に立ち、言葉を仕切っているのはヨウトではなかった。
四十代の男、ビエムである。
端整な顔立ちをした男だった。声は低く、よく通る。
笑うときは必ず目が笑っていた。
誰に対しても丁寧で、怒鳴ることがない。
若き日のヨウトのようであった。
「諸君、最大のチャンスが来た。」
ビエムは官軍からの手紙を皆に見せる。
「キョウ王女が直接、ヨウト様と話したいと申し出てきた。」
「なんと!」幹部たちがざわつく。
「同志ヨウトはお受けになるのですか?」
「同志ヨウトにそのような場に出ていただく必要はない。このビエムが代わりに受ける。」
ビエムはそういって、ヨウトに向かって深々と頭を下げた。
誰も、ヨウトが頷いたところを見ていない。
しかしビエムは「ありがとうございます」と言った。
「会食の場を設け、その場でキョウ王女を捕らえる。」
一瞬、場が静まった。
おかしい、と思った者は何人もいたはずだった。
それはヨウトの志ではないはずだと、誰もが感じたはずだった。
しかし。
「……なるほど。」
「それが最善か。」
「さすが、ビエム様だ。」
気がつけば、幹部たちは頷いていた。
一人の男だけが、立ち上がった。
「お待ちください。」
トレーズという名の男だった。若い。まだ三十にもなっていない。
「そのような卑怯なことが、同志ヨウトの志であるはずがない。同志ヨウト、そうでしょう。」
トレーズはヨウトに話しかけた。
場が、また静まった。
しかし今度の静けさは違った。
ビエムが、トレーズを見た。
ただ、見ただけだった。
笑っていた。目も、笑っていた。
「トレーズ。君はヨウト様のことを考えているのだな。」
「……当然です。」
「私もそうだよ。」
ビエムは静かに、しかし全員に聞こえる声で言った。
ビエムはゆっくりとヨウトの座する上座に目を向けた。
「神使である私の言葉は霊神の言葉、そして同志ヨウトの志でもある。」
ビエムは幹部たちを見回して、穏やかに微笑んだ。
「さあ、準備を始めよう。これはヨウト様が民に贈る、最後の勝利だ。」
その言葉を聞いた瞬間、何人かの幹部が、無意識にひざまずいていた。
トレーズはそれ以上なにもいわなかった。
幹部たちは、誰一人として疑問を持たなかった。
ヨウトは、その一切を黙って見ていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
続きが気になった方は、
ぜひ応援クリック、ブックマークをお願いします!
SNSで拡散お願いします
やる気がでます




