第64話 それぞれの道
「で?ワタシに話って?究姫。」
チュウエイが出ていったあと、ワタシは用事とやらがあるという究姫に声をかけた。
「この方が、究姫様なのか。話は聞いていたが……お前の交友関係はすごいな。」
キョウが目を丸くする。
すると究姫は立ち上がるや否や、フッと消え、ワタシの背後から抱きついてきた。
「まあそういうなよ、アビ。約束通り、副賞をあげようというんだからさ。」
ワタシは払いのけた。
「いえ、結構。」
嫌な予感しかない。
「そう警戒するなよ。お前たち、私の眷属と仲良くしてくれたらしいじゃないか。」
「妲姫のこと?」
「そうそう。あの魂が砕けたとき、飛び散らないように救ってやった。」
「どういうことだ!?」
キョウが前に出た。
「ひょっとして、妲姫が生き返るのか?」
「そうだ。」
究姫がニヤリと笑う。
「条件はなんだ!私に何ができる!」
キョウは究姫に食いついた。声が、震えていた。
「キョウ、落ち着いて。」
ワタシが制しようとするが、キョウは聞いていなかった。
「なんでもする。この私でできることなら何でも言ってくれ。だから妲姫を返してくれ。」
「キョウ。」
「あいつは……あいつだけが……後宮でずっと、ワタシの唯一の友だったんだ。」
殿下の声が、かすかに割れた。
「そう警戒するな、アビ。」
究姫はいつもの調子で言った。
「副賞と言っただろ。実はもう受肉させている。さあ、恥ずかしがってないで早く出てきなよ。」
その瞬間、ワタシの右目に魔力が宿るのを感じた。
温かい、懐かしい気配だった。
右目から光が溢れた。
銀髪。褐色の肌。見覚えのある角。
「いや、そのなんだ……。」
妲姫が、照れくさそうに頭を掻いた。
「久しぶりだな。アビ、殿下。」
一瞬、部屋が静まり返った。
「馬鹿!」
キョウが妲姫に飛びついた。
子供のように、両腕で妲姫の体にしがみついた。
「無事なら無事となぜ早く出てこなかった!」
「すまん。復活に数百年かかると思っていてな。まさか究姫様に救われるとは思わず、言い出しにくくて……」
妲姫はキョウの頭に、そっと手を置いた。
「本当に馬鹿だな、お前は。」
優しい声だった。
ただ、妲姫の胸に顔を押しつけたまま、しばらく動かなかった。
◇
「いや、ちょっとまて。」
ワタシは手を上げた。
「なんだ、アビ。感動の再会に水を差すのか?」
「なぜ、ワタシの右目から妲姫が出てきたのよ。」
「ああそれな。」
究姫はあっさり答えた。
「お前が妲姫の魂を砕いた時、あのままでは魂が離散するからな。とっさにお前の右目に入れたんだよ。」
「人の眼をコップのように……!」
「もっとも、ただの人間のお前の右目だけでは妲姫の魔力は吸収できないからな。私の血も媒介にしてやったぞ。」
「な……何だと……。」
「喜べ、アビ。お前の右目には今や神の力の一端が宿ったかもしれんぞ。」
究姫がにっこり笑った。
その瞬間だった。
『お前の刻は凍りつく(アブソリュート・ゼロ)』
アオが無言で究姫に魔力を放った。
究姫の全身が、音もなく凍りついた。
(これって、あの華姫を殺したという術じゃ……。)
部屋中に冷気が満ちた。その場にいた全員が息を呑んで黙り込んだ。
沈黙。
パキィン。
究姫が氷を砕いて立ち上がった。
髪についた氷の欠片を払いながら、指をワタシに向けた。
「アビの体の中に、初めて体液を入れたのはアオではない!この究姫様だ!」
「いやな言い方をするんじゃあない!!」
思わず立ち上がって突っ込んだ。
「そんな汚いもの、取り出しましょう。」
アオが無表情のままワタシの右目に指を伸ばしてきた。
「やめて!それはそれでやめて!!」
「ああ……アビの体に初めて体液を入れるのは私だったはずなのに!」
「だから言い方がおかしいでしょ!ワタシの世界では輸血とか普通にあったわよ!」
ワタシとアオが騒いでいる横で、究姫はケロリとした顔で続けた。
「なお、妲姫の本体はアビの右目になったからな。アビが死なない限り妲姫は不滅だ。ただし、アビが死ねば妲姫も道連れになる。もっとも妲姫はいずれ復活するがな。」
「ちょっと待って。」
ワタシはアオを片手で押しとどめながら、究姫を見た。
「つまり、ワタシが死ぬまで妲姫はワタシの右目に住んでるってこと?」
「ある意味では、そういうことだ。別にいつも一緒にいるわけではないからいいだろう。」
究姫がなんでもないことのようにいう。
妲姫はキョウにしがみつかれたまま、ばつが悪そうに目を逸らした。
「すまんな……。」
「いや、まあ、生きてるならいいんだけど。」
◇
「今後の話をしたいが、私はチュウエイの言う通り前線に行こうと思う。」
殿下が意思を示した。
「アビ、頼みがある。お前はこの城に残って陛下をまもってくれないか。」
キョウはワタシに頭を下げた。
「いえ、陛下の身の安全はチュウエイが守ると思うわ。」
「なぜだ。あいつを信用するのか。」
「信用じゃなくて、利害よ。チュウエイは陛下の後継人という大義名分があるから権力を振るえる。陛下に万一のことがあれば、あいつも終わり。だから守らざるを得ない。」
「……。」
殿下はまだ納得していない顔をしていた。
「それより殿下、チュウエイがあなたに前線に行ってほしいと言ったのは、あなたが邪魔だからよ。」
「どういうことだ?」
「王都にあなたがいると、あなたを担いで対抗勢力が生まれるかもしれない。ショウ公爵あたりが筆頭ね。だからあいつはあなたを追い出したかっただけ。」
「なるほど。だがわかっていて何故止めなかった!」
ワタシはキョウをまっすぐ見た。
「止めても、あなたは行くでしょう。キョウ。」
殿下は一瞬黙った。
「……たしかにな。」
苦笑して、認めた。
「では、私の護衛として一緒に来てくれるか。」
「ちょっと時間をほしい。」
「構わんが、なぜだ?」
「ヨクトやビゼンがオアシスにいるでしょ。」
アオが頷く。
「元革命軍の連中もいっしょにね。」
「一度会いに行かないといけないし。それに彼らは元々革命軍よ。元の仲間と戦わせたくない。」
「わかった。」
キョウはゆっくりうなずいた。
「待っているぞ、アビ。また会おう。」
そういって、キョウは手を伸ばした。
握手だと思った。
手を取った瞬間、引き寄せられた。
唇が、重なった。
「続きは、またな。」
キョウはそう言い残して、トウマと妲姫を連れて歩き出した。
廊下の角を曲がる直前、振り返ってにやりと笑った。
「つづきなんかあるかあ!」
ワタシは叫んだ。
ワタシのセカンドキスも女に奪われてしまった。
いや、これもノーカンということにしよう。
◇
そのあと、ワタシはオアシスでヨクトやビゼンたちと再会した。
移動はアオによる転移で一瞬だったわけだが。
「おう!元気だったか、アビ!刻印も消えたじゃねえか!」
ヨクトが拳を突き出してきた。
「おかげさまで!」
ワタシも手を合わせた。
「うまくいったようだな!」
ビゼンが抱きついてくる。
「そっちもね。」
ワタシも彼女を抱擁した。
「「お帰りなさいませ!」」
リョーカ他、兵士たちも元気そうだ。
ひととおり挨拶を終えて、ふと見慣れない顔がいくつかあることに気がついた。
「初めまして、ワタシはソウと申します!うわさはかねがね!」
ショートカットの女性が礼儀正しく頭を下げた。
「気軽でいいよ。よろしくね。」
次に目に入ったのは、青い目をした肌の白い女だった。
明らかに人ではない気配がした。
「私は華侯姫と申します。下賤な悪魔でございますが、ヨクト様の忠実な僕。ヨクト様の御屋形様なら私の御屋形様でもあります。なんなりとご命令を。」
「お、おう。ヨクト、いつの間にこんな悪魔を僕に。」
「ちがうんだ。やめろ、華候姫。まあ話せば長い。」
ヨクトが嫌そうに手を振った。
そして、もう一人。
黄色がかった赤い髪。一見、酒場にいそうな女だが、その気配は別物だった。
「あなたが、アカ?」
女が目を細めた。
「やるじゃない。一目で気づくなんて。でも私のことはスカーレットと呼んでくれる?その名は好きじゃないの。」
「アオにも、クロにも、究姫にも似てる。あなたたちは綺麗すぎる。」
「褒め言葉として受け取っておくよ。」
スカーレットはそれだけ言うと、アオのほうに向かった。
こうして、ワタシたちはお互いの情報を交換した。
◇
「そうか、いよいよ、ヨウトさんが動いたのか。」
考え込むようにつぶやくヨクト。
「あなたたちは革命軍とは戦えないでしょう。散々待たせてなんだけど、ここらでいったん解散かなと。」
ワタシは提案する。
「俺は一度ヨウトさんに会いに行こうと思う。あの人が何を考えているか聞いてみたい。」
「私も同感です。」
ヨクトとリョーカさんが声を合わせる。
「全国の革命軍は徐々に鎮圧されてる。当たり前だ。ほとんどは民兵なんだから。時間がたつほど不利になる。だから、本来は短期決戦で一定の自治を認めさせて終わるはずだった。」
「そうはならかったと。」
「そうだ。それを官軍の将軍に見抜かれたみたいだ。」
「チュウエイがコウ将軍とかいっていたわね。」
「名前までは知らねえけどな。それで、作戦をかえて、俺らがやってたみたいにゲリラ戦法で戦いだしたんだけどな。しかし、予想だが、王が死んで、政情が不安定なところを一気に攻め、有利な条件で和平なり結ぼうというのが狙いなのかもしれねえが……」
ヨクトは一息つく。
「そのキョウ王女って人がアビの言う通り、いっぱしの王女様ならそれも難しいかもな。むしろ官軍がつよくなるかもしれん。」
「じゃあ、これからこうしましょう。」
ワタシはみんなに向かって言った。
「兵のみんなに選んでもらう。一つはワタシとともに義勇軍として官軍に加わる。一つはヨクトとともに革命軍のリーダーに会いに行く。そして三つめは傭兵団を出ていく。ウルファー氏から結構なお金をもらったので、退職金はちゃんと払う。個人的には三つめをお勧めするけど。」
「そうだな、それでいこう。」
ヨクトが頷いた。
◇
結果、一部の人間は傭兵団を降りることになったが、多くの人間が残り、ヨクト隊とワタシの部隊に分かれて行動することになった。
出発の前夜、ヨクトとワタシは二人で話した。
「最後に確認するけど、ベストな結末はヨクトがヨウトさんを説得して、和平を認めさせるということでOK?」
「まあ、官軍のほうが許してくれればだけどな。」
「それはキョウ殿下に話してみる。」
しばらく沈黙が続いた。
「なあ、アビ。」
ヨクトが珍しく、静かな声で言った。
「もしヨウトさんが……オレの知ってるあの人じゃなかったとしても、俺はちゃんとけじめをつけてくる。」
「わかった。信じてるよ。」
「お前も無茶するなよ。刻印が消えたからって、お前が死んでいい理由にはならねえ。」
「それはお互い様でしょ。」
ヨクトは笑った。
拳を突き出してきた。
ワタシも合わせた。
「また会おう、義姉貴。」
「ええ、また会いましょう、弟。」
翌朝、ヨクト隊とワタシたちは、それぞれ別の方向へ歩き出した。
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