第260話 戴冠と洗礼
霊都にて、女王キョウの戴冠式が厳かに行われた。
文武官が居並ぶ中、キョウは玉座に置かれた王冠を自らの手で取り、女王の座についた。
この国の習わしでは、いずれかの神に扮した者から王冠を授かるのが例であった。だがキョウは、自ら冠を戴き、至高の座についた。
そして、その姿を国民の前に見せた。
「魔王ヴィクトリーから続いた戦乱の時代を、私の代で終わらせます。皆さんのお力をお貸しください」
国民は新女王を祝福し、新しい時代の到来を願った。
◇
南方、魔人の勢力圏。とある魔人のアジト。
「核を使ったはいいが、結局はショウの奴が滅んで、アマンとキョウのやつが勝っちまったじゃねえか」
驩兜が姒鯀に向かって吠えた。
「だが、あの兵器の弱点もわかった。やはり、単に火力が高いだけでは、神を殺すことはできないな」
姒鯀は、死翼が残した異世界の資料に目を落としたまま答えた。
「焦る必要はない。それより、南方の侵攻はどうなっている?」
「例のハオってやつが勢力を広げているな。なんでも、小魔王とか呼ばれているらしいぜ」
驩兜は酒のジョッキを手に取った。
「小魔王? なんだそれは。おもしろいな」
姒鯀は珍しく、口の端をあげた。
「いや、笑い事じゃねえんだよ。オレたちの縄張りも、ずいぶん取られた。なんせ、オレたちの兵は数が足りねえ。おまけに、すぐ裏切りやがる」
「それはお前の仕事だな。なんとかしろ」
姒鯀は、驩兜のほうを見もしなかった。
「おめえが手伝ってくれりゃ、すぐだろうが」
驩兜は酒を飲み干した。
「いっただろう。オレは姿を見せるわけにはいかない」
「なんだよ。四凶の力を手に入れたといっても、使えねえんじゃ意味ないじゃねえか」
「ああ、だから、お前が魔王になれ。オレは禍雄主に話をつけてある。お前が魔王になれば、やつもオレたちの後ろ盾になってくれると言っている」
「魔王になれっていわれてもな。具体的には、どうやればいいんだよ」
「それはオレに考えがある。まずは縄張りを増やせ。オレたちの自由を手に入れるためにな。それと、オレはまたしばらく姿を隠す」
「は? なんだよ、またか。まるで逃亡犯だな」
驩兜が目をやると、姒鯀はもうそこにはいなかった。
「チッ」
驩兜は舌打ちをして、もう一杯、酒に手を伸ばした。
◇
南方、魔人の勢力圏と人類の勢力圏の境。
アマンとショウが王国北方で覇を争い、魔王アビが国内を平定している間に、ハオは魔人と人類の勢力圏のはざまで、着々と勢力を広げていた。
「コウキ、じゃあ、今のわが軍の勢力について説明してくれ」
ハオの声に応じて、参謀のコウキが、魔法で壁に勢力図を映し出す。
ハオの家臣団は、人間とオーガなどの魔人が入り混じっていた。
「北方は、旧コウロ・エンの領地を支配下に置き、歓楽都市オアシスの境界ぎりぎりまで、わが軍が治めています。しかし、これ以上北にいくと……」
「スカーレットが怒るな」
「そうです。歓楽都市オアシスにおられる朱雀竜様からも、これ以上近づくなと厳しく言われています」
ハオの家来の魔人たちも、そろってうなずいた。
「あと、気になることがひとつ。南方の魔王と呼ばれていた姒鯀という者が、代替わりをしたそうです」
「姒鯀。暁喬たちの村は、そいつに滅ぼされたんだったな」
ハオは、金色の角をもった魔人の女性に目を向けた。
「はい。でも、代替わりとはどういうことでしょうか。死んだのでしょうか」
暁喬はコウキにたずねた。
「詳細はわかりません。しかし、降伏してきた者たちの話によると、姒鯀は長い間、姿を見せていないそうです。今、彼らを仕切っているのは、姒鯀の弟分の驩兜という者だそうです。もっとも、その驩兜の正体を知っている者も少ないようですが」
「わかった。私達の国も、ようやく安定してきた。近いうちに、暁喬たちの故郷を取り返そう」
ハオは立ちあがり、仲間たちに告げた。
仲間たちは、その声に大きくうなずいた。
◇
霊教国、聖都。大神殿。
そこで、洗礼の儀式が行われていた。
ジョカエルが聖杯に聖水をくみ、カイが両手で厳かにそれを受け取る。
そして、静かにそれで唇を湿らせた。
「カイ。これよりあなたは俗世の名を捨て、カイエルとして生まれ変わったのです。今後は神僕として、唯一なる神、霊神にのみ仕えなさい」
カイは静かにうなずいた。
その様子を、教皇ノエルは静かに、しかし内心では複雑な思いで眺めていた。
(唯一なる神、か)
まさか自分が、本当に神その人と出会うなど、思ってもいなかった。
いや、はるか数十年前、自分はすでに神に、玄武竜クロに出会っていたのだ。
そして、そのクロから、霊神の実在は聞いていたのだ。
しかし、どれほど祈りをささげても、霊神の声が自分に届いたことなどなかった。
信仰に疑問をもったことがまったくなかったと言えば、嘘になる。
それが突如、実際に霊神に出会った。
しかも「麟」は、自分が思い描いていた姿とはまるで違っていた。
(「麟」様は、今もこの様子をご覧になっているのだろうか)
ノエルは、神の玉座のほうに目をやった。
そこには、今日は誰も座してはいなかった。
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