第60話 裏切り
「まさか、あの悪魔が敗れるとは!?」
宮廷の奥、水晶越しに戦況を見ていたジヨウは声を震わせた。
六翼が、燃えかすになった。
それだけの事実が、ジヨウの頭の中で処理できていなかった。
「ジヨウ殿!やつらすぐにでもここに乗り込んできますぞ!」
「どうすればいい!」
「妲姫はどこにいったのだ!」
宦官たちが騒ぎ立てる。
剣も持たない。魔法も使えない。ただ権力の陰に隠れ、他人を動かすことしかできない者たちが、初めて自分たちの無力と向き合っていた。
「ならばもう一度悪魔を召喚すればいい!」
「そうだ、この魔法陣がある限り、何度でも召喚できる!」
いつからか、宦官たちは悪魔召喚を覚えた。
そしてその餌となる人間を作るために、刻印制度を生み出した。
しかし、刻印持ちの人間は六翼の召喚で使い果たした。
「この際、刻印持ちでなくてもいい!そうだ、王女と王子の護衛どもをここに集めろ!そしてここにいる兵士たちも生贄に使うのだ!」
部屋の空気が、変わった。
兵士たちの顔色が変わった。
(自分たちを生贄に⁉)
「ジヨウ様。」
チュウエイはゆっくりと前に出た。
「私がおります。コウロ様の兵もすぐにまいりましょう。ご安心ください。」
「おお!チュウエイ殿がいた!そなたこそ真の忠臣だ!」
ジヨウの顔に安堵が広がる。
チュウエイの口の端が、わずかに動いた。
「ところでジヨウ様。国王陛下の真の遺言書はどこに。あれが敵の手に渡ってはまずい。」
「うむ、これは私が肌身離さず持っておる。」
ジヨウは胸元を手で押さえた。
「そんなところに。しかし、もっと安全な場所がございます。」
チュウエイは一歩、また一歩、ジヨウに近づく。
「おお、それはどこ――」
ザシュ。
音は小さかった。
チュウエイの剣がジヨウを貫いた。
「何をする貴様!」
「反逆者だ!者ども、こいつを殺せ!」
宦官たちが兵士たちに叫ぶ。
しかし、兵士たちは動かなかった。
「逆賊はお前たちだろ。」
チュウエイは剣を抜いたまま、振り返った。
「兵士たちよ、聞け!」
強い声だった。
部屋に満ちた。
「このジヨウは陛下の遺言を捏造し、宮廷を私物化しようとした。それに天誅を加えたにすぎん。」
一拍。
「オレについてこい。宦官に何ができる。褒美は思いのままだ!」
しかし誰も動かなかった。
次の瞬間、チュウエイは最も近くにいた宦官の首を、振り向きざまに斬った。
音もなく。躊躇もなく。
「どうした。こんなクズどもの言いなりになる必要などない。」
「そうだ……!こいつらはさっき、俺たちを生贄にしようとした!」
一人が叫んだ。
「殺せ!」
「殺せ!」
堰を切ったように、兵士たちが動き出した。
「クククク。」
チュウエイは笑わなかった。
口の奥で、笑いだけが漏れた。
地獄絵図の中を、誰にも触れられず歩く。ジヨウの亡骸から遺言書を抜き取り、広げる。
目を走らせる。
「なるほど。」
チュウエイは遺言書を懐にしまった。
「王よ。この遺言書の中身はオレがかなえてやろう。」
誰にも聞こえない声で言って、静かにその場から消えた。
後には、宦官の遺体をいたぶる兵士たちだけが残った。
◇
「リョウコさん!」
ワタシはリョウコさんに駆け寄る。
胸に耳を当てる。
呼吸している。
まだ生きてる。
「よかった――」
ガラ。
背後で、物音がした。
振り返る。
レツオウがゆっくりと立ち上がっていた。
剣は折れていた。鎧も盾も、原形をとどめていない。
それでも立った。
「そんな体でどうする気?」
ワタシは問いかけた。
返事の代わりに、炎が噴き上がった。
「おおおおお!」
全身を炎がまとう。折れた剣の残骸を投げ捨て、レツオウは素手で構えた。
「もはや退路はない。我が名はレツオウ。名を名乗れ、女!」
「ワタシはアビ。アビ=キョウカだ!」
名乗りが終わった瞬間、レツオウが動いた。
『猛虎炎弾!』
両手に炎の塊が生まれ、連続して飛んでくる。
ワタシは【翻訳者】を走らせながら剣を振るう。
【虎炎】――魔法力で炎を作り出す。この炎は魔法力をも破壊し、消火できない。
ただし、炎の解呪は可能。
わかった。
剣に解呪の魔力を込め、炎の弾を斬り落とす。
しかし。
(ボロボロのはずなのに、威力が落ちていない。)
一発受け止めるたびに、魔力シールドが揺らぐ。
【魔勇者覇気】では軽減しきれない。
距離を取る。
「氷弾!」
指先から氷の弾丸が走る。
しかし、レツオウの周囲の炎がそれを飲み込んだ。氷が、音もなく消えた。
(魔法が通らない。)
(こいつの強さの軸はなんだ!)
レツオウが踏み込んでくる。
『猛虎炎斬!』
手刀に炎をまとわせ、横に薙ぐ。
「うわ!」
シールドごと、切り裂かれた。
(熱い!)
(こいつの炎、魔法力ごと破壊してくる!)
弾き飛ばされながら、体勢を立て直す。
「もらったあ!」
レツオウの右手に、魔力が収束した。
(やばい!)
しかし。
レツオウはワタシを見ていなかった。
レツオウはキョウに向かい火炎弾をはなつ!
「トウマ!」
叫んだ時には遅かった。
火炎弾がキョウをかばったトウマに直撃する。
トウマのシールドが弾け飛ぶ。
ドグゥオ!
トウマが壁に叩きつけられ、そのまま崩れ落ちた。
『猛虎爪走撃!』
レツオウがキョウに向かって走り出した。
炎をまとった全身が、廊下を燃やしながら疾走する。
まさに、炎の虎だった。
「キョウ!」
ワタシも走る。
全力で走る。
(届かない。一歩、届かない!)
その瞬間、廊下の奥から光が走った。
リョウコさんだった。
再び若返った姿で、殿下の前に立ちはだかった。
レツオウの右手が、リョウコさんの胸を貫いた。
ゆっくりと崩れ落ちるリョウコさん。
「リョウコさん!キョウオオオ!」
ワタシは叫びながら、レツオウに向かって剣を構えた。
レツオウはキョウに右手を向けた。
しかし。
動かなかった。
◇
レツオウの目が、わずかに揺れた。
キョウの顔が、ハオと重なった。
赤い髪。三つ編み。馬車から身を乗り出して、見えなくなるまで見ていたあの目。
◇
(迷っている!)
「おおおおお!」
ワタシの剣が、レツオウの背から胸を貫いた
◇
「リョウコ殿、しっかりしろ!」
キョウがリョウコの体を抱え、声をかける。
ワタシも回復魔法をかける。
だめだ。
魔力が弾かれる感覚がある。体が、もう受け付けていない。
わかる。
もう、命がない。
「アビ……キョウとカイをお願い……。」
リョウコさんの手が、ワタシの袖をかすかに掴んだ。
すぐに、力が抜けた。
「ヨウト……レイ……」
それが、リョウコさんの最後の言葉だった。
キョウが唇を噛んだ。
声を出さなかった。ただ、リョウコさんの体をゆっくりと床に横たえた。
ワタシは周囲を確認する。
トウマ。
気絶している。呼吸はある。しかし、皮膚がただれている。早く回復魔法をかけなければ。
レツオウの遺体。
心臓を貫いた。完全に死んでいる。
しかし。
この男は最後、殿下に向けた手を止めた。
なぜためらった。
答えは、もう聞けない。
ワタシはトウマに回復魔法をかけながら、立ち上がった。
「キョウ、ここを離れましょう。」
その瞬間だった。
【翻訳者】が反応した。
【白狼】――高速移動することができる。
ハクエイのスキル。
廊下の空気が、一瞬で動いた。
何かが、通り過ぎた。
キョウ王女の首が、宙を舞った。
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