第59話 守るもののために
レツオウは想像以上のリョウコの強さに驚愕していた。
(情報では一分ほどしか戦えないと聞いていたが……)
炎をまとった剣を振り下ろす。
リョウコは避けなかった。
体をわずかに傾け、刃が空気を切る角度をずらす。
剣が空を切る。
その瞬間、視界がぶれた。
リョウコは鎧の上からレツオウを蹴り飛ばした。
ドゴォ!
衝撃が内側から弾けた。
後方に吹き飛ぶ。石畳を転がり、壁で止まる。
(急所に当たれば一撃で終わる……!)
あばらが折れた。息を吸うたびに、鋭い痛みが走る。
常人なら立てない。
だがレツオウは立った。
膝が震えた。それでも立った。
(コウロからもらった最高位の鎧がなければ、もう終わっていた。)
ゆっくりと剣を構え直す。
その瞬間、脳裏にハオの顔が浮かんだ。
馬車から顔を乗り出して、自分の姿が見えなくなるまで見ていた、あの目を。
◇
レツオウがハオを送り出す一日前――
「まだ究姫と青竜の首はもってこれんのか!」
コウロはレツオウを恫喝する。
「あれ以来、お二方ともいずこかに姿を消され、行方はわかりませぬ。」
「冗談に決まっておるわ!貴様があいつらを討てるなら世界だろうが何だろうが思いのままだ!」
レツオウの真面目な受け答えに、コウロは理不尽に不快感をあらわにする。
「ときにレツオウよ。私は決めたぞ。」
レツオウは黙して次の言葉を待った。
「もし、陛下が崩御なされた後、キョウ殿下が王位につくようなことがあれば、私は南方を遠征することにした。」
「は?」
レツオウは意味が分からず聞き返す。
「南方は貴様の治める地だが、貴様もいろいろと忙しいようだ。代わりに私が治安維持や魔獣退治のために大軍を派遣してやろうというのだ。」
「それはどういうことでしょうか。」
思わず顔をあげる。
「キョウ殿下では天下は定まるまい。残念ながら武力の時代が来よう。私はその足掛かりとして南方の領地を広げようと思う。」
コウロは遠くを見るように天井を見上げる。
「そのようなこと、他の諸侯が許すはずがありますまい。戦争になります。」
「そうだな。民も苦しむ。貴様も領民や家族を戦争に巻き込みたくはあるまい。ならわかるな、誰が王になるべきか。」
そういって、コウロはレツオウの肩に手を置いた。
(殺してやる……!)
しかし、できなかった。
今ここでコウロを殺せば、自分は反逆者となる。家族も反逆者の烙印を押される。
爪が食い込むほど拳を握りしめた。
(やるしかないのか。)
その翌日、レツオウはコウロに無断で娘ハオを故郷へ送り返した。
もう、レツオウに帰るところはなかった。
◇
(まだか……⁉)
リョウコは優勢だった。
レツオウの剣は重い。一撃一撃に思いと強さがある。
(ただの刺客とはとても思えない。)
(相手も何かを背負っているのね。)
スキル【限界突破】を発動している間は肉体の疲労すら感じない。
しかし、精神は異なる。
いずれ限界がくることはわかる。
それをレツオウに悟らせてはいけない。
(この戦いが、私の最後ね。)
レツオウの剣にさらに気勢が上がる。
(レイ。)
先日逝ったかつての仲間の顔が浮かんだ。
最期に会った時、あの人は老いていた。当然だ。自分も老いた。
それでも、嘗ての仲間の顔を思い出した。
楽しかった時代を思い出した。
魔王に立ち向かった昔を思い出した。
(私も今、そちらに行くわ。)
レツオウが踏み込んでくる。
(ヨウト、あなたは今どこで何を考えているの?)
かつての勇者の顔が浮かんで、すぐに消えた。
今は関係ない。
今だけは、ここだけを見る。
レツオウの目を見た。
折れたあばらを押さえながら、それでも剣を構えているその目を。
(この人も守るもののために戦っているのね。)
(まるで家族をまもる虎だわ。)
しかし、自分も負けるわけにはいかない
リョウコは息を吸った。
最後の一息を、静かに。
◇
刺客の最後の一人が膝をついた。
「トウマ、殿下と王子をお願い!」
「わかった!」
トウマが両殿下の前に立ち、廊下の奥へ誘導し始める。
その瞬間だった。
「逃がさん!」
レツオウの声が、廊下を揺らした。
振り向く間もなかった。
全身を炎がまとう!
男の魔力が剣先に収束していく。
熱が、廊下の空気を焼いた。
『猛虎百歩炎剣!!』
炎の奔流が、猛虎の形を取って廊下を走った。
(やばい。)
考えるより先に体が動いていた。
トウマと殿下の前に立つ。
スキルを叩き起こす。
【魔勇者覇気】
(これはヨクトの継承スキルか。あいつのは物理無効だったはずだが!)
(どうでもいい!今はこれしかない!)
歯を食いしばった、その時。
光が、廊下を満たした。
金色の光だった。
リョウコさんだった。
その体が、燃えるように輝いている。
人間の限界を、超えた先だった。
【限界突破最大発力】
(リョウコさん――だめ、あの人、死ぬ気だ。)
叫ぼうとした。
間に合わなかった。
『四霊法術・麒麟!』
次の瞬間、廊下の全てが白くなった。
リョウコさんの生命力そのものが、光の奔流となって解き放たれた。
(やばい!)
シールドを展開した瞬間、光と炎の奔流が正面からぶつかってきた。
衝撃を軽減するのが精一杯だ!
そしてレツオウの炎の砲撃が、正面から吹き飛ばされる。
剣が砕ける。
鎧が粉々になる。
レツオウの体が、木の葉のように吹き飛んだ。柱に全身を叩きつけられ、そのまま崩れ落ちる。
ワタシのシールドも余波を受けて、かなりの魔法力を消費した。
それでも、守り切った。
白い光が収まっていく。
キョウがカイ王子を抱きかかえ、壁際で身をかがめているのが見えた。
廊下が、静かになった。
ワタシは振り返った。
リョウコさんが、そこに立っていた。
金色の光は消えていた。
白髪の、小柄な老女が、そこにいた。
全ての力を使い果たした体が、静かにたおれた。
◇
「さあ、お前たちどうする?」
六翼の四本の腕が、シン将軍の体を締め上げていた。
逆さに担ぎ上げられ、頭が下を向いている。残りの二本の腕が、シンの四肢に指をかけた。
引きちぎろうとしている。
「降伏しろ。お前たちの将軍どのがどうなってもいいのか。」
「おのれ……!」
ショウが一歩踏み出す。しかし動けない。下手に動けば、シンが死ぬ。
「ショウよ。アマンよ。」
シンの声が、上から降ってきた。
逆さに吊られたまま、その声は静かだった。
「私のことは構わん。この悪魔を倒せ。」
「しかし、将軍!」ショウが叫ぶ。
「殊勝な心がけだな、将軍どの。」
六翼の男面が笑う。
「だがお前の家来は、お前のことが大事らしいぞ。降伏を呼びかけたらどうだ。カカカカ。」
「ショウよ。アマンよ。」
シンはもう一度言った。
「キョウとカイを頼む。二人とも私にとっては大事な甥と姪だ。」
「将軍、何を――!」
ショウが叫ぶ。
「化け物め。」
シン将軍の声が変わった。
強い覚悟の声だった。
「これでもくらいやがれ!!」
…!?静寂‥‥
何も起きなかった。
「カカカ、どうした。何も起こらないではないか。」
その時、六翼の頭に、温かい雫が落ちた。
「……なんだ?」
思わず舌でなめた。
(毒か?私に毒など――)
「かああ!ぺぺ!!」
六翼は反射的に吐き出した。
「どうだ悪魔め!」
シン将軍が哄笑した。
逆さに吊られたまま、腹の底から笑っていた。
「私の小便の味は!あの世で陛下に、悪魔に小便をかけてやりましたと、笑って報告してやるわ!フハハハハ!」
「きさまああああ!」
六翼が激高した。
四本の腕が、シンの四肢を引きちぎる。
「ぐわあああ!」
断末魔が廊下に響いた。
六翼はシンの亡骸をゴミのように投げ捨てた。
「……将軍!」
ショウの中で、何かが弾けた。
怒りで心の扉が開いた。
【英傑】――自身が命を懸けて戦うとき、仲間たちの力が大幅に上がる。
光が、ショウの体から溢れた。
兵士たちの表情が変わった。足が止まっていた者が、前を向く。剣を持つ手が、震えから力に変わる。
一撃ごとが、重くなった。
「こ、これはいったいどういうことだ。」
六翼が初めて、困惑した。
その瞬間だった。
六翼の視界から、アマンが消えた。
いや、最初からいなかったかのように。
気配がない。足音がない。魔力の揺らぎすらない。
【絶影】――攻撃するとき、一切の気配を消す。
アマンのスキル。
アマンの抜刀とこのスキルのもとでは敵は攻撃されたことすら気がつかない。
六翼が何かを感じた時には、すでに遅かった。
音もなく放たれた剣撃が、六翼の両足を根元から切り飛ばした。
「ぐわあああ!」
巨体が傾く。
石畳に崩れ落ちる。
「今だ!」
兵士たちが動いた。
倒れた六翼に槍が次々と突き刺さる。一本、また一本!
「馬鹿な……この私が……人間などに……!」
「消え失せろ、悪魔め!」
アマンが正面に立った。
右手を前に向ける。
魔力が収束する。白と赤の光が、渦を巻く。
『四霊法術・鳳凰天破!』
鳳凰が、咆哮を上げた。
聖なる炎が六翼の全身を包む。悲鳴が上がり、そして消えた。
炎が収まった時、そこには何も残っていなかった。
燃えかすだけが、石畳の上に散っていた。
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