第65話 嵐の後その1
王都、朝廷――
朝の光が差し込む大広間に、貴族や軍の有力者たちが並んでいた。
上座は空だった。
誰もが見ているのは、その場に立つ一人の男だった。
黄金の鎧を脱いだチュウエイは、今日は落ち着いた文官風の装いだった。しかしその目は変わらない。値踏みするような、冷たい目だ。
「まず、国庫の現状をお伝えする。」
チュウエイが口を開いた。
「非常に厳しい。長年の戦乱と宦官どもの私物化で、底をついている。」
広間がざわめく。
「そこで、王室の祖先にお預けしていたものをお返し願うことにした。王室の陵墓には始祖からの財宝が眠っている。陛下からも皇太后様からも許可をいただいた。」
一瞬の沈黙。
「ふざけるな!貴様!」
ショウ公爵が机を叩いた。その音が広間に響いた。
「別にふざけておらん。」
チュウエイは動じなかった。
「貴様が陛下を脅したのだろう!」
貴族の一人が立ち上がり、指を突きつける。
チュウエイはその視線を一瞥してから、次の言葉に移った。
「もう一つ。勅命により、男爵以上の爵位を持つものの私財を全て調査することになった。不正に私財を蓄えていた者は財産を没収とする。」
「馬鹿な!」
「そんな横暴は許されん!」
「なお、正直に告白した者には懲罰金でお許しになるということだ。」
チュウエイは不満の声を一切無視して続けた。その淡々とした態度が、怒鳴り声よりも不気味だった。
「こんな茶番には付き合えん!」
ショウが立ち上がり、席を蹴るように立った。
「私もだ!」
続いて立ち上がったのは、辺境の豪族イーゲンだった。
「ほう?勅命に逆らうのか?」
チュウエイが笑みを浮かべた。
その笑みが、広間の温度を下げた。
「何が勅命か!傭兵が混乱に乗じて、陛下の名を勝手に使いおって!」
イーゲンが剣を抜いた。
「ロフ、おとなしくさせろ。殺すな。」
チュウエイが静かに言った。
ロフが無言で前に出た。
それだけで、イーゲンの顔色が変わった。
「おのれ……!」
イーゲンは剣を収め、踵を返して出ていった。
「なんだ、逃げたのか。クククク。」
チュウエイは笑った。人を嘲笑う時の、あの笑い方だった。
「さあ、他に反対の方はいるかな。」
「「ふざけるな!」」
「「私も付き合えん!!」」
さらに数人の豪族が席を立ち、広間を出ていった。
チュウエイはそれを黙って見ていた。
全員が出ていくまで、何も言わなかった。
「ロフ、今出ていった連中を討て。財産は没収だ。」
ロフは答えず、立ち上がり、広間を出ていった。
チュウエイは残った者たちを見渡した。
「今ここに残った方々は非常に賢い。」
静かな声だった。
「出ていった連中は、終わりだ。」
その後、誰もチュウエイに逆らわなかった。
◇
コウロは南方の領地に逃げ帰っていた。
屋敷に戻った時、使用人たちの顔色が変わっていた。
誰もが目を伏せ、誰もが言葉を選んだ。
それが、全てを物語っていた。
寝室に籠もり、ワインを開けた。
しかし味がしなかった。
最初、何が起こったのかわからなかった。
ロフの部隊が屋敷に踏み込んできた夜のことを、コウロは何度も反芻した。
レツオウはいなかった。
華姫もいなかった。
頼れる者が誰もいない屋敷に、ロフの兵は我が物で入ってきた。
抵抗など、できなかった。
わずかな兵を連れて、夜の王都を走った。
貴族として生まれ、一度も走ったことのなかったコウロが、泥の中を走った。
数日後、王都からの知らせが届いた。
「レツオウが……ハクエイが……王女殺害未遂犯として討たれ、その黒幕が私だと……!」
コウロは文書を握りしめた。
震えていた。
怒りなのか、恐怖なのか、自分でも分からなかった。
全てが露見した。
全て。
積み上げてきたものが、一夜にして消えた。
コウロは窓の外を見た。
南方の空は青く、のどかだった。
その青さが、腹立たしかった。
「しかし……私はまだ終わらん。」
コウロは呟いた。
王都の方角を向いた。
「チュウエイ。貴様だけは……絶対に許さんぞ。」
誰も聞いていなかった。
使用人たちは、廊下から足音を消していた。
◇
アマンは行きつけの酒場で酒を飲んでいた。
カウンターの端の席。いつもの席だった。
「このたびの戦いでのご活躍、聞きましたよ。おめでとうございます。」
歌姫がカウンターの向こうから声をかけた。
アマンの隣に、静かにグラスを置きながら。
「一応な。」
アマンはワインを一口飲んだ。
「軍属になることになった。あのチュウエイに気に入られてしまったらしい。いきなり少将待遇だとさ。」
「まあ。」
歌姫は少し眉を動かした。
喜んでいるのか、心配しているのか、わからない表情だった。
「本当なら、一旦実家に帰ろうと思っていたのだがな。」
アマンは続けた。
「逆らうと父上に害が及ぶかもしれん。」
「では、うわさの反乱軍討伐に?」
「ああ。明日にも準備をしないといけない。前線に向かう。」
「では、しばらくここには来れませんね。」
歌姫はそう言って、アマンのグラスに静かにワインを注いだ。
それだけだった。
アマンもそれ以上は言わなかった。
二人とも、わかっていた。
言葉にする必要のないことがある。
アマンはグラスを空にして、立ち上がった。
「もっとも、長い戦いにはならんだろうがな。」
勘定を払いながら言った。
歌姫は微笑んだ。
「待っていますよ。」
それだけだった。
アマンは振り返らずに酒場を出た。
夜風が、冷たかった。
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