第259話 神の降臨
「クロ様、恐縮ですが、そちらの席は……」
一段上の玉座に座るクロを見て、教皇ノエルは困った顔をした。
「そうだね。この様子をのぞき見してるやつがいるようだし、そいつも呼ばないとな」
クロは玉座から立ち上がった。
「え?」
ノエルは思わず声が出た。
クロは確かに立ち上がり、玉座の横に移ったはずなのに、玉座には、もう一人のクロが座っていた。
「分身体というやつだ。通常は両方に意識があるんだけど、今回は来客のために空けてある。さあ、身体は用意してやった。降りておいでよ」
クロは、玉座に座るもう一人の自分に手を差し出した。
「まさか……まさか……」
ノエルが驚いているうちに、謁見の間に強大な霊力が満ちていった。
そして、もう一人のクロの髪と瞳が、金色に塗り替えられていった。
「こんにちは、クロ。こうして話すのは、何千年ぶりかしら?」
「君は麟か? 今の担当は、鳳のやつのはずだけど」
「霊神様……!?」
霊神がクロの身体を使って降臨したのだと察し、ノエルは床にひれ伏し、額を床に擦りつけた。
「なんだよ、ノエル君。私への対応と、ずいぶん違うじゃないか」
クロはからかったが、ノエルは震えながら、額を床に擦りつけたままだった。
人に降臨した霊神と話した教皇がいる、という伝説は聞いたことがあった。だが、まさか自分の目の前に霊神が降りてくるとは、思ってもいなかった。
「鳳も見てるわよ。あなたなんか放っておけ、ですって。私は、この体というものを一度堪能したかったのよ」
麟はノエルを無視して立ち上がり、壁の鏡に映った自分の姿を眺めた。
麟の影響で、髪と瞳が金色を帯びた白になっている。
そして麟は、自分の股間に手をやった。
「あれ? ない」
それから、つかつかとクロに歩み寄り、クロの股間に手をやる。
「ある」
「なにやってんだ。お前、痴女か」
クロは思わず後ずさった。
「どうやら私は、この物質世界では女性になるようね」
麟は、自分の身体を確かめるように見下ろした。
「一応、その体は私の身体だからな。ほしければ、自分で受肉しろ。そうすれば、相手してやってもいい」
クロは、麟が座っていた玉座に腰を下ろした。
「今日は、お前を抱きに来たわけじゃないんだ。話に来たんだよ。そこのノエル君も含めて」
クロがノエルのほうに目をやると、ノエルはまだ床に額を擦りつけていた。
「ハァ。そんな格好じゃ、話もできない。麟、ノエルに頭を上げるよう言ってあげてくれ」
クロはため息をついた。
「そこの子羊よ。頭を上げなさい」
麟が命じた。
「ハ、ハハア!」
ノエルは膝をついたまま、恐る恐る顔を上げた。
その額には、血がにじんでいた。
「それで、話とは?」
麟は、謁見用の椅子に腰かけた。
「決まっている。お前からも、このノエル君に言ってやってほしい。正直、いい加減、お前たちには迷惑している。魔王ヴィクトリーを、勇者ヨウトを使って討伐させた。それはいい。しかし、その後も霊教会の連中は私のテリトリーにちょっかいをかけ続け、その結果、ヨウトも死なせ、さらには異世界の兵器まで絡んで、2度も使われた。いや、2度あることは3度あるだろうし、ひょっとしたら、もう核の拡散は止められないのかもしれない。ただ、もう引け。私たちも、これ以上テリトリーを侵されると、うるさい。いや、アオやアカは、私でも止められないかもしれない」
「なるほどね。あなたの言い分はわかったわ。でも、今の担当は鳳だからね。あなたがアオやスカーレットを止められないのと同じように、私も彼を止められない。もっとも、地上での最終決定権は、そこの子羊にあるけどね」
麟は、唖然としているノエルに目をやった。
「そうか。じゃあ、ノエル君。今のやりとりを聞いていただろう。君から、君の家来に、もうちょっかいをかけないよう言ってほしいんだ」
「え!? いや、すみません、質問をしてよろしいでしょうか?」
「いいわよ」
ノエルは額の血をハンカチでぬぐいながら、おずおずと口を開いた。
「あなた様は、霊神様であらせられますよね。その『麟』様、『鳳』様、というのは、いったい?」
「霊亀、霊鳳凰、霊麒麟、霊龍、というのを知っているね」
答えたのはクロだった。
「はい、霊神様にお仕えする四体の神獣様だと。霊鳳様、麒麟様、応龍様ともいいますが」
「その四体こそが、キミらのいう霊神の正体だ」
ノエルの顔から、血の気が引いた。
「正確には、霊亀、霊鳳、霊凰、霊麒、霊麟、霊龍の六柱。人格は六体、魂は四つ。だから四霊。彼らの中で順番に、地上に啓示などで関与するやつが替わる。もっとも、もっと厳密にいえば四霊で一つだから、一体という解釈も間違いじゃないけどね。今の担当は、その中では急進派の霊凰と霊鳳。会話も通じない。今この話も聞いてるんだろうけど、話し合うつもりもないらしい。で、ここに今いるのは、わりと話が通じる麟」
「え? え? ええええ」
ノエルはうろたえて、麟を見つめるばかりだった。
「とりあえず、話は聞いたわよ。今回のこれで、ますます自分の肉体がほしくなったわ。まあ、鳳を説得するのは無理だと思うけど、次に私が担当になったら、考えてあげてもいいわ。あとは、そこの子羊と話してね」
麟がそう言うと、分身の髪と瞳は、ふたたびクロのそれに戻り、麟の気配が消えた。
「というわけで、ノエル君。君にもまだ話があるんだ」
クロはそういいながら自分の分身体をもどした。
ノエルは、クロの話を聞く準備どころか、自分の信仰を根底から揺るがす事態に、放心していた。
◇
「わ、わかりました。では、そのリユウ殿の入国、さらにカイ殿との面会、そしてジョイエルの赦免は、すぐに行うよう手配いたします」
「話が早くて助かるよ。ごねられたら、力づくでやるしかなかった」
それを聞いて、ノエルは顔色を変えた。
「しかし、あいつ、ほんとに受肉するつもりかなあ」
クロの他人事のような言葉に、ノエルは先ほどの麟の言葉を思い出した。
「そ、そういえば、そのようなことをおっしゃっていたような……」
「いくつか方法はある。ありそうなのは、死産になった赤ん坊に入ってくるとか。あるいは、人間とは限らないか。人工生命体でも構わないわけだし。あるいは……」
ノエルは言葉をなくし、クロの独り言を聞いていた。
「まあ、来たら来たで、そのときだな。それより、ジョイエルは連れて帰るよ。案内はいらない。どこにいるかはわかっているから」
クロは扉から出ていった。
教皇ノエルは、無人になった神の玉座を、ただ茫然と見つめていた。
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